2008-05-04

実状に合わない憲法は廃止すべきか?

 憲法について道路交通法との類比で考えてみたい。

 以前、自転車が横暴だという話をトロウさんが書かれていた。たしかにそういう自転車が最近は大変目に付く。昨日もひかれかけた。ただ自転車には専用の道路がなく、車道に出れば大変な危険にさらされるし、歩道に入れば邪魔者扱いされる。気の毒な面もある。むしろ一番横暴なのはなんと言っても自動車だと私は思う。

 たとえば徒歩で横断歩道を渡ろうと思って道ばたに立つ。前を自動車が通り過ぎる。次々に通り過ぎる。私は自動車がすべて通り過ぎるまで待たなくてはならない。これは今日ごく当たり前の風景であり、歩行者は誰も文句も言わず車が途絶えるのを待っている。文句を言っているのは私のような一部の偏屈者のおやじくらいのものだろう。

 横断歩道を渡ろうとしている歩行者がある場合、自動車はすみやかに停止して道を譲らなければならない……。そう自動車教習所で習った記憶がある。この教えを守っているドライバーがはたして一人でもいるのだろうか? 私の経験では、そんな車は100台に1台あるかないかだ。ほぼ全ての車は横断歩道を渡ろうとしている人の鼻先を平然と通り過ぎて行く。私は腹が立つから、ときどき自分の体を張って車の前に飛び出すことがある。(困ったおやじだ)。車は驚いたように止まって私を見る。驚くなよ。自動車学校で習っただろうが、と私は思う。

 もちろん私もドライバーの側になることがあるので、停車しない車の言い分も分かる。ある程度スピードを出していると、歩行者に気づいても急には停止でない。後から車がきている場合には、急ブレーキはかえって危ない。正直なところ私も止まれないことが多い。では、横断歩道で止まらない車が多いのは仕方がないことなのだろうか。前々から気になっていたので、調べてみた。 「道路交通法」に次のようにある。

第三十八条  車両等は、横断歩道又は自転車横断帯に接近する場合には、当該横断歩道等を通過する際に当該横断歩道等によりその進路の前方を横断しようとする歩行者又は自転車がないことが明らかな場合を除き、当該横断歩道等の直前で停止することができるような速度で進行しなければならない。この場合において、横断歩道等によりその進路の前方を横断し、又は横断しようとする歩行者等があるときは、当該横断歩道等の直前で一時停止し、かつ、その通行を妨げないようにしなければならない。(下線引用者)

つまり、「急には止まれない」という言い訳はできないのだ。止まれないような速度で走っている時点ですでに規則に反しているのだから。車は横断歩道が近づいたらスピードを時速10キロくらいに落として、注意しながらそろーりと横断歩道に近づく。そして、人がいれば停止線の手前で余裕を持って止まる。これがあるべき道路交通の姿なのだ!

 まあそいうことなんだけど、そんなことを守っている人は多分一人もいない。そんな走りかたをしていたら、たちまち後ろからクラクションをならされてしまうだろう。つまり、車社会の到来によって実状が変わってしまったのだ。実状に合わせて人々の意識も変わり、誰も本来自動車が横断歩道の前ではスピードを緩めるべきだという常識を失ってしまったのだ。

 ではそんな実状にあわない道路交通法は改正すべきか? ここが重要なのだが、決してそうではないと私は思う。たとえ実状にあっていなくても、こういう絵に描いた餅のようなすばらしい法律は残さなければならない。あくまで実状の方が間違っているのだということを忘れないためにだ。

 横断歩道を渡ろうとしている人がいるのに、そこを通り過ぎる車はやはり悪いのだ。ごめんなさいという思いで通り過ぎるのと、当然だという思いで通り過ぎるのとでは全然違う。ごめんなさいという思いがあえば、こんな現状を変えなければならないという問題意識が受け継がれていき、いつか現状を変えることが出来る日が来るかも知れない。現状にあわせて法律を変えてしまえば、その時点でそのようなチャンスは永遠に無くなってしまう。

 ある種の法は上の道路交通法のような機能をはたしているのではないだろうか。憲法とはその種の法である。憲法とまさにそういう機能を果たすことにこそその本来のつとめがあるはずである。平和憲法が実状にあっていないのは事実だが、だから憲法を「改正」すべきだというのは本末転倒だ。あくまで現実を改正することを考えるべきだ。もちろん現実は複雑であって、そう簡単に変えられない。しかし、そのことと現実のままでよいということは全く別の話である。

 憲法が有名無実化しているというのも間違いだ。たとえば、この道路交通法38条は実状にあってはいないかも知れないが、事故が生じた場合には実際的な効力を発揮する。横断歩道を通過しようとしている人が、そこを通過する車にひかれた場合、100%車の方が悪いことになるそうだ。憲法だって同じだろう。自衛隊の海外派遣や首相の靖国参拝に対して少なくとも批判することが出来るのは憲法が実際に存在するからである。憲法がなければそした批判は間違いなく弾圧される。「国旗・国歌法」をなんとくなく成立させてしまった失敗を二度と繰り返してはならない。現憲法を死守すべきだ。

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2008-04-29

駒落ちどころか、とうとう負けてしまって、これからが面白い息子との将棋

 息子との将棋のために考案したハンディキャップの話を書いたのは1年前のことだが、最近は駒落ちなどしていてはとうてい勝てなくなっていた。そしてとうとう今日はハンディなしで真剣に負けてしまった。私の美濃囲いに対して息子が穴熊に囲うという膠着した展開になったが、穴熊は崩しても崩しても再生してしまって、ついにこちらが力つきてしまった。息子に負けるのは、嬉しいような哀しいような………。

 これまで息子の興味に合わせて趣味を変えてきた。トーマス→電車→ウルトラマン→昆虫→野球と来て、現在は将棋に熱中している。そこで急に思い出したのが、つのだじろう氏の『5五の龍』というマンガだ。これは私が子どもの頃、『少年キング』に連載されているのを毎週楽しみに読んでいた(立ち読み)作品だ。『ヒカルの碁』の先駆けのような作品で、プロの棋士をめざす少年・少女たちの生活が実際に即して描かれている。

 ネットの古本でかき集めて3巻まで読んだが、やっぱり今でも面白い。細かい棋譜が出ているので、私のような初心者には大変勉強になる。主人公たちの人間ドラマもなかなか凄まじいものがあって、2巻で主人公が、3巻でライバルの穴熊くんが自殺を試み、穴熊君は本当に死んでしまう。文庫版のあとがきによると羽生善治氏も読んでいたようだ。私などは当時、棋譜はめんどくさいのでとばして読んでいたが、そこが羽生さんと私の分かれ道になったようだ。(いや、それ以前の問題か……(^ ^; )。

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2008-04-18

14番目のダライラマ

 突然だけれども、Pensiero さんや豆大福さんにならって、中国のチベットに対する暴力的な対応に抗議の意をあらわしておきたい。もちろん、これまでの長い間のチベットへの圧制に対してもである。

 ただ、欧米諸国や日本が中国を一方的に非難するのにも違和感を覚える。これらの国々はかつて同じ事を中国に対して行ってきたのだから。非常勤講師仲間の先生が最近訳されたダライラマに関する本の解説に次のように書かれている。

本書を通して、チベットがイギリスをはじめとするヨーロッパ列強のアジア侵略と支配の中で、どのように翻弄され、さらにはこの犠牲者とも言える中国によって、チベットがどのようにして侵略され、ついには最大の犠牲者となるかが明らかとなろう。
(グレン・H・ムリン『14人のダライラマ――その生涯と思想(下)』田崎國彦、渡邉郁子、クンチョッック・シタル訳、下、春秋社、1996年、562頁)

チベット問題はこの二重の抑圧という構図の中で見なければならないと思う。もちろんこの本でも書かれているように、中国がこれまでチベットに対してしてきたこと、そして現在行っていることは強く非難されるべきである。ただ、中国国内では欧米諸国で起こる聖火妨害に対して強い反発が生まれているとも伝えられている。その根源には、中華思想やナショナリズムもあるだろうが、欧米や日本ががかつて行ってきた中国への侵略に対する怒りがあるのではないかと思う。お前らには言われたくないということである。

 中国以外の国も無垢であるわけではないのだ。たとえば日本人が中国のチベット政策を批判するなら、中国に対する戦争責任の問題をもっとはっきりさせなければならない。それをしないで中国を責めることはできない。欧米のどこかの国の首脳のように、北京オリンピックへのボイコットをほのめかして中国への敵対心を煽るような態度は、私にはどうしても欺瞞的に思えてしまう。ましてや田中宇氏のメールマガジンによれば、そもそもラサ暴動自体が、中国を窮地に陥れるために英米の諜報機関が意図的に誘発したものではないかという疑いさえあるという。何が真実かは分からないが、いずれにしても権力国家同士のパワーゲームに乗せられたくないものだ。

 こんな絶望感ただよう事態の中で、ダライ・ラマ14世があくまでも非暴力を訴え、北京オリンピックの開催を望む声明を出し続けていることに感銘を受ける。暴力に対して別の暴力で答えることが常態となっている世界にあって、このようなメッセージを発し続けていることに敬服の念を禁じ得ない。このようなメッセージに対して応答すべきなのは、なにもチベット人だけではないだろう。

 『14人のダライラマ』はとても長大な本で、まだ最後の14世の章しか読んでいないのだけれども、これまで必ずしも紹介されてこなかった歴代のダライラマをめぐる裏舞台が詳しく描かれており、訳者によって詳細な注が付加されているので、チベット史を学ぶには大変貴重な本になるではないかと思う。この本にいくつか紹介されているダライラマの言葉の一つを最後に引用しておきたい。亡命生活40年の後に発せられた重い言葉である。

この仕事を平和的な手段を通してやり遂げようとすれば、何十年、恐らくはさらに何世代もかかり得るでしょう。私たちは、断固たる態度で、しかし辛抱強くあらねばなりません。もし私たちがこの仕事に成功すれば、私たちは、本当に世界の文化に貢献できるのです。つまり、もし力のないチベットが〝非暴力の手段だけ〟で、圧倒的な力を誇る共産主義中国に勝利し得たならば、人々は、非暴力の威力を知ることができるのですから。それは他の国にとってモデルとしての役目を果たし、さらには他の国々を勇気づけて、彼らにも〝非暴力の手段〟を採用させることができるのです。仮に私たちが暴力を用いて勝利したとしても、私たちの手に入るすべては、ただの一片の土地にすぎないのです。そんなことをしては、私たちが欣求しあこがれるチベットは、永遠に失われてしまうでしょう。(同上、下、428頁)

あのマルティン・ルーサー・キングの言葉を彷彿させる。今、このような言葉にだけ希望を託すことが出来る。

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2008-02-21

月夜の濱邊

 詩はあまり読まない方だ。しかし、中原中也は若い頃よく読んだ。よく口ずさんだというべきか。たとえば一人で一日中勉強をしていると、なぜかこんな歌が心にしみる。

月夜の晩に、ボタンが一つ
波打際に、落ちてゐた。

それを拾つて、役立てようと
僕は思つたわけでもないが
なぜだかそれを捨てるに忍びず
僕はそれを、袂に入れた。

月夜の晩に、ボタンが一つ
波打際に、落ちてゐた。

それを拾つて、役立てようと
僕は思つたわけでもないが

   月に向つてそれは抛れず
   浪に向つてそれは抛れず
僕はそれを、袂に入れた。

月夜の晩に、拾つたボタンは
指先に沁み、心に沁みた。

月夜の晩に、拾つたボタンは
どうしてそれが、捨てられようか?

小六の娘がこれを選んだ。卒業前にクラス全員で詩を読む会が催されることになり、何の詩を読むのかみんなで決めるので家にある詩集をもってこいということだったらしい。翌日実際に詩集を持ってきたのは娘だけで、それが「中原中也詩集」(角川文庫)と「宮沢賢治詩集」(岩波文庫)だった。その中で何にするかとクラスメートたちから聞かれて選んだのがこの「月夜の濱邊」であった。

 わが娘ながらよくぞ選んだ。小学校を卒業する子どもたちが声を合わせて朗読する時、その言葉が「月夜の濱邊」であることを想像すると、この世を生きていることもちょっとばかり楽しくなってくる。

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2008-02-19

寒さの夜には湯たんぽを

 遂に、すべての採点作業が終わった。寒い部屋での作業にあたってはしばしば指先がこおった。そんな寒い夜になると人は暖かさを求める。 「鍋」を連呼していた人もいたが、私の今の気分としては鍋よりも湯たんぽだ。

 先日の毎日新聞によると世間でも湯たんぽが売れているとのこと228_2880_5だが、 私は今回湯たんぽがわりに写真のようなものを使った。中にお湯を入れて手で握ったりポケットに入れたりして暖をとる。これまではよく卓上の電気スタンドの電球を握ったりしていたものだが、この自家製湯たんぽの登場以来そんな必要もなくなった。これ一つで、これまで夜間に体をこわばらせてやっていだ作業も、ずいぶんとリラックスしてすすめることができた。

 これは最近わけあって勉学に励んでいる妻が開発したもので、妻は雑誌かなにかで見たようだ。ただペットボトルにお湯を入れて握るだけの話だが、多少の試行錯誤があったのでせっかくだから紹介しておこう。

 まずオレンジ色のキャップ(暖かい飲み物用)のペットボトルを用意する。 350mlの タイプがベスト。つぎにポットで湯を沸かすが、湯を沸かすにあたっては、ガスを使ってやかんで沸かすよりも、電気ポットがおすすめ。うちの電気ポットは保温などの機能がついておらず、ひたすら早く沸かすことに全力をそそいでくれるので、あっというまに沸く。そしてこのお湯を注意深くペットボトルに注ぎ込む。

 これだけだが、いくつか注意点がある。まず、

①使用するペットボトルは、あったかい飲み物用のものでなければならない。冷たい飲み物のものを妻が試みたが、お湯を入れるとふにゃふにゃになってしまった。それから、

②ペットボトルの口の部分は広いものがよい。狭いものはお湯を注ぐときにこぼれやすく危険。ただし、逆に広い口の場合はその分蓋がはずれやすいという欠点もあって、無意識にさわっていて蓋がとれそうになったことが何度かあった。なにぶん熱湯が入っていわけなので、この点にだけはくれぐれも注意が必要。もう一つ、

③ペットボトルを手で持ったとき、凹凸の感じがなめらかなものを選ぶべし。中には凹凸が激しくて、とがった部分しか手に触れないもののある。以上のことを鑑みて選ぶなら、カルピスのホットレモンが今のところ最高である。(ただしカルピスのホットレモンでもいくつかの種類があるので注意)。

 なお、沸騰したお湯をそのまま入れると、熱すぎて持つことも出来ない。私は出来るだけ長くもたせたいのでハンカチでまいたりして使っているが、妻は水で水温を調節しているようだ。沸騰した状態からはじめれば、さめてしまうまで2時間近く使える。

 省エネのために温度を低く設定し、風量も最小に設定することが奨められているが、全くもってこれまでの暖房の使い方は一般に無駄が多かったと思う。(夏の冷房もそう)。これだと必要最低限のエネルギーで最良の効果が得られているのではないかと思うが、実際に電力などの計算をしたらどうなるか分からない。

 雪の降る夜に、お湯の入ったペットボトルを両方のポケットに入れて散歩にでかけるのも悪くない。手元と足さえ冷たくなければ、相当寒くても楽しめるものだ。露天風呂の感覚と少し似ているかも知れない。

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2008-02-11

なぜ人を殺してはいけないか(15)――権利と贈与

 なかなか「なぜ人を…」のつづきを書けないでいる。書きたいことはまだまだあるが、先日の白頭庵氏の権利思想に関する記事から触発されたことだけちょっと書き留めておこう。

 学生たちの答えの中で大変多いのが「人には生きる権利がある」というものだった。「だれもそれを奪うことはできない」。たしかにそうなのだけれども、そのとき「権利」という言葉を学生はごく自然に使ってしまう。われわれもそうかも知れない。だが、他方に同じように見えながら異なった答えがあるはずだ。それは「人の命は与えられたものである」という答えだ。だからこそ、「だれもそれを奪うことはできない」。こちらの回答は多くはない。「与えられたもの」という表現を使う答えはほとんどなかった。

 「人には生きる権利がある」という回答と「命は与えられたものである」という回答は根本的に異なっている。前者の背後にあるのが権利思想だとすると、後者は贈与の思想ということになるだろうか。両者の立場の違いは「なぜ殺してはいけないか」という問に関するそれほど目立たない。どちらも結論としては殺してはいけないという態度を導くからだ。しかし、問いを「なぜ自殺をしてはいけないか」という問題に変えるなら、たちまち違いが明瞭にになる。権利思想に基づけば、命は自分のものであるから自らそれを絶つことを誰も禁じることは出来ない。しかし贈与思想によれば、命は与えられたもの、他者から自分に託されたものであるがゆえに、それを自分の判断で絶つことは許されないことになるからだ。

 これは命について考えようとするときの、近代啓蒙思想のとらえかたと宗教思想によるとらえかたの違いと言うことができるのかもしれない。学生の答えにはあまり現れなかった贈与思想だが、日本の古くからの生活態度にはむしろ贈与論の方が身近であったはずである。食事をする前に手をあわせて「いただきます」というような習慣は、そのことを語っている。しかしながら、若者たちの意識の前面にはそうした意識が現れてこず、そのかわりに外来から輸入した権利思想が幅を利かせている。ただ、私は学生たちがそのように権利思想を語りつつも、それを本心からは信じていないように見えたことも確かだ。

 いま「いただいている」という場合、贈与する主体が何かという問題は問題を問わないなら、そういう答えは仏教にもキリスト教にも、あるいはアニミズムのような宗教性にも共通するものである。そうしたとらえかたが明らかに希薄になっていることが学生たちの答えからはっきりわかる。だが、それに対して権利思想のような社会的な承認を得やすい答えがリアルに信じられているかと言えばそうでもない。それが近代の作り上げた一種の仮構だと知った上で、学校のようなそれこそ近代システムを代表するような場所ではそのような言葉を使うことを賢く選択している、といえばちょっと穿った見方にすぎるかも知れないが。

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2007-12-24

なぜ人を殺してはいけないか(14)――ニヒリズムの問題

 これまでに紹介してきた答えを数年前にまとめて読んだ時、実はどれもこれも説得力がないと感じたものだ。何度か繰り返し読むうちに、ようやくそれらの答えが倫理の成立の条件についての重要な観点を語っていると思い至るようになった。

 今ふり返ってみると、繰り返し読んで説得させられたのは、私が倫理の授業を教えるという前提の中においてであった。私が生活者として生きているとき、あるいは倫理学ではなく社会学の授業をしている立場のときには、むしろこれらの答えをなっていないものと感じ、「なぜ人を…」の問いには結局答えがないのだと感じた。これは意味深いことである。

 つまり、倫理学を確立しようという強い意志のあるところでは、これらの理屈はそういう意志を後押ししてくれるのに役立つが、そのような意志のないところではこれらの理屈は通用しないということである。「なぜ人を殺してはいけないか」という問いには、「人を殺してはいけない。それはなぜか」という意味と、「本当に人を殺してはいけないのか。むしろ殺してもかまわないのではないか」という意味とがある。これまでの答えはすべて前者への答えにはなりえても、後者に対すると答えにはなりえていない。しかし、アダムに対する蛇の問いのように、神の命令への疑惑が投げかけられるような場合こそが本当の問題なのではないか。

 たとえば「殺されたくないなら殺すな」という理屈に納得するのは、殺されたくない人だけである。自分の命を大切に思っている人だけが、他人の命の大切さに思い至る。したがって、自分の命を大切に思わない人には、これらの理屈は通用しない。ということは、「人を殺してはいけない」ということを説得するためには、その前に「自分を殺してはいけない」ということを説得しなければならないということだ。

 「なぜ人を殺してはいけないか」から「なぜ自殺をしてはいけないか」へと問いを転換するとき、その問いはカミユがこの世で唯一の真の問いと呼んだものになる。そして、それは言い方を変えれば「ニヒリズム」の問題ということになるだろう。われわれはこの生を根本的に肯定することが出来るのか? 「なぜ人を殺してはいけないか」といいう問いの全てがそこにかかってくることになる。

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2007-10-01

なぜ人を殺してはいけないか(13)――永井均

 さて、一通り知識人の回答を紹介してきたが、まだ紹介していない重要人物があった。哲学者・永井均氏だ。こんな問いは問うべきではないという大江氏の見解を批判した永井氏が、自分ではどんな答えを持っているのか興味のわくところである。氏は、小泉義之氏との共著『なぜ人を殺してはいけないのか』(河出書房新社,1998年、77-94頁)の中でこの問いに簡潔に答えている。この回答は当然彼の哲学と深い関係にあると思うが、そのことまで考慮すると大変面倒な話になるので、とりあえず以下ではこの文章に現れている限りでの彼の回答をまとめてみよう。

 まず彼は、人を殺してはいけないというのが正しいのは、次のような世界でだけであるとする。
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世界の中に複数の人物たちがいる。仮にこの中で人を殺してもいいと思っている人がいても、誰も自分が死にたくないから「殺してはいけない」という契約にサインするだろう。このような世界では「人を殺してはいけない」というのは正しい。つまり、世界がこのようなものであるなら、答えは「人を殺すと自分も殺されるから、互いに殺してはいけない」ということになる。われわれの類型で言えば、「取引」タイプないしは「契約」タイプである。

 しかし実際には世界とは上のようなものとしてあるのではなく、次のようなものとしてある。

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 つまり、世界というのは<私>という特定の視点から開けている。しかもそれは<N>という人間の視点である。世界は実際にはこのようあり方でしか存在しない。そして、世界がこのようなあり方をしているとすれば、<私>(N)にはしてはならないことは何もない。したがって、人を殺してもよいのである。ただ、他の人たちは<私>を殺してはいけない。<私>を殺してしまうと、この世界は終わってしまい、私を殺した人も消失してしまうからだ。

 さて、ここまでの主張は、永井氏の哲学的な立場である独我論の立場から出てくるものであろう。つまり、「世界」というのは常に「私の世界」であって、それ以前に「世界そのもの」といったものは存在しないという立場である。こうした独我論的な見方については哲学上の難しい問題があろうが、私が興味を持つのは、仮にこのような独我論的な考え方が出来るとして、そこから先の永井氏の思考の展開がどうなるかということである。

 永井氏は、この「私は人を殺してもいいのだが、誰も私は殺してはいけない」という命題を他者に伝えようとするとき、この命題が逆転してしまうと言う。

私が他者に向かって、きみは人を殺してもよいのだ、と呼びかけるとき、そのきみだけが、私が殺してはならないものなのである。つまり、他者に対して、「これはきみの世界なのだよ」と呼びかけるとき、そのときはじめて、私はきみを殺してはならない立場に立つのだ。私は、そのときだけ、その人の人生を手放しで肯定している。きみは何をしてもよい。人を殺してもよい、私を殺してもよい。そうであるからこそ、きみは殺されてはならない、だから私はきみを殺してはならない。私はそう言いたいのだ。(永井均・小泉義之『なぜ人を殺してはいけないのか』河出書房新社、90-91頁)

要するに、永井氏の思考の展開をまとめると次のようになる。

①私は誰を殺してもよいが、誰も私を殺してはいけない。なぜなら、私を殺すと、世界は消滅するからだ。
②ところが、なぜか私はこののことを口に出して言う。ということはつまりそのことを他者に伝えようとする。
③それは、「あなたは誰を殺してもよいが、あなたは殺されてはならない」ということを伝えることになる。
④すると、その時、「わたしはあなたを殺してはならない」ことになる。

最初の「誰でも殺してもよい」という論理は、それを他者に伝えようとすると、最後には「わたしはあなたを殺してはいけない」という論理に変わってしまう。その転換点は、その論理を他者に伝えようとする瞬間にある。私は誰を殺すのも自由なのだが、そのことを人に知らせようとすると、私はその人を殺せなくなってしまう。

 問題はこの②「なぜか私はこのことを口に出して言う」というところにある。独我論には、「私の世界は私だけのもので、他人にいくら説明したって分からない」という主張が含まれる。とすれば、他人に何かを言うということは意味のないことになる。ところが、永井氏は次のように書いているのだ。

……だから私はこの議論を他人に向かっては語らないはずなのだ。だが、ときに私は、人に向かってそのことを語りたくなる。きみは人を殺しても何をしても、いいのだと、どうしても言いたくなってしまうのだ。あまりにも図1のような世界像を自明視して、そのような世界で成り立つ規範を金科玉条のごとく信じている人には、そんなものに縛られなくてもいいのだ、なぜならこれはきみの世界なのだから、と言いたくなってしまうのだ。つまり、きみは世界そのものの主体なのだ、という説教(ふつうとは逆向きの説教)をしたくなるのだ。これは、もちろん自己破壊的な説教だし、そもそも事実に反しているはずなのだが。(同上、88頁)

 なぜ「言いたくなってしまう」のだろうか。永井氏はその理由を説明していない。しかしそれは、「独我論」と言えども「論」である以上は他者を必要としているからではないだろうか。仮に永井氏のようなおしゃべり好きな哲学者ではなく、人嫌いの独我論者が自分一人で黙って考えていていたとする。しかしそれでも独我「論」という「論理」を頭に描いている時点で、それは潜在的に他者を必要としている。たとえ「人を殺してもよい」というような議論であっても、それを論として立てる限りは結局は「人を殺してはならない」という結論に達することを、永井氏の議論は示しているように思われる。

 もし永井氏の議論をこのように解釈することが可能なら、この回答は先に取り上げた合田氏らの答えに近づく。合田氏は、「なぜ人を殺してはいけないの」と人に尋ねている地点で、その人は他者を必要としていると示唆したが、永井氏は「人を殺してもいいんだよ」と他者に教えようとするまさにそのとき、自分はその人を殺せなくなると言っているのである。両者の答えはどちらも、人が他者との関わりを必要としていること、そしてわたしが人を殺すことはこの他者との関係を断ち切ることになるから、人を殺すことは出来ないということを主張しているわけである。

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2007-08-10

なぜ人を殺してはいけないか(12)――合田正人ほか

 人を殺すという行為が、殺される側のみならず殺す側にも決定的に破壊的な作用をもたらすことを示す答えには、先に述べた取引タイプよりももっと本質的な回答がありうる。それは、「人を殺してしまうと、結局人間のすべての営みが無意味になってしまう」というものである。

それはね、現実に人を殺すと、もう他には何もすることがなくなってしまうからだよ。それほどにも「死」というのは根本的なことなんだ。本当に殺した人、たとえば永山則夫は、「無知の涙」のノートの冒頭で、四人の人を殺したことを自分は一生涯忘れることはできないが、このノートでは「なるべくそれに触れたくない」、なぜなら「それを思い出すと、このノートは不要になるから」だと書いている。つまり、人間は結局死を可能にするために生きているのだから、殺人という形で死を「実現」してしまったら、もう何もすることがなくなってしまう、ということなんだよ。(若森栄樹 『文芸』河出書房新社、1998年夏号、24頁)

詩や小説を書くといった行為は、自分が人を殺したことを思い出すと出来なくなってしまう。詩だけではなく、たとえば恋愛だとか、家族を持つことだとか、あるい人と話したり、商売をしたり……、おおよそ人と関わるということすべてが不可能になってしまうのではないだろうか。

 このタイプの答えは、知識人の回答の中には少なくなかった。

人を殺してしまった人間は、もう人との関係を持つことが出来ないからだ。
(橋本治『文芸』河出書房新社、1998年夏号、31頁)

  人を殺せば自分の中のなにかが死ぬ。
(吉田文憲 『文芸』河出書房新社、1998年夏号、53頁

 (人を殺せば)「自分は生きていてよい」という根本感情を、私のなかで、根本的に成り立たなくさせます。
(瀬尾育生『文芸』河出書房新社、1998年夏号、31頁)

  殺すという一線を越えて得られる自由というのは、実は殺された人が得た自由と同じです。文字通りなにもないという自由。
(市田良彦 『文芸』河出書房新社、1998年夏号、32頁)

 この回答をもっとつきつめるなら、それは「倫理」の成立に関わる事態にふれる次のような回答になるだろう。

  重要なのは、人を殺してはいけない理由を知っているかどうかではない。誰かがそこにいるという単純な事実が、自分がここにいあるということに対してなしている「支え」をどこまで感知しているかだ。
(山城むつみ『文芸』河出書房新社、1998年夏号、58頁)   

 「殺してはいけない」、確かに。しかし、それは悪だからというよりは、むしろ殺害が、善/悪の規準が前提にしている<私>と他者との関係そのものを破壊するからだ。あらゆる社会関係は他者の存在を前提にしており、殺人は社会関係の可能性を奪う。
(港道隆 『文芸』河出書房新社、1998年夏号、36頁)

「人を殺すこと」は私たちが生きていて、「なぜ人を殺してはいけなか」とか議論するそのこと自体を不可能なもの、無意味なものにしてしまう行為だというのである。この答えは、「なぜ人を殺してはいけないか」という問いが論理的に破綻した問いであることを明らかにしていると言える。次のような答えはその論理的破綻を論理的に表現しようとしている。

(※岩田注 誰もが同意する二つの命題を公理として置き、そこから「人を殺してもよい」という命題が無意味であることを証明するという方法。公理1「人を殺したがっている人はどこにでも必ずいる」 公理2「良い、悪い、許される……といったことは、複数の人間から成る社会制度の中でのみ意味を持つ。」)
「人を殺すことは許される」(R)と仮定する。すると公理Ⅰにより、必ず社会は崩壊する。……人間は全員死ぬかもしれん。人間が消滅すると、公理2により、「許される」って概念は意味を失う。
(三浦俊彦 小説家・精神分析家『文芸』河出書房新社、1998年夏号、39頁)

この回答は、一見社会契約説にも見えるが、最後のところが異なっている。つまり、人を殺すことが許される場合、「許される」という概念が意味を失うがゆえに、この議論が成り立たない点にポイントが置かれているのである。単に「自分が殺されるから殺さない」とか、「社会が成り立たないから殺人はいけない」という答えなら、「自分が殺されても良い」とか「社会なんか成立しなくてもよい」という場合にはどうするのかという問いが出てきてきりがない。しかし、この回答が言っているのは、「なぜ人を殺してはいけないか」という問いが成立しないということである。

 「なぜ人を殺してはいけないか」という問いは、事の善し悪しを問いかけるものである。しかし、互いが殺し合い、人間が存在しなくなってしまえば、そのような事の善し悪しを議論すること自体が意味を失ってしまう。したがって、「なぜ人を殺してはけいないか」という問いはパラドクスなのである。次の回答はこの問いのパラドクスを明らかにすることで問いそのものを崩壊させてしまう。

君は誰だ、この傷だらけの仮面は。微かに悪意と性が匂う。クレタ島の嘘つきの逆説のパロディか、これは。……君が何かを尋ねるのは、自分の言葉が通じると君が思っているからだ。僕に殺されるかもしれず、僕を殺すこともできるのに、なぜ僕に問いかける。……
(合田正人『文芸』河出書房新社、1998年夏号、38頁)

ご存知のように、「クレタ島の嘘つきの逆説」というのは、「すべてのクレタ島人は嘘つきだ、と一人のクレタ島人は言った」という有名な話のことである。もし、このクレタ島人が言うように「すべてのクレタ島人は嘘つきだ」ということになると、当然このクレタ島人も嘘つきだということになるため、「すべてのクレタ島人は嘘つきだ」という彼の発言自体が嘘だということになる。ところが、それが嘘だということになると、今度は「すべてのクレタ島人は嘘つきだ」ということは本当かも知れないことになる……。「なぜ人を殺してはいけないの」という問いも同じようなパラドクスを持っているというわけである。

 誰か他人に向かって問いかけるという行為は、相手が自分を殺さないことを前提にしている。ところが「なぜ人を殺してはいけないの?」という問いは、他人に向かって問いかけつつ、その問いかけが成り立つ前提条件を疑っていることになる。人を殺すということは、人に対して何かを問いかけたり答えたりする可能性を否定することである。ところがこの問いは、そのことの是非を、あろうことか人に向かって問うているのである。「なぜ人を殺してはいけないの?」と挑発的に尋ねてくるような少年には、「君がそんなことを尋ねることが出来るのは、私が君を殺さないからだ」と答えればいいわけである。

 この合田正人氏をはじめとする意見は、「倫理」という問題についてわれわれに大変重要なことを語っている。「倫理」を「人と人との関わりの理(ことわり)」のことだとすると、「人を殺す」ということはこの関わり自体を不可能にするものである。そのときには、もはや何が正しいか何が不正であるかを考える事自体が意味を持たなくなるのだ。

 「なぜ人を殺してはいけないのか」という問いは、ちょうど自分のことを「好きだ」と言ってくれない女に、無理矢理言わせようとして殴りつづけ、とうとう殺してしまう男のようなものである。この何も言わなくなった死体にむかって、男は「おれのことを好きだと言ってくれ」と叫び続ける。「なぜ人を殺してはいけないの」と問いかけることは、そういう悲劇とも喜劇ともとれるような場面に似ているのではないか。このタイプの回答は、そのことを問いかけてくるように思う。

 「なぜ殺してはいけないか」とい問うた時点で、問うた方の負けなのである。それはすでに言葉によるコミュニケーションを志向している。そして言葉によるコミュニケーションは、暴力や殺人の否定を前提にしている。では、それは「殺すなら端的に殺せ」と、いうことなのだろうか。しかし、人間は端的に殺すことができない。かならず理由を探し求める。言い訳をしだす。イデオロギーを作り出す。そのことによって結局は言葉の領域に入ってくるのだ。とすれば、やはり人は人を殺してはならないということは必然なのである。

 ちなみにこれらの回答には感情論はほとんど関係なく、ひたすら論理的である。「人権」とか「命の尊さ」といった議論の余地のある言葉を使うこともない。にもかかわらず取引タイプのような何か冷たく虚無的な回答とも違って、われわれが人と関わりつつ生きている存在であることを肯定的にとらえている。さらに、現実にわれわれが人を殺さずにいるのはなぜかを考えた場合には、もっとも説得力のある答えを与えているようにも思える。もし理屈で「なぜ」と問うてくる場合には、どこまでも理屈で答えるこの回答は有効ではないかと思える。私の好みとしては、少年に「なぜ」と聴かれたら、さしあたりはこのタイプの答え方で答えたい。

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2007-08-04

トタンで巡る古都の旅

 S国からの帰りにK都に立ち寄った。K都には修学旅行以来ことあるごとに行っているが、いつも何かの用事があって、観光らしいことはほとんどしていないに等しい。今回ははじめからポイントを決めて、宿もその付近に取り、ゆったりと散歩することにした。

 夕方宿に荷物をおくと、平安神宮あたりから、銀閣寺へ向けて「哲学の道」を歩く。パンフレットには昔西田幾多郎が歩いたのがその名の由来だと書いてある。しかし想像していたのとはかなり違って、西田哲学の雰囲気はすでになく、むしろ彼女とのデートに最適に思える。つまり、なんかカワイイ感じ。私は妻と二人で気持ちよく歩くことが出来た。ただし銀閣寺に着いた時にはすでに門は閉まっており、中を見ることはできなかった。法隆寺の時もそうだったが、すでに門が閉まった後の寺院周辺の不思議な雰囲気が私は好きなので、それはそれで中を見るめんどうがはぶけてよかった。

 それから西へしばらく歩くと左手に黒々とした木々の茂る小山が出現。どうやら吉田神社のようだ。主要道路から一本脇に入って神社の森にそって進んでいると、道端にたたずむ妖婆に声をかけられる。もう歩く時間ではないから、早く帰れと言っている。顔はにこやかだが、ここはおまえたちの来る場所ではないと言っているように思える。私は小学生になったような気分で、「すいません」と謝り足をはやめる。神社がとぎれる間もなくK大の高い塀に突き当たると、裏戸から構内へすべり込む。吉田神社に接しているせいか、K大も含め、このあたりは何か異様な空気がただよっている。わがK越で言えばK高の裏あたたりの雰囲気だ。ああ、こういう環境(どういう環境?)で学生生活を送るK大生がうらやましい。そう思いながら正門から大学を出て、さらに鴨川までひたすら歩く。

 すでに日はとっぷりと暮れて、深い藍色に変化した水面に街の灯が一つ、二つと映っている。食事の出来る店を求めて川の向かい側に渡ったところに垢抜けた教会が一つある。K都バプティスト教会、なんと白頭庵氏の行っているところではないか! O先生のお名前が書いてあるので間違いはない。白頭庵氏は今頃はN古屋だから、ここにはいないだろうが、氏のブログには鴨川を散歩するシーンが出てくる。氏が教会からふらっと川ぞいに出ていく情景を想像する。疲れ切ったわれわれは、教会の前の店で遅い夕食をとることにする。静かでとてもよい店だった。

 全部で5キロほど歩いただろか。おかげでK都の町並みを私なりに堪能できた。いろんな点でK越に似ているが、やはり規模の点で圧倒的であることと、山が近いことが決定的に違っている。歩きながらふと覗き込む横道がいちいち魅力的な表情をたたえていて、こんな横丁がK都中にいくつあるのかと考えると、やはりさすがとしかいいようがない。いつか友人がパリに行ったとき、写真を撮る気がしなくなったと言っていたが、K都も同じだ。撮ろうと思えば、見た物すべてを撮らなくてはならなくなる。

 しかし私にはテーマがあった。トタンだ。トタンという主題があれば、撮影対象を絞ることができる。K都のような街にはたしてトタンがあるだろうかと思っていたが、この点についてもK都はなかなかのものであった。古い町並みにとけ込んでいくつかのすばらしいトタンに出会うことができた。以下、それらを一挙大公開だ。なお、この中には白頭庵氏の教会の近所の物件も含まれている。

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