2009-10-15

人生の二重化?

 白頭庵氏がブログで書かれているのを見て、私も数年前まで幼稚園の運動会で疑問に感じていたことを思い出した。それは運動会というより撮影会であった。

 うちは子どもたちも妻も妻の母もビデオ映像に興味はなく、興味があるのは実は私だけである。だから誰からもビデオを撮ってとは頼まれないのだが、白頭庵氏のように白熱の応援をするタイプではなく、どちらかと言えば運動会は手持ちぶさたで困ることもあって、まあビデオでも撮るかという感じて撮っていたのだ。

 しかし、しだいに周りの父兄たちが撮っている姿があまりに異常なのに気づき、だんだん気持ちが萎えていってしまった。たとえば、50メートル走では、撮影する親たちがやおらコースを取り囲み、競技者の家族以外の人たちは彼らの背中しか見えなくなってしまう。これでは、たとえば通園バスが一緒のアヒル組の○○ちゃんを応援しようと思っても、自分の子以外の競技はまったく見ることが出来ない。つまり50メートル走というのは、自分の子どもが走るのを親が撮る撮影会になってしまっているのだ。親はひたすら自分の子しか見ていない。子どもの方も、自分の親だけの視線に見つめられて競技をする。

 もう一つ異様なのは、ダンスなどの出し物を二回やるという光景だ。一回目は本番で、二回目は撮影用。これは、ダンスが始まると親が撮影のために自分の子どもに殺到して演技が成り立たない、という事態を打開するために園側が考えた苦肉の策なのだ。とにかく自分の息子、娘がアップで写っているビデオさえ作れれば、運動会そのものがどうなろうと知ったことではないという、親のエゴ丸出しの有様に、さすがの私もビデオ撮影という行為に対して一気に冷めてしまった。今はビデオがこわれてしまって撮せないのを機に、現物の方ををちゃんと見るように方針転換している。もう5年くらい前の話だが、きっと今も変わってはいないだろう。

 運動会での親のビデオ熱というのは、もしかすると今味わうべきことをわざわざ記録に残して後で味わおうということだったり、もっと極端な場合にはいったんビデオにしてブラウン管(ちょっと古いか?)を通さないとリアルに感じられないということだったりするのかも知れない。そう考えると、 私自身フェティッシュな傾向のある人間なのでよく分かるのだが、それは一つの大きな倒錯なんじゃないだろうか。

 あと、ほんとにずっーとカメラを回している人がいるけど、その場合撮っている時間と同じだけの映像が残っているわけで、それを見るには運動会と同じだけの時間が必要ということになる。要するに人生を二度生きるという無駄をしていることになるのではないか。記録を残すことは人類の昔からの課題であり欲望でもあるが、記録技術が高度になりすぎて、人は人生を生きながら、同時にそれとほぼ全く同じものを記録しつづけるということが可能になりつつある。そなると、いったいそうやって人生を二重化することになんのメリットがあるんだろうという話になろう。

 人生を一つの贈与とすれば、それを再所有しようという要求は、この贈与としての性質を消去しさりたいという欲望なのかも知れない。

 ついでに言えば、写真撮影はみなある意味で盗撮かも知れないということも最近ちょっと思う。とくにデジカメで風景などを撮って、いそいそとその場を立ち去る人の姿を見るとそう思える。昔と違ってもうファインダーを覗くという姿勢は見られない。その分だけ、何か知らぬふりをして何かをかすめとっている印象が強い。かすめとったものを持ち帰って、自分のブログにでも載せようというのだろうが、どうもさもしい感じがしてしまう。もちろん、それはまさに自分自身の姿でもあるのだ。(「盗撮」などという言葉を使うと、変な広告がつきそうでコワイな)。

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2009-08-27

松本零士『帰らざる時の物語』

 MD書店はBO書店と比べるとあまり安くは売らない。しかし ときどき掘り出し物があって、先日は松本零士の『帰らざる時の物語』①②巻(秋田漫画文庫)をゲットした。昭和60年発行の第19版で、初版は昭和52年(1977年)となっている。24bit02_2 そういえばこんな頃からマンガの文庫ってあったのだなあ、と改めて気がつく。

 そう思ってネットで調べてみると、こんなサイトがあった。こちらによると、どうも各社が次々と漫画文庫をはじめたのは1976年頃のことのようである。今のように「古典」とか「名作」のコミック化がさかんになるずっと前のことだ。

 残念ながらこの『帰らざる』には作品の初出などは書いていないが、こちらのサイト
によれば、ここに収められているのは1970年代半ばの作品である。それはちょうど『銀河鉄道999』が連載されはじめる少し前のことだ。もう一つ1970年代初頭の作品が納められた『四次元世界』(小学館文庫、1995年)いうのも持っているが、この頃からすでに松本は短編の名手で、その資質が後に『999』という名作を生んだことが分かる。

 20頁足らずの分量の中で、そのたびに固有の世界像と魅力的なキャラクター(まあ、だいたい鉄郎とメーテルと下宿のおばさんといったパターンをはずれないのだが)を設定し、メリハリのあるストーリと意外な展開を用意し、しかも読後に独特のせつない余韻を残す。中学生の頃、毎週学校の帰りに『999』が載っている『少年キング』を立ち読み(ごめんなさい)していたが、週ごとの連載で毎回読み切りのストーリーを書き続けるというのは並大抵のことではなかったはずだ。その点で彼は、同時期『少年チャンピオン』に『ブラック・ジャック』を連載していた手塚治虫(こちらも立ち読みごめんなさい)に匹敵するストーリー・テーラーと言って間違いはないだろう。

 ところでこの松本の作品集で改めて目をひくのがその独特のコマ割りだ。真四角のコマはほとんどなく、多くは斜めの線で構成されている。冒頭はだいたい、頁の上から下までを縦につらぬく細長い1コマではじまる。そして、このように始まった時点で、物語は現実と幻想の境目をさまよいはじめる。われわれは手塚とはまったく異なった作品世界へと導かれていく。

 斜めのコマ割りはその後の作品でも一環しており、もはや松本零士のトレードマークのようになってしまっている。もしマンガに文体というものがあるとすれば、コマ割りはその重要な要素の一つだろう。しかし、こうした斜めのコマ割りが物語を詩的に感じさせるのはなぜなのだろう。それに対して通常の真四角のコマ割りは散文的だということになる。

 最近はマンガ評論というものもずいぶん盛んになってきているので、コマ割りの効果についてもきっと詳しく研究されているだろうが、作家がおそらくは無意識に近い技法として行っているコマ割りの作業を、もし研究者が意識化していくとすると、それはどのような説明の言葉になるのだろうか。マンガという表現にとってコマ割りは決定的に重要な要素であることは間違いないのだが、それがどのような効果をもっているのか、どんな必然性でコマは割られるべきなのか。このことを正確に言うことはなかなか難しいのではないか。

 こうした斜めのコマ割りが誰によっていつ頃からはじめられたのかは調べてみないと分からないが、少女マンガではいつからか常套手段となり、やがてはコマそのものの輪郭が消え去っていって現在に至っていると思う。だから少女マンガで育った人は、たとえば私の娘のように自然にああいうコマ割りが出来る。そうすると作品は自然に詩的な雰囲気をもつことになる。(ちなみに娘はマンガを描く。私も描くが、最近は娘の方がうまくなってきている。このままでは娘の方が先にマンガ家になって、私はそのアシスタントから出発することになるかも知れない)。

 コマは機能的に見れば、文章で言えば「そして」とか「それから」といった接続詞にあたると考えることも出来るだろう。それは基本的には物語の筋を時系列に従って次へ次へと導いていく機能を持っている。とすれば、斜めで割るという技法は、二つのコマの関係を「斜めの関係」におくということだ。この「斜めの関係」が意味するものはたぶん多義的だが、その一つは物語の時間的順序が曖昧化されるということかも知れない。

 時間的順序を示すという観点から見れば、コマの機能は、「出来事A」を示すコマと「出来事B」を示すコマを二本の線で隔てることによって、両者の前後関係を確定することである。しかし、この二本の線が斜めに引かれていると、両者の関係ははっきりとした前後とは言えなくなる。前のコマを読んでいるうちに、次のコマの一部がすでに目にはいってくるからだ。それは一種のオーバーラップのような効果を生み出す。(まあ、この同時に複数の絵が見えてしまうというのは、マンガというメディアに一般的に言える特徴でもあるのだが)。それは出来事が次々に継起してくる物理的世界ではなく、過去と将来が現在の中でかぶさり合う内面的な意識の世界を感じさせる効果を持つのではないか。

 今言ったのは縦線についてだが、横線が斜めに引かれる場合はどうなるのだろう。マンガは、右から左へと読んでいって端まで来たら右下に戻るという規則がある。するとコマを横向きに区切っていく縦線が細かい時間系列を示すのに対して、コマを縦に区切っていく横線はより大きな時間系列を示すはずである。したがって、横線を斜めにすることは上に述べたことをより大きな時系列で行うことになる。つまり、横線が斜めになっていると、作品全体が内向的な傾向を帯びたものになるのではないか。

 ちなみに松本零士のほとんどの作品は、最初から最後まで縦も横も斜めの線ばかりである。手塚の場合は、基本は垂直の線だが、時折斜めを使う。しばしば目にするのが、斜めの横線が右端から左端までをぶち抜いたコマが連続するものだ。この場合、<横線が斜め>という要素の他に、<右から左までぶちぬきの連続>という要素が加わるので複雑な説明を要するだろう。逆に、斜めの縦線が上から下までぶちぬきというパターンもあるが、この場合もいろんな効果が考えられる。いずれにせよ、手塚の場合は作品の一部でこうした技法を使って何らかの効果を出しているが、それが作品全体を覆うことはまずない。

 ところで、こんなことはたぶんマンガの技法論として基本的なことで、四方田犬彦『マンガ原論』(ちくま学芸文庫)あたりにも書いてあるのだろう。ただ、コマ割りの必然性の問題はこうした考察で簡単にすませることも出来ない。コマの機能は時間的継起を示す接続詞につきるものではないし、かりにその機能が記号論的に言い尽くされたとして、現実の作品制作において「こう割る」のではなくむしろ「こう割る」ことの必然性は説明不可能だろう。ではそれは、偶然とかその時の気分とかいう他はないのだろうか。こうなってくると話の次元が違ってきてしまうかも知れないが。

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2009-08-14

黒田硫黄「ゼノンの立つ日」

 誰もが知っているように、ここ二日ほど関東はようやく夏らしい日になった。娘がBO書店で黒田硫黄の「ゼノンの立つ日」(『ネオデビルマン(下)』講談社漫画文庫)を買ってきた。黒田硫黄には心底驚かされる。この作品は2000年のものだし、『大日本天狗党絵詞』などは1995年のオウム事件以前から書き始められている。私が彼の作品を知ったのはたぶんここ1、2年のことだから、10年以上も全く気づかなかったことになる。他にも知らないあいだにいいマンガ家が出ていて、ちょっとくやしいが基本的には幸せなこの頃だ。

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2008-11-13

なんだ、そうだったのか

 家に帰るとソファの上に西岸良平『地球最後の日』(アクションコミックス、双葉社)が。子どもが私の本棚から出して読んだのだろう。ちゃんとしまえよ。と思いながらぺらぺらめくる。この本は大学時代にずいぶん愛読した。その後腹が減った時に魔がさして他の漫画本と一緒に売っぱらってしまったが、大人になってから急にまた読みたくなり、いろいろ探し回った。そのときにはどこにも無かったが、数年前やっとネットで古本を手に入れることが出来た。私にとってはそれなりに貴重な本なのだ。

 『夕焼けの詩――三丁目の夕日』とはかなり雰囲気が違って、主人Image 公はだいたい下宿に一人暮らしの若い男で、舞台設定はどこか1970年代くらいの感じがただよう東京の下町。短編集なのだが、特に「番茶キノコ健康法」と「全自動人間屠殺機」が好きなのは、昔から変わらない。ぺらぺらめくりながら「なぜだろう」と考えた。

 そうだ、それは作品世界に漂う空気感が、自分がSJ井台やIK袋に一人ぐらいしていた頃を思い出させるからだ。そう思って改めて注意して見ると、「番茶」に出てくる若い研究者の勤め先は「R大学」となっている。さらに彼の職場の生物学研究室の入り口は、貧相なかんじがどことなくわがR大学の4号館の地下の研究室に似ている。さらに注意して見ると、「全自動」に出てくる時計台のついた校舎は、M館みたいなアーチ型になっている。

 これはもしかしてと思ってウィキぺディアにあたると、「西岸良平……R大学経済学部卒」とあった。なんだそういうことだったのか。細野さんと同級生だそうだ。佐野さんのどのくらい先輩になるのだろう。だったら、西岸作品に出てくる町は、きっとIK袋に違いない。それもウェストゲートパークではなく西口公園の頃の、どこか小汚い時代のIK袋なのだ。この本を読んだときの何とも言えない懐かしい感じは、そのことに由来していたのだ。今までまったく気がつかなかった。

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2008-11-08

スカラ座で映画を観る

 文化の日に、近くの映画館に「靖国」を観にいった。

 この映画館は、私の町K越に唯一の映画館だが 、同時にS玉で一番古い映画館でもある。この町にはもう一つホームラン劇場(仮称)という映画館があったが、Sヶ島やHJ野などに出来たショッピングセンターと一体化した新しいタイプの映画館に客をとられてついに閉鎖され、残ったスカラ座もいよいよかと思われたのだが、地元で保存運動が起こり、現在では有志の人々の出資によって再出発して今に至っている。

 近頃は路線を変えて、主としてミニシアターPhoto_3 系のものをやってくれるようになった。これまで見たい映画があっても銀座あたりまで行くには暇も金もないということで見送ってきたような映画も、歩いて4,5分ならかなり行く機会が出来るわけである。かつてのIK袋の文芸座や、今もあると思うがUR町の並木座などを思い起こさせるなつかしい雰囲気を味わうことができる貴重な映画館である。

 「靖国」は今年の春に上映中止が相次ぎ、社会問題化した話題の映画だが、そうした事件をめぐる議論について私はほとんど知らない。気になってはいたが議論をフォローできないまま今にいたってしまった。映画館にあったチラシによるとそれらの論争をまとめた本が出ているようなので、そのうち読んでみようとは思っている。いまそういう議論を全く知らないままでの率直な感想を書き留めておこう。

 取材・制作した李纓監督が靖国神社と日本の政治のありかたに批判を持っている人であることは間違いないし、それは映画を見ればはっきり分かることである。ただ、そうした批判的なメッセージを届ける手段として映画を用いるということを必ずしもこの人はしていないと思える。靖国への批判よりもむしろ批判の対象である靖国を理解しようと努めている事の方が私には目についた。

 8月15日の靖国の喧噪は見物である。実に様々な団体が、いろんな服装でやってきて、思い思いのやりかたで参拝をしていく。カメラはここまで近づけるかと思うくらい、これらの人物に密着して撮影している。右翼系のこわそうなおじさんが大きな声で号令をかけながら、カメラに右手でどけどけとやるのだが、それが「ちょっと、駄目だからね」みたいな優しい感じなのが面白い。

 神社にやってくる人々の多くは日章旗を掲げているが、中には星条旗を持った意図不明なアメリカ人もいて、サングラスをかけ手には「小泉首相に賛成です」とか書いた紙を掲げて笑顔を振りまいている。人々の反応は様々で、日章旗をもったグループが彼に握手を求めるかと思えば、「こんなもんをここにもってきちゃいかん」としかるおじさんもいる。結局はこわい顔をした人たちにかこまれて、警察につまみ出されてしまった。紙袋をもって駅へ向かう陽気なアメリカ人。

 また、おそらく拝殿の右側にある休憩所で、おばさんが二人が小泉首相の靖国参拝を話題にしているのだが、録音状態が悪くて会話内容がよく聞き取れないものの、ちまたでよく聞くよなというようなごく一般的な日本人の考えを代表しているもののように思われる。ただ、この二人が互いに話しながら、お互いの話をあまり聞いていないのが面白い。人の会話ってそういうところがある。

 もちろん、靖国神社にはこの施設のあり方に批判的な人々もやってくる。こちらは8月15日ではなかったが、高金素梅さんをはじめとする台湾の人たちが浄土真宗のお坊さんと一緒にやってきて、台湾人の合祀を取り下げるように訴えている。戦争に徴用され戦死させられた台湾人を遺族の意志を無視して勝手に合祀しているのだから、これは明らかに個人の権利を侵害する行為である。そもそも国と関係の無いはずの宗教団体が政府しか知らないはずの台湾人の戦死者の情報を知っているという点からしても大変な問題である。

 フィルムは、こうした場面を詳しい説明なしにつなぎ合わせていく。もちろん、このつなぎ合わせる行為そのものの中にも、また戦時中の日本兵による残虐行為の写真などをオーバーラップさせる手法などの中にも、作家の批判的な意図は十分こめられているわけだが、全体としての作品から感じ取られるのは単なる批判というよりも、靖国の根源にある正体の知れない何かをつきとめたいとする努力であるように思えた。

 とくにそれが感じ取られるのが、靖国神社で繰り広げられる喧噪とは別に、それらの場面のあいだに挿入されるある年老いた職人の映像である。靖国神社に奉納される刀を作りつづけている匠である。靖国には「英霊」が祀られているとされているが、そのご神体は実はそうした日本刀なのだという。この日本刀を何十年にもわたって孤独に作り続けているというのである。穏やかな人で、カメラの前で黙って坦々と仕事をしている。

 監督自身が職場に入り、真っ赤に燃える炉とその前で行われる作業をつぶさに撮影しながら、その合間に匠から話を聞く。刀や作業については多少話がはずむものの、靖国をどう考えるかについて問うと、とたんに無口になる。顔から表情が消え失せ、言葉をさがすことも諦めてしまったように、ひたすら宙を見つめたまま固まってしまう。次に何か問いかけをされるまでそのような気の重い沈黙がつづく。その繰り返しである。

 監督は言葉によってこの年老いた匠から何かを聞き出そうとする。しかし、一番知りたいことは決して匠から言葉としては出てこないのである。靖国の根深いところまで掘り下げていこうとすると、最後はこのような言葉に出来ない思いとか、語り得ない事柄といったものにぶちあたることになる。それらは理解しようとする者がそれ以上踏み込むことを拒む。そして、そうしたものは必ず神秘化され神聖化されて、不可侵のものとされてしまうに違いない。靖国へ向けられるあらゆる批判は、あの真っ赤な炉の中に溶かし込まれていってしまうようなのだ。

 しかし、語り得ない事は本当は決して神秘的なことなのではない。どんな民族にもそれぞれの語り得ないことがある。それはあたりまえの生の事実なのだ。そして他者と関わり会う場では、それぞれがそのような語り得ないものを内にいだきつつもあえて言葉を語り、他者の前に理解可能な者として自分をさらすということ、誤解を覚悟して自分を客体化することが必用である。日本人はそのような作業を、日本の戦争責任を問う他国人の前でやってきたと言えるだろうか。あの台湾人女性は語り得ない思いを持ちながら、あえて敵の前でそれを語っていた。それに対してわれわれはただ沈黙で答えるのだろうか。

 靖国の核心を捉えようとして、この日本在住の中国人監督が匠に肉薄するが、ついには分からなかったのではないか。私にはこの映画はその分からなさを強く印象づける作品だった。そして、仮にそれが中国人の監督に永久に分からないとしても、それは日本人が靖国を正当化する口実には決してならないということをも強く感じさせられたのである。

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2008-07-23

キリスト教色?

 先日は朝から家族で映画館へ行き『崖の上のポニョ』を見た。ロードショー3日目で映画を見るのは初めてのことだと思う。宮崎さんの映画は、前作も前々作も母子だけで見に行かせて自分は後でビデオで見たというのに、今回は家族にくっついていち早く出かけた。いつもと違って超大作感がないのが気楽にさせたのかも知れない。

 気楽に出かけたものの内容はすばらしかった。妻が人に感想を聞かれたらどうしようと言っていたので、「宮崎駿最高傑作」でいいんじゃないかと答えた。実際少なくとも私の中では、これまでのベストにしてもよいよいくらいの出来だった。冒頭から終わりまで、一瞬たりとも説明のために浪費されるようなシーンはない。全シーが今まさにその動きのために存在していた。しかも、画面全体がすみずみに至るまで常に動いている。これは冒頭から聴衆の目を釘付けにした。そうだ、世界というものは微細な分子に至るまで絶えず運動し続けているではないか。昔手塚治虫がディズニーを見て感動した時はこんな感じだったのかも知れない。宮崎さん、『もののけ姫』でやめなくて本当によかった。

 ここ数年の作品は設定が緻密な分、『カリオストロの城』や『パンダコパンダ』の破天荒な面白さにはやや欠ける面があった。しかし、今回はいきなり最初から目を見張る場面の連続だった。しぶきをあげる波、揺れる木々、人や車が疾走する道だけでなく、そもそのそれらの運動の舞台となる島や海や地球全体が何かぐにゃぐにゃと揺れ動くようで、次に何が起こるのかが本当に予想もつかない。何というか痛快そのものの映画だった。アニメというものの本質を見せられる思いだった。

 これまでにジブリ美術館へも何度か行っているが、あそこで上映されている映画が非常にクォリティーが高く、実験的で面白いのだが、それらのうちのいくつかが今回の作品のための習作になっていることに気づいた。

 ところで、この映画の企画意図について宮崎さんは、「アンデルセンの『人魚姫』を今日の日本に舞台を移し、キリスト教色を払拭して、幼い子供たちの愛と冒険を描く」(パンフレット)と述べている。確かにこのストーリーには、『人魚姫』を下敷きにしていると思われるモチーフがいくつもある。ただ、ポニョは人魚姫のように愛する人に誤解されたり、犠牲になったりしない。そして、その点が「キリスト教色を払拭」という意味なのだろう。

 ここには、アンデルセンの物語は本当の意味でキリスト教的なのだろうかという問題が一つある。また、払拭されたものは正確には何かという問題もある。そして、それを払拭することでこの作品が躍動感を得ているとすれば、私が感動したものとは何かという問題がさらにある。宮崎駿はよくアニミズムやエコロジーと結びつけて語られることが多い作家だが、思想的に言ってキリスト教的なものとどのような関係にあるのだろう。やはり対立なのか? まあ、そういうことが少しひっかかるのだが、とにかく今は久しぶりに興奮させられる映画を見たというだけで胸がいっぱいだ。

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2008-07-18

良い子たちの読書感想文

 授業は残すところあと1つとなった。夏休みだ。しかし、子どもたちも同時に夏休みに入ったので、研究三昧という具合にはなかなかいかない。

 ところで中一の娘は夏休みに入って大変喜んでいるが、読書感想文を書かなければならないのが苦痛のようである。といっても本を読むのが嫌いなのでもないし、文章を書くのが苦手なのでもない。むしろその二つは本人にとって最も好きなことなのだが、読書感想文というものについては心の底から嫌いなのだ。小学生の頃からそうだった。私はその気持ちはよくわかる気がする。

 だいたい「読書感想文」というジャンルは、大人の世界にはないものである。もちろん書評とか評論の類は大人の読み物の中のかなり大きな部分を占めている。しかし子どもたちが書かされる読書感想文は書評や評論とは違ったものであり、そこでは作品を論じたり評価するのではなく、作品によって動かされることが要求されている。つまり、本を読んで深く感動したり学んだりしなければならないのである。

 確かにある本によって魅了される経験こそが、本来の読書経験なのかも知れない。しかし、人は本を読んでもそうそう感動したり学んだりするわけではないし、まして人から感動せよと言われて出来るものでもない。ところが読書感想文という制度は、はじめからそのような経験を要求しているように思える。だから読書感想文を書くとなると感動や学びを無理矢理作り出さなければならないことになる。またそれはたぶんあるべき一定の小学生像、中学生像にかなったものでなければならない。めんどうくさくなった子どもたちは、あらすじをあらかた書いてから、「……というところが面白かったです」とか、「……にはびっくりしました」という風に適当に付け加えていく手法を取るのだろう。しかし、読書が好きでかつ文章を好きな人にとってそんな文書を書かなければならにことほど苦痛なことはないだろう。

 娘が苦悩しているので、感想文の既成の型にとらわれず、たとえば書評風にするとか、感動なんかしなかったことを書くとか、あるいは作中にその本が登場するような小説の形をとるなどの案を出して見たが、やはり学校に出さなければならないとなると、そういう冒険は出来ないようだ。「学校」という枠組みはその中にいるものにとっては絶大で、卒業してしまった者にはなかなか理解できないものがあるに違いない。いずれにしても、読書と文章を書くことが無類に好きな子どもをこれほど悩ませる読書感想文とは、一体何のためにあるのだろう。本を嫌いな子どもを作るためか?  

 元来、良い本を読んだ人は感想を述べるよりも、むしろその本に触発されて自分の考えを展開したり、新たに創作したりするものではないだろうか。だから大人の世界には感想文などはない。だったら子どもにも感想文を書かせるのをやめたらいいと思う。大人も書けないものを子どもに書かせることが間違っているのだ。                  

 ところで娘が小学校の頃、読書感想文と並んで嫌いだったのが「読書マラソン」と題する読書記録である。本を読んだらその題名と著者名と感想を書くようになっているが、その感想の欄が異常に少なく、細かい字で書いても10数文字がやっとである。娘は大量に本を読むが、それを読書記録につけるのが嫌いで、さらに10数文字で感想を書くのがもっと嫌いだった。それでもしかたなく書いているのを横からのぞいてみると、感想の欄はすべて「おもしろかった」であった。

 読書感想文も読書マラソンも、読書離れを防ぐには全く逆効果ではないだろうか。それより物語そのものを書くことのほうが子どもたちは数倍楽しいだろうし、基本的にそういうものの方が得意でもあろう。また、必要性という点から言えば、作文や読書感想文なんかより、論説文の練習をもっとした方がいいだろう。その場合、子どもはきっと何を主張すべきかが分からないだろうし、へたをすると主張すべき事をまたねつ造することになるに違いないから、何を主張すべきかには重点を置かずその主張をいかに文章で正確に表現し論証するかという点を訓練したらよいと思う。

 今気づいたんだけど、この記事はpensie_log氏の記事「良い子たちのレポート」と関連があるに違いない。こういう感想文を書かされた子たちが、あんなレポートを書くようになるのではないか。

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2008-06-14

町の活字中毒者たち

 しつこいようだが、またタダ本をゲットした。

 市立図書館へちょっと調べものをしに行ったら、たまたま除籍図書リサイクル市の初日だった。開始30分前で、すでに3,4人ならんでいるので後で寄ってみようと目的をすませているうちに、いつも静かな図書館の入り口あたりがなんだか騒がしくなってきた。市に集まって来る人たちだった。主婦や高齢者を中心に次々に人がやってきて、長蛇の列になった。

 会場へ入ると大変な熱気で、人がひしめきあって本を漁っている。みんな目が血走っており、よくドラマや漫画などで見るバーゲンセールの様相である。K越にもこんなに活字中毒者がいるのかと感慨を覚えた。

お一人様10冊限りだが、10冊というと両手でもてる限界に近い。しかし、みんな両手に山のように本を抱えながら、まだ何かあるんじゃないかと目を皿のようにして探している。そのありさまは、まさに「あさましい」という言葉がぴったりくる。私はといえば、もうすでに先日十分にあさましく振る舞って一定の収穫を得ているので、今日はみなさんほどあさましくならなず、ちょっと余裕を見せながら周りを冷静に見回し、それからしっかり10冊ゲットして帰ってきた。

・H・ジンサー『ねずみ・しらみ・文明』みすず書房
・ボーム『量子論』みすず書房
・フーコー『狂気の歴史』新潮社
・J・A・リヴィングストン『凶暴なる霊長類』法政大学出版局
・松本健一(聞き手)『埴谷雄高は最後にこう語った』毎日新聞社
・吉川英治『親鸞』(上)角川文庫
・吉川英治『親鸞』(下)角川文庫
・渡辺照宏『お経の話』岩波新書
・村上春樹『スプートニクの恋人』講談社
・村上春樹『国境の南、太陽の西』講談社

117_1764mono  市民図書館だから現代小説やハウツー本の類が主だが、中には何でこんなのが?と思うようなものもあって、もっとじっくり探せば面白かったかも知れないが、とにかく人が多くて、熱くて、また重かったので、早々に切り上げて帰ってきた。

 それにしてもこの数日私は本ばかり漁っていたことになる。後は読むだけなのだが、これがホントは一番大変なのかも知れない。すでに私の部屋にはこれまでにゲットして読まれないままの本が山ほどたまっている。それに比べて娘は『国境の南、太陽の西』をあっと言う間に読んでしまった。明日は自分も行ってみるそうだ。私もこれくらい早く本が読めるといいのだけれど。

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2008-06-10

青空市騒動顛末記

 あっと言う間に一週間が過ぎてしまった。それは多分にも青空市に振り回されたということがあるかも知れない。先週R大講師室に置いてきた本を持ち帰った。相変わらず重い。こう重いと寄り道をする気も起きない。まっすぐ家へ帰ってくる。今回の収穫物は以下の通り。

・『波多野精一全集』第1巻、岩波書店
・『波多野精一全集』第2巻、岩波書店
・『波多野精一全集』第3巻、岩波書店
・『波多野精一全集』第4巻、岩波書店
・『波多野精一全集』第5巻、岩波書店
・『波多野精一全集』第6巻、岩波書店
・『石原謙著作集』第6巻、岩波書店
・『石原謙著作集』第10巻、岩波書店
・『シュヴァイツァー著作集』(「バッハ」上)第12巻、白水社
・『シュヴァイツァー著作集』(「バッハ」下)第14巻、白水社
・『トレルチ著作集』第1巻、ヨルダン社
・カール・バルト『教会教義学』和解論I/3、新教出版社
・カール・バルト『教会教義学』和解論I/4、新教出版社
・カール・バルト『教会教義学』和解論II/1、新教出版社
・カール・バルト『教会教義学』和解論II/3、新教出版社
・『呪ないと祭り』講座日本の古代信仰3、学生社版

Photo  今回は『波多野精一全集』が目玉で、中身は古い活字体なので読みにくいが、宗教思想史的な内容が大変興味深い。ただ一番読みたかった「象徴的神学」が抜けているのは残念「象徴的神学」は有賀鉄太郎でした( ´。`;)  シュヴァイツァーの「バッハ」は上下2巻本が手に入ったと思っていのだが、帰ってからよく見ると上中下の3巻本で、中が抜けていることが分かった。残念。

 バルトの『教会教義学』の一部も手に入れた。今回ゲットしたのは第IV巻「和解論」のうち、I/2、I/4、II/1、II/3の四冊で、「和解論」の約半分くらいにあたる。見事にとびとびになっているので中途半端だが、タダだから文句は言えない。

 私が生まれる前の話だが、『教会教義学』はこの「和解論」から邦訳が始まったはずである。今回手に入れた「和解論」I/3は1960年発行とある。(値段は900円。1968年発行のII/3は倍の1800円だから、この時代物価が急激に上がったことが見て取れる)。1960年の時点ではまだバルトが健在で、原著のKDもまだ書き続けらるはずだったので、先行きの見えない中で翻訳出版が進められていったのだろうが、結局この膨大な本をほぼお二人で全て訳してしまったのだから頭がさがる。さすがのバルトもびっくりであろう。

 そういえば2005年に邦訳が出たブルトマン『ヨハネ福音書』の翻訳者にも心底脱帽である。8年がかりの訳稿がほぼ出来上がった1994年に訳者は火事でこれを焼失してしまう。しかし、それから再び翻訳作業をやり直し、9年後にこれを完成させたというのだ。ギリシャヤ語と大量の細かい注を含むこの大著の内容を知る人なら、それが並大抵のことではないことがすぐに分かるだろう。自分の成し遂げた業に対するこの潔さ、すぐに一から作業をやりはじめる将来に開かれた態度というものに、人生を終末論的に生きよというブルトマン神学のエッセンスを見る人は私だけではないだろう。

 青空市について書いていて意外な結末になったが、これがこの一週間にあったことだ。

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2008-06-06

三度青空市へ行き、超ど級のお宝発見

 前日バックに入りきらずにあきらめた本が気になり、昨日また青空市へ行った。T葉県の大学で夕方の授業を終え帰りの電車に乗ると、いつもはたっぷり1時間半読書に浸るところをI袋で途中下車してR大学へ向かう。

 途中激しい雨が振り出してやばいと思ったがすぐに止んでしまう。学生が去ってがらんとしたR大8号館のロビーは、もう8時だというのに灯りが煌々ととついている。中に入ると、まだ本は山ほど残っている。が、本を物色している人の姿はもう見あたらず、掃除のおばさんたちだけがこれから仕事を始めようと元気に行ったり来たりしている。その声がロビーの高い天井ににこだまする。アカペラの練習をしている学生たちのハーモニーがどこからか聞こえている。リード・ボーカルが高音になると音をはずす。しばらくするとまた同じ曲を繰り返す。高音になるとまた音をはずす。

 私はあきらめた数冊の本がまだあるかどうか確認しようと見渡した。特に岩波の哲学講座のシリーズを探そうとしたが、一見してすぐに誰かが持っていったことが分かった。その他、目をつけていた本はほとんど持ち去られていた。白頭庵氏が去って「哲学」が消えたこの大学にも、まだ哲学をする残りの者たちがいるのだと思った。

 昨日あったはずの本が無いのに対して、昨日無かった本がさらに追加されている。一度に出さず小出しにするとは当局も憎いことをするものだ。しかも、追加された本の多くは神学関係の洋書だ。やれやれ、また今日も大量の本を運ぶはめになりそうだ。それにしても、明日この市は終わることになっているが、残ったこれらの膨大な書物は本当に廃棄されてしまうのだろうか。友愛書房とかに連絡したら引き取りに来るのではないのだろうか。

 などと考えていると、ふと一冊の本が目に止まる。濃紺のきっちりした装丁に見覚えがあった。「まさか」と思って手に取る。手になじむこの感覚は間違いない。背表紙を見る。金文字で「実存論的神学」と書いてある。ついに出会えた!

 考えてみればありえない話ではなかった。大福先生の『実存論的神学』(創文社、1964年)は、R大学に数冊あるはずだった。貴重本を容赦なく切り捨てる今回の大粛正(?)を目の当たりにしてきたのだから、数あるうちの1冊くらい廃棄に回されることも十分に考えられはずだったのである。しかし、現実には大量の本の山の中にこの本があるということをまったく予想していなかった。だから、しばらく唖然としてしまった。

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大量の本のタイトルをいちいち確認していく作業にややぐったりしていたので、この超ど級のお宝を前にして、近くのチェアーに少しづつ積み上げていたその他の本は一瞬どうでもよくなってしまった。『実存論的神学』を手に取ると、しばらく休憩することにした。それにしてもきれいな本だ。私の生まれる前年に発行されているのだから、もう43年経っているのに、とてもそうは思えない。中を調べると、1箇所うすい鉛筆で印が入っている他は、 傍線や書き込みは全くない。確かR大に数冊あるうちの何冊かは、心ない読者によって傍線を、それもボールペンで引かれていたと記憶している。何でそっちを残してこの美本の方を捨てるのだろう。

 裏表紙の見返しを見ると「友愛書房」のシールがはってある。ということはR大が古書店で購入して蔵書に加えたものかも知れない。その下の方には前の所有者のネームと購入日が入っている。日付は1967年となっている。ちょっと遅れて購入したのかなと思って表紙の見返しを見ると、別の名前と日付が入っている。こちらは1964年7月となっているから、出版されておよそ1ヶ月で購入した最初の読者がいたことになる。すると二人目の読者が古書店で購入して、その後にR大に寄贈したのか? いずれにしろ四十余年の年月を幾人かの人たちの手を経て、ついに持つべき人(私)のところへ届けられたわけである。

 さて、この1冊だけでもういいやという気分を納め、中断した作業を再開する。結局持ち帰ることの出来たのは以下の15冊だ。

・野呂芳男『実存論的神学』創文社、1964年
・渡辺善太『旧約聖書の由来』1929年
・フェルヂナン・ド・ソシュール『言語学原論』岩波書店, 1967年
・J. M. Robinson & J. B. Cobb Jr., Theology as History, Harper & Row, 1967年
・S, Neill & T. Wright, The Interoretation of the New Testament, Oxford UP., 1988
・W. Pannenberg, Was ist der Mensch? ,Vandenhoeck & Ruprecht, 1962
・Paul Tillich, Systematic Theology, Vol.1, The University of Chicago Press, 1951
・Friedrich Gogarten, Die Wirklichkeit des Glauben, Freidrich Vorwerk Verlag, 1957
・Friedrich Gogarten, Christ the Crisis, SCM Press, 1970
・John Macquarrie, Contemporary Religious Thinkers, Happer & Row, 1968
・Heinrich Ott, Gott, Kreuz-Verlag, 1971
・Joseph Fletcher, Situation Ethics, SCM Press, 1966
・H. Richard Niebuhr, The Responsible Self, Harper & Row, 1963.
・Oscar Cullmann, Vorträge und Aufsätze, J. C. B. Mohr, 1966
・Hreinrich Ott, Wirklichkeit und Glaube, Zweiter Bnd, 1969

106_0660   他にも、たとえばAlbert RitschlのDie christliche Lehre von der Rechtfertigung und Versohnungの三巻本が新品同様の状態で廃棄を待っていたので、これは持ち帰りたかったが、どうにも入りきらない。講師室も今日はもう閉まっている。諦めることにした。中を見るとひげ文字でどうにも読む気が起こらない、というよりこんな分厚い本をひげ文字のドイツ語で読める気がしない。持ち帰っても一生読まないに違いないから、まあいいことにした。Cullmannの本は太くて重いのでやめることにしたはずなのだが、帰って確認するとどういうわけか鞄に入っていた。それだったらかわりにRitschlにしとくべきだったか? いやいや、やっぱりひげ文字は持ち帰ってもしかたがないよ。と未だに心の中で問答が続いている。

 帰りの電車ではMK大から借りてきた橋爪大三郎の『仏教の言説戦略』(勁草書房)を読む。「言語ゲームとしての宗教」という理解についてはいつか決着をつけなくてはならいのだが、「言語ゲーム」という概念自体が難解なのと、それが持っているある種の真理性をどう評価するかについてなかなか考えがまとまらない。今回授業で橋爪さんの別の本を使ったら、この本を参照と書いてあったので借りた。よく知られた本なのにこれまで読まなかったのはある意味不思議だ。別に今日この本を借りなくてもよかったかなとふと考える。借りなければRitschlが入ったかも……いや、もうやめにしよう。

 これで獲得した本の数は45冊になる。しかし、まだ講師室に置いてきた本が10冊以上あるはずだ。もう1週間、市をのばしてくれれば100冊はいったのに。残念。でもそんなたくさん持ち帰っても、欲望とは果てしないものだから、ここにある本全てを持ち帰りたくなるに違いない。しかも、置き場所がなくてかなり困ることになるのは目に見えている。青空市が終わってくれてほっとしているというのが本音かも知れない。

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