2008-11-13

なんだ、そうだったのか

 家に帰るとソファの上に西岸良平『地球最後の日』(アクションコミックス、双葉社)が。子どもが私の本棚から出して読んだのだろう。ちゃんとしまえよ。と思いながらぺらぺらめくる。この本は大学時代にずいぶん愛読した。その後腹が減った時に魔がさして他の漫画本と一緒に売っぱらってしまったが、大人になってから急にまた読みたくなり、いろいろ探し回った。そのときにはどこにも無かったが、数年前やっとネットで古本を手に入れることが出来た。私にとってはそれなりに貴重な本なのだ。

 『夕焼けの詩――三丁目の夕日』とはかなり雰囲気が違って、主人Image 公はだいたい下宿に一人暮らしの若い男で、舞台設定はどこか1970年代くらいの感じがただよう東京の下町。短編集なのだが、特に「番茶キノコ健康法」と「全自動人間屠殺機」が好きなのは、昔から変わらない。ぺらぺらめくりながら「なぜだろう」と考えた。

 そうだ、それは作品世界に漂う空気感が、自分がSJ井台やIK袋に一人ぐらいしていた頃を思い出させるからだ。そう思って改めて注意して見ると、「番茶」に出てくる若い研究者の勤め先は「R大学」となっている。さらに彼の職場の生物学研究室の入り口は、貧相なかんじがどことなくわがR大学の4号館の地下の研究室に似ている。さらに注意して見ると、「全自動」に出てくる時計台のついた校舎は、M館みたいなアーチ型になっている。

 これはもしかしてと思ってウィキぺディアにあたると、「西岸良平……R大学経済学部卒」とあった。なんだそういうことだったのか。細野さんと同級生だそうだ。佐野さんのどのくらい先輩になるのだろう。だったら、西岸作品に出てくる町は、きっとIK袋に違いない。それもウェストゲートパークではなく西口公園の頃の、どこか小汚い時代のIK袋なのだ。この本を読んだときの何とも言えない懐かしい感じは、そのことに由来していたのだ。今までまったく気がつかなかった。

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2008-11-08

スカラ座で映画を観る

 文化の日に、近くの映画館に「靖国」を観にいった。

 この映画館は、私の町K越に唯一の映画館だが 、同時にS玉で一番古い映画館でもある。この町にはもう一つホームラン劇場(仮称)という映画館があったが、Sヶ島やHJ野などに出来たショッピングセンターと一体化した新しいタイプの映画館に客をとられてついに閉鎖され、残ったスカラ座もいよいよかと思われたのだが、地元で保存運動が起こり、現在では有志の人々の出資によって再出発して今に至っている。

 近頃は路線を変えて、主としてミニシアターPhoto_3 系のものをやってくれるようになった。これまで見たい映画があっても銀座あたりまで行くには暇も金もないということで見送ってきたような映画も、歩いて4,5分ならかなり行く機会が出来るわけである。かつてのIK袋の文芸座や、今もあると思うがUR町の並木座などを思い起こさせるなつかしい雰囲気を味わうことができる貴重な映画館である。

 「靖国」は今年の春に上映中止が相次ぎ、社会問題化した話題の映画だが、そうした事件をめぐる議論について私はほとんど知らない。気になってはいたが議論をフォローできないまま今にいたってしまった。映画館にあったチラシによるとそれらの論争をまとめた本が出ているようなので、そのうち読んでみようとは思っている。いまそういう議論を全く知らないままでの率直な感想を書き留めておこう。

 取材・制作した李纓監督が靖国神社と日本の政治のありかたに批判を持っている人であることは間違いないし、それは映画を見ればはっきり分かることである。ただ、そうした批判的なメッセージを届ける手段として映画を用いるということを必ずしもこの人はしていないと思える。靖国への批判よりもむしろ批判の対象である靖国を理解しようと努めている事の方が私には目についた。

 8月15日の靖国の喧噪は見物である。実に様々な団体が、いろんな服装でやってきて、思い思いのやりかたで参拝をしていく。カメラはここまで近づけるかと思うくらい、これらの人物に密着して撮影している。右翼系のこわそうなおじさんが大きな声で号令をかけながら、カメラに右手でどけどけとやるのだが、それが「ちょっと、駄目だからね」みたいな優しい感じなのが面白い。

 神社にやってくる人々の多くは日章旗を掲げているが、中には星条旗を持った意図不明なアメリカ人もいて、サングラスをかけ手には「小泉首相に賛成です」とか書いた紙を掲げて笑顔を振りまいている。人々の反応は様々で、日章旗をもったグループが彼に握手を求めるかと思えば、「こんなもんをここにもってきちゃいかん」としかるおじさんもいる。結局はこわい顔をした人たちにかこまれて、警察につまみ出されてしまった。紙袋をもって駅へ向かう陽気なアメリカ人。

 また、おそらく拝殿の右側にある休憩所で、おばさんが二人が小泉首相の靖国参拝を話題にしているのだが、録音状態が悪くて会話内容がよく聞き取れないものの、ちまたでよく聞くよなというようなごく一般的な日本人の考えを代表しているもののように思われる。ただ、この二人が互いに話しながら、お互いの話をあまり聞いていないのが面白い。人の会話ってそういうところがある。

 もちろん、靖国神社にはこの施設のあり方に批判的な人々もやってくる。こちらは8月15日ではなかったが、高金素梅さんをはじめとする台湾の人たちが浄土真宗のお坊さんと一緒にやってきて、台湾人の合祀を取り下げるように訴えている。戦争に徴用され戦死させられた台湾人を遺族の意志を無視して勝手に合祀しているのだから、これは明らかに個人の権利を侵害する行為である。そもそも国と関係の無いはずの宗教団体が政府しか知らないはずの台湾人の戦死者の情報を知っているという点からしても大変な問題である。

 フィルムは、こうした場面を詳しい説明なしにつなぎ合わせていく。もちろん、このつなぎ合わせる行為そのものの中にも、また戦時中の日本兵による残虐行為の写真などをオーバーラップさせる手法などの中にも、作家の批判的な意図は十分こめられているわけだが、全体としての作品から感じ取られるのは単なる批判というよりも、靖国の根源にある正体の知れない何かをつきとめたいとする努力であるように思えた。

 とくにそれが感じ取られるのが、靖国神社で繰り広げられる喧噪とは別に、それらの場面のあいだに挿入されるある年老いた職人の映像である。靖国神社に奉納される刀を作りつづけている匠である。靖国には「英霊」が祀られているとされているが、そのご神体は実はそうした日本刀なのだという。この日本刀を何十年にもわたって孤独に作り続けているというのである。穏やかな人で、カメラの前で黙って坦々と仕事をしている。

 監督自身が職場に入り、真っ赤に燃える炉とその前で行われる作業をつぶさに撮影しながら、その合間に匠から話を聞く。刀や作業については多少話がはずむものの、靖国をどう考えるかについて問うと、とたんに無口になる。顔から表情が消え失せ、言葉をさがすことも諦めてしまったように、ひたすら宙を見つめたまま固まってしまう。次に何か問いかけをされるまでそのような気の重い沈黙がつづく。その繰り返しである。

 監督は言葉によってこの年老いた匠から何かを聞き出そうとする。しかし、一番知りたいことは決して匠から言葉としては出てこないのである。靖国の根深いところまで掘り下げていこうとすると、最後はこのような言葉に出来ない思いとか、語り得ない事柄といったものにぶちあたることになる。それらは理解しようとする者がそれ以上踏み込むことを拒む。そして、そうしたものは必ず神秘化され神聖化されて、不可侵のものとされてしまうに違いない。靖国へ向けられるあらゆる批判は、あの真っ赤な炉の中に溶かし込まれていってしまうようなのだ。

 しかし、語り得ない事は本当は決して神秘的なことなのではない。どんな民族にもそれぞれの語り得ないことがある。それはあたりまえの生の事実なのだ。そして他者と関わり会う場では、それぞれがそのような語り得ないものを内にいだきつつもあえて言葉を語り、他者の前に理解可能な者として自分をさらすということ、誤解を覚悟して自分を客体化することが必用である。日本人はそのような作業を、日本の戦争責任を問う他国人の前でやってきたと言えるだろうか。あの台湾人女性は語り得ない思いを持ちながら、あえて敵の前でそれを語っていた。それに対してわれわれはただ沈黙で答えるのだろうか。

 靖国の核心を捉えようとして、この日本在住の中国人監督が匠に肉薄するが、ついには分からなかったのではないか。私にはこの映画はその分からなさを強く印象づける作品だった。そして、仮にそれが中国人の監督に永久に分からないとしても、それは日本人が靖国を正当化する口実には決してならないということをも強く感じさせられたのである。

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2008-07-23

キリスト教色?

 先日は朝から家族で映画館へ行き『崖の上のポニョ』を見た。ロードショー3日目で映画を見るのは初めてのことだと思う。宮崎さんの映画は、前作も前々作も母子だけで見に行かせて自分は後でビデオで見たというのに、今回は家族にくっついていち早く出かけた。いつもと違って超大作感がないのが気楽にさせたのかも知れない。

 気楽に出かけたものの内容はすばらしかった。妻が人に感想を聞かれたらどうしようと言っていたので、「宮崎駿最高傑作」でいいんじゃないかと答えた。実際少なくとも私の中では、これまでのベストにしてもよいよいくらいの出来だった。冒頭から終わりまで、一瞬たりとも説明のために浪費されるようなシーンはない。全シーが今まさにその動きのために存在していた。しかも、画面全体がすみずみに至るまで常に動いている。これは冒頭から聴衆の目を釘付けにした。そうだ、世界というものは微細な分子に至るまで絶えず運動し続けているではないか。昔手塚治虫がディズニーを見て感動した時はこんな感じだったのかも知れない。宮崎さん、『もののけ姫』でやめなくて本当によかった。

 ここ数年の作品は設定が緻密な分、『カリオストロの城』や『パンダコパンダ』の破天荒な面白さにはやや欠ける面があった。しかし、今回はいきなり最初から目を見張る場面の連続だった。しぶきをあげる波、揺れる木々、人や車が疾走する道だけでなく、そもそのそれらの運動の舞台となる島や海や地球全体が何かぐにゃぐにゃと揺れ動くようで、次に何が起こるのかが本当に予想もつかない。何というか痛快そのものの映画だった。アニメというものの本質を見せられる思いだった。

 これまでにジブリ美術館へも何度か行っているが、あそこで上映されている映画が非常にクォリティーが高く、実験的で面白いのだが、それらのうちのいくつかが今回の作品のための習作になっていることに気づいた。

 ところで、この映画の企画意図について宮崎さんは、「アンデルセンの『人魚姫』を今日の日本に舞台を移し、キリスト教色を払拭して、幼い子供たちの愛と冒険を描く」(パンフレット)と述べている。確かにこのストーリーには、『人魚姫』を下敷きにしていると思われるモチーフがいくつもある。ただ、ポニョは人魚姫のように愛する人に誤解されたり、犠牲になったりしない。そして、その点が「キリスト教色を払拭」という意味なのだろう。

 ここには、アンデルセンの物語は本当の意味でキリスト教的なのだろうかという問題が一つある。また、払拭されたものは正確には何かという問題もある。そして、それを払拭することでこの作品が躍動感を得ているとすれば、私が感動したものとは何かという問題がさらにある。宮崎駿はよくアニミズムやエコロジーと結びつけて語られることが多い作家だが、思想的に言ってキリスト教的なものとどのような関係にあるのだろう。やはり対立なのか? まあ、そういうことが少しひっかかるのだが、とにかく今は久しぶりに興奮させられる映画を見たというだけで胸がいっぱいだ。

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2008-07-18

良い子たちの読書感想文

 授業は残すところあと1つとなった。夏休みだ。しかし、子どもたちも同時に夏休みに入ったので、研究三昧という具合にはなかなかいかない。

 ところで中一の娘は夏休みに入って大変喜んでいるが、読書感想文を書かなければならないのが苦痛のようである。といっても本を読むのが嫌いなのでもないし、文章を書くのが苦手なのでもない。むしろその二つは本人にとって最も好きなことなのだが、読書感想文というものについては心の底から嫌いなのだ。小学生の頃からそうだった。私はその気持ちはよくわかる気がする。

 だいたい「読書感想文」というジャンルは、大人の世界にはないものである。もちろん書評とか評論の類は大人の読み物の中のかなり大きな部分を占めている。しかし子どもたちが書かされる読書感想文は書評や評論とは違ったものであり、そこでは作品を論じたり評価するのではなく、作品によって動かされることが要求されている。つまり、本を読んで深く感動したり学んだりしなければならないのである。

 確かにある本によって魅了される経験こそが、本来の読書経験なのかも知れない。しかし、人は本を読んでもそうそう感動したり学んだりするわけではないし、まして人から感動せよと言われて出来るものでもない。ところが読書感想文という制度は、はじめからそのような経験を要求しているように思える。だから読書感想文を書くとなると感動や学びを無理矢理作り出さなければならないことになる。またそれはたぶんあるべき一定の小学生像、中学生像にかなったものでなければならない。めんどうくさくなった子どもたちは、あらすじをあらかた書いてから、「……というところが面白かったです」とか、「……にはびっくりしました」という風に適当に付け加えていく手法を取るのだろう。しかし、読書が好きでかつ文章を好きな人にとってそんな文書を書かなければならにことほど苦痛なことはないだろう。

 娘が苦悩しているので、感想文の既成の型にとらわれず、たとえば書評風にするとか、感動なんかしなかったことを書くとか、あるいは作中にその本が登場するような小説の形をとるなどの案を出して見たが、やはり学校に出さなければならないとなると、そういう冒険は出来ないようだ。「学校」という枠組みはその中にいるものにとっては絶大で、卒業してしまった者にはなかなか理解できないものがあるに違いない。いずれにしても、読書と文章を書くことが無類に好きな子どもをこれほど悩ませる読書感想文とは、一体何のためにあるのだろう。本を嫌いな子どもを作るためか?  

 元来、良い本を読んだ人は感想を述べるよりも、むしろその本に触発されて自分の考えを展開したり、新たに創作したりするものではないだろうか。だから大人の世界には感想文などはない。だったら子どもにも感想文を書かせるのをやめたらいいと思う。大人も書けないものを子どもに書かせることが間違っているのだ。                  

 ところで娘が小学校の頃、読書感想文と並んで嫌いだったのが「読書マラソン」と題する読書記録である。本を読んだらその題名と著者名と感想を書くようになっているが、その感想の欄が異常に少なく、細かい字で書いても10数文字がやっとである。娘は大量に本を読むが、それを読書記録につけるのが嫌いで、さらに10数文字で感想を書くのがもっと嫌いだった。それでもしかたなく書いているのを横からのぞいてみると、感想の欄はすべて「おもしろかった」であった。

 読書感想文も読書マラソンも、読書離れを防ぐには全く逆効果ではないだろうか。それより物語そのものを書くことのほうが子どもたちは数倍楽しいだろうし、基本的にそういうものの方が得意でもあろう。また、必要性という点から言えば、作文や読書感想文なんかより、論説文の練習をもっとした方がいいだろう。その場合、子どもはきっと何を主張すべきかが分からないだろうし、へたをすると主張すべき事をまたねつ造することになるに違いないから、何を主張すべきかには重点を置かずその主張をいかに文章で正確に表現し論証するかという点を訓練したらよいと思う。

 今気づいたんだけど、この記事はpensie_log氏の記事「良い子たちのレポート」と関連があるに違いない。こういう感想文を書かされた子たちが、あんなレポートを書くようになるのではないか。

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2008-06-14

町の活字中毒者たち

 しつこいようだが、またタダ本をゲットした。

 市立図書館へちょっと調べものをしに行ったら、たまたま除籍図書リサイクル市の初日だった。開始30分前で、すでに3,4人ならんでいるので後で寄ってみようと目的をすませているうちに、いつも静かな図書館の入り口あたりがなんだか騒がしくなってきた。市に集まって来る人たちだった。主婦や高齢者を中心に次々に人がやってきて、長蛇の列になった。

 会場へ入ると大変な熱気で、人がひしめきあって本を漁っている。みんな目が血走っており、よくドラマや漫画などで見るバーゲンセールの様相である。K越にもこんなに活字中毒者がいるのかと感慨を覚えた。

お一人様10冊限りだが、10冊というと両手でもてる限界に近い。しかし、みんな両手に山のように本を抱えながら、まだ何かあるんじゃないかと目を皿のようにして探している。そのありさまは、まさに「あさましい」という言葉がぴったりくる。私はといえば、もうすでに先日十分にあさましく振る舞って一定の収穫を得ているので、今日はみなさんほどあさましくならなず、ちょっと余裕を見せながら周りを冷静に見回し、それからしっかり10冊ゲットして帰ってきた。

・H・ジンサー『ねずみ・しらみ・文明』みすず書房
・ボーム『量子論』みすず書房
・フーコー『狂気の歴史』新潮社
・J・A・リヴィングストン『凶暴なる霊長類』法政大学出版局
・松本健一(聞き手)『埴谷雄高は最後にこう語った』毎日新聞社
・吉川英治『親鸞』(上)角川文庫
・吉川英治『親鸞』(下)角川文庫
・渡辺照宏『お経の話』岩波新書
・村上春樹『スプートニクの恋人』講談社
・村上春樹『国境の南、太陽の西』講談社

117_1764mono  市民図書館だから現代小説やハウツー本の類が主だが、中には何でこんなのが?と思うようなものもあって、もっとじっくり探せば面白かったかも知れないが、とにかく人が多くて、熱くて、また重かったので、早々に切り上げて帰ってきた。

 それにしてもこの数日私は本ばかり漁っていたことになる。後は読むだけなのだが、これがホントは一番大変なのかも知れない。すでに私の部屋にはこれまでにゲットして読まれないままの本が山ほどたまっている。それに比べて娘は『国境の南、太陽の西』をあっと言う間に読んでしまった。明日は自分も行ってみるそうだ。私もこれくらい早く本が読めるといいのだけれど。

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2008-06-10

青空市騒動顛末記

 あっと言う間に一週間が過ぎてしまった。それは多分にも青空市に振り回されたということがあるかも知れない。先週R大講師室に置いてきた本を持ち帰った。相変わらず重い。こう重いと寄り道をする気も起きない。まっすぐ家へ帰ってくる。今回の収穫物は以下の通り。

・『波多野精一全集』第1巻、岩波書店
・『波多野精一全集』第2巻、岩波書店
・『波多野精一全集』第3巻、岩波書店
・『波多野精一全集』第4巻、岩波書店
・『波多野精一全集』第5巻、岩波書店
・『波多野精一全集』第6巻、岩波書店
・『石原謙著作集』第6巻、岩波書店
・『石原謙著作集』第10巻、岩波書店
・『シュヴァイツァー著作集』(「バッハ」上)第12巻、白水社
・『シュヴァイツァー著作集』(「バッハ」下)第14巻、白水社
・『トレルチ著作集』第1巻、ヨルダン社
・カール・バルト『教会教義学』和解論I/3、新教出版社
・カール・バルト『教会教義学』和解論I/4、新教出版社
・カール・バルト『教会教義学』和解論II/1、新教出版社
・カール・バルト『教会教義学』和解論II/3、新教出版社
・『呪ないと祭り』講座日本の古代信仰3、学生社版

Photo  今回は『波多野精一全集』が目玉で、中身は古い活字体なので読みにくいが、宗教思想史的な内容が大変興味深い。ただ一番読みたかった「象徴的神学」が抜けているのは残念「象徴的神学」は有賀鉄太郎でした( ´。`;)  シュヴァイツァーの「バッハ」は上下2巻本が手に入ったと思っていのだが、帰ってからよく見ると上中下の3巻本で、中が抜けていることが分かった。残念。

 バルトの『教会教義学』の一部も手に入れた。今回ゲットしたのは第IV巻「和解論」のうち、I/2、I/4、II/1、II/3の四冊で、「和解論」の約半分くらいにあたる。見事にとびとびになっているので中途半端だが、タダだから文句は言えない。

 私が生まれる前の話だが、『教会教義学』はこの「和解論」から邦訳が始まったはずである。今回手に入れた「和解論」I/3は1960年発行とある。(値段は900円。1968年発行のII/3は倍の1800円だから、この時代物価が急激に上がったことが見て取れる)。1960年の時点ではまだバルトが健在で、原著のKDもまだ書き続けらるはずだったので、先行きの見えない中で翻訳出版が進められていったのだろうが、結局この膨大な本をほぼお二人で全て訳してしまったのだから頭がさがる。さすがのバルトもびっくりであろう。

 そういえば2005年に邦訳が出たブルトマン『ヨハネ福音書』の翻訳者にも心底脱帽である。8年がかりの訳稿がほぼ出来上がった1994年に訳者は火事でこれを焼失してしまう。しかし、それから再び翻訳作業をやり直し、9年後にこれを完成させたというのだ。ギリシャヤ語と大量の細かい注を含むこの大著の内容を知る人なら、それが並大抵のことではないことがすぐに分かるだろう。自分の成し遂げた業に対するこの潔さ、すぐに一から作業をやりはじめる将来に開かれた態度というものに、人生を終末論的に生きよというブルトマン神学のエッセンスを見る人は私だけではないだろう。

 青空市について書いていて意外な結末になったが、これがこの一週間にあったことだ。

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2008-06-06

三度青空市へ行き、超ど級のお宝発見

 前日バックに入りきらずにあきらめた本が気になり、昨日また青空市へ行った。T葉県の大学で夕方の授業を終え帰りの電車に乗ると、いつもはたっぷり1時間半読書に浸るところをI袋で途中下車してR大学へ向かう。

 途中激しい雨が振り出してやばいと思ったがすぐに止んでしまう。学生が去ってがらんとしたR大8号館のロビーは、もう8時だというのに灯りが煌々ととついている。中に入ると、まだ本は山ほど残っている。が、本を物色している人の姿はもう見あたらず、掃除のおばさんたちだけがこれから仕事を始めようと元気に行ったり来たりしている。その声がロビーの高い天井ににこだまする。アカペラの練習をしている学生たちのハーモニーがどこからか聞こえている。リード・ボーカルが高音になると音をはずす。しばらくするとまた同じ曲を繰り返す。高音になるとまた音をはずす。

 私はあきらめた数冊の本がまだあるかどうか確認しようと見渡した。特に岩波の哲学講座のシリーズを探そうとしたが、一見してすぐに誰かが持っていったことが分かった。その他、目をつけていた本はほとんど持ち去られていた。白頭庵氏が去って「哲学」が消えたこの大学にも、まだ哲学をする残りの者たちがいるのだと思った。

 昨日あったはずの本が無いのに対して、昨日無かった本がさらに追加されている。一度に出さず小出しにするとは当局も憎いことをするものだ。しかも、追加された本の多くは神学関係の洋書だ。やれやれ、また今日も大量の本を運ぶはめになりそうだ。それにしても、明日この市は終わることになっているが、残ったこれらの膨大な書物は本当に廃棄されてしまうのだろうか。友愛書房とかに連絡したら引き取りに来るのではないのだろうか。

 などと考えていると、ふと一冊の本が目に止まる。濃紺のきっちりした装丁に見覚えがあった。「まさか」と思って手に取る。手になじむこの感覚は間違いない。背表紙を見る。金文字で「実存論的神学」と書いてある。ついに出会えた!

 考えてみればありえない話ではなかった。大福先生の『実存論的神学』(創文社、1964年)は、R大学に数冊あるはずだった。貴重本を容赦なく切り捨てる今回の大粛正(?)を目の当たりにしてきたのだから、数あるうちの1冊くらい廃棄に回されることも十分に考えられはずだったのである。しかし、現実には大量の本の山の中にこの本があるということをまったく予想していなかった。だから、しばらく唖然としてしまった。

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大量の本のタイトルをいちいち確認していく作業にややぐったりしていたので、この超ど級のお宝を前にして、近くのチェアーに少しづつ積み上げていたその他の本は一瞬どうでもよくなってしまった。『実存論的神学』を手に取ると、しばらく休憩することにした。それにしてもきれいな本だ。私の生まれる前年に発行されているのだから、もう43年経っているのに、とてもそうは思えない。中を調べると、1箇所うすい鉛筆で印が入っている他は、 傍線や書き込みは全くない。確かR大に数冊あるうちの何冊かは、心ない読者によって傍線を、それもボールペンで引かれていたと記憶している。何でそっちを残してこの美本の方を捨てるのだろう。

 裏表紙の見返しを見ると「友愛書房」のシールがはってある。ということはR大が古書店で購入して蔵書に加えたものかも知れない。その下の方には前の所有者のネームと購入日が入っている。日付は1967年となっている。ちょっと遅れて購入したのかなと思って表紙の見返しを見ると、別の名前と日付が入っている。こちらは1964年7月となっているから、出版されておよそ1ヶ月で購入した最初の読者がいたことになる。すると二人目の読者が古書店で購入して、その後にR大に寄贈したのか? いずれにしろ四十余年の年月を幾人かの人たちの手を経て、ついに持つべき人(私)のところへ届けられたわけである。

 さて、この1冊だけでもういいやという気分を納め、中断した作業を再開する。結局持ち帰ることの出来たのは以下の15冊だ。

・野呂芳男『実存論的神学』創文社、1964年
・渡辺善太『旧約聖書の由来』1929年
・フェルヂナン・ド・ソシュール『言語学原論』岩波書店, 1967年
・J. M. Robinson & J. B. Cobb Jr., Theology as History, Harper & Row, 1967年
・S, Neill & T. Wright, The Interoretation of the New Testament, Oxford UP., 1988
・W. Pannenberg, Was ist der Mensch? ,Vandenhoeck & Ruprecht, 1962
・Paul Tillich, Systematic Theology, Vol.1, The University of Chicago Press, 1951
・Friedrich Gogarten, Die Wirklichkeit des Glauben, Freidrich Vorwerk Verlag, 1957
・Friedrich Gogarten, Christ the Crisis, SCM Press, 1970
・John Macquarrie, Contemporary Religious Thinkers, Happer & Row, 1968
・Heinrich Ott, Gott, Kreuz-Verlag, 1971
・Joseph Fletcher, Situation Ethics, SCM Press, 1966
・H. Richard Niebuhr, The Responsible Self, Harper & Row, 1963.
・Oscar Cullmann, Vorträge und Aufsätze, J. C. B. Mohr, 1966
・Hreinrich Ott, Wirklichkeit und Glaube, Zweiter Bnd, 1969

106_0660   他にも、たとえばAlbert RitschlのDie christliche Lehre von der Rechtfertigung und Versohnungの三巻本が新品同様の状態で廃棄を待っていたので、これは持ち帰りたかったが、どうにも入りきらない。講師室も今日はもう閉まっている。諦めることにした。中を見るとひげ文字でどうにも読む気が起こらない、というよりこんな分厚い本をひげ文字のドイツ語で読める気がしない。持ち帰っても一生読まないに違いないから、まあいいことにした。Cullmannの本は太くて重いのでやめることにしたはずなのだが、帰って確認するとどういうわけか鞄に入っていた。それだったらかわりにRitschlにしとくべきだったか? いやいや、やっぱりひげ文字は持ち帰ってもしかたがないよ。と未だに心の中で問答が続いている。

 帰りの電車ではMK大から借りてきた橋爪大三郎の『仏教の言説戦略』(勁草書房)を読む。「言語ゲームとしての宗教」という理解についてはいつか決着をつけなくてはならいのだが、「言語ゲーム」という概念自体が難解なのと、それが持っているある種の真理性をどう評価するかについてなかなか考えがまとまらない。今回授業で橋爪さんの別の本を使ったら、この本を参照と書いてあったので借りた。よく知られた本なのにこれまで読まなかったのはある意味不思議だ。別に今日この本を借りなくてもよかったかなとふと考える。借りなければRitschlが入ったかも……いや、もうやめにしよう。

 これで獲得した本の数は45冊になる。しかし、まだ講師室に置いてきた本が10冊以上あるはずだ。もう1週間、市をのばしてくれれば100冊はいったのに。残念。でもそんなたくさん持ち帰っても、欲望とは果てしないものだから、ここにある本全てを持ち帰りたくなるに違いない。しかも、置き場所がなくてかなり困ることになるのは目に見えている。青空市が終わってくれてほっとしているというのが本音かも知れない。

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2008-06-04

大漁、そして書誌修正

 朝一番の授業をすませて青空市へ行く。昨日めぼしいものは持ち帰ったが、まだいくつか心残りのものがあって、それを二、三冊持ち帰るくらいの気持ちでいた。ところが、昨日と同じ場所に並んでいる本が増えている。おやと思って見ていると、あるわあるわ私の専門に関わる本がどっさり並んでいる。学生の頃お世話になったK科読書室に並んでいた古い貴重な本がこれでもかというくらい並んでいる。物色しているうちに、2、3冊などということでは済まないことがはっきりしてきた。

 とは言え、現実には昨日と同様、私物が入ったカンケンバックと携帯用の手提があるばかりだ。厳選の上、それらを本で満たしところで、そうだ二階にも少しあったよなと思って上がってみた。二階は一見すると昨日と同じかに見えたがそれは間違いで、昨日なかった本がかなりある。おそらく古本と古本の間にできたすきまに、新たな古本(形容矛盾?)を埋め込んでいるのだろう。昨日はなかったはずのマニア唾涎もの(?)の貴重本がうようよ。

 これは大変なことになったと思った。もっとでっかいリュックを持ってくればよかったという話ではない。いっそ車で来ればよかったと思った。しかたがないので、とりあえずこれらの本を隅のベンチに重ねて置き、カンケンバックと手提げで隠しておいて、購買部へ行って大学の名前の入った紙袋を買ってきた(¥200)。かばんに入らないものをすべてこれに詰め込み講師室へ。背中にパンパンになったリュック、両手に重そうな袋二つを下げてキャンパスを歩く様子は大変見苦しい(あさましい?)ものだったに違いない。

 最初はこのままで家まで帰ろうと思ったが、半端ではない重さだし、雨もパラパラしてきたので、結局講師室の隅に置かせてもらうことにした。来週取りに来ることにしよう。さて、ゲットした本は今回はすべて和書。多すぎてめんどくさいので、発行年は省略。

・H・ブラウン、H・コンツェルマン他『イエスの時代』教文館
・E・ユンゲル『パウロとイエス』新教出版社
・トロクメ『使徒行伝と歴史』新教出版社
・クレーマー『宣教の神学』新教出版社
・W・ショットロフ『いと小さき者の神』新教出版社
・W・ホーダン『転期に立つ神学』新教出版社
・J・フレッチャー『状況倫理』新教出版社
・佐藤敏夫『近代の神学』新教出版社
・滝沢克己『現代の事としての宗教』法蔵館
・J・A・T・ロビンソン『神への誠実』日本基督教団出版局
・中沢洽樹『苦難の僕』新教出版社
・中沢洽樹『第二イザヤ研究』新教出版社
・E・モルトマン=ヴェンデル『乳と密の流れる国』新教出版社
・オットー・ヴェーバー『カール・バルト教会教義学概説』明玄書房
・B・M・メツガー『新約聖書の本文研究』聖文舎
・山本和『救済史の神学』創文社
・石原謙『石原謙著作集』第2巻、岩波書店
・石原謙『石原謙著作集』第3巻、岩波書店
・石原謙『石原謙著作集』第4巻、岩波書店
・石原謙『石原謙著作集』第5巻、岩波書店
・ルター『ルター篇』キリスト教古典叢書、新教出版社
・クワイン『ことばと対象』勁草書房

080604_154644_ed_3 哲学の本はクワインだけであとはすべて神学書だ。こんなに廃棄しちゃって大丈夫なのだろうか。他に岩波の哲学講座のシリーズもあったのだがさすがに断念した。神学の本と哲学の本があったら、結局神学の本を選んでしまうあたり、やはり私は神学が好きなんだろう。

 さて、しかしこれはまだゲットした本の半分である。他に紙袋に入れた十数冊がまだある。その中にはシュヴァイツ ァーのバッハ本とか波多野精一の著作集なども入っている。それらはすでに講師室に確保したとして、さらに他にも断腸の思いで持ち帰らなかった本がある。明日帰りにでもよってみるか。でも、これやってると切りがないような気がする。金曜日で終わってくれるので助かる。

 こんなことがあったので、またも書誌調査を忘れるところだったが、荷物を講師室に置いてほっとしたら、やるべきことを思い出した。大福先生の論文が入っているはずの巻はやはりなく、その前後の巻には大福先生の論文はなかった。ここで少なくともこの論文が1966年に発行というのは誤りであることは分かったわけだ。にしても、1965年のはどうしちゃったんだろう。何とか手に入れなければ。

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古本発掘

 雨の中、かなり早めに大学へ出掛けると、廃棄図書の青空市をやっていた。今日が第一日目のようだ。朝一番なので、まだ誰にも荒らされておらず、結構掘り出し物があった。

 今日持ち帰った本は以下のとおり。

・Friedrich Gogarten, Jesus Christus Wende Der Welt, 2. Auflage, J.C.B.Mohr, 1967.
・Ernst Fuchs, Zur Frage nach dem historischen Jesusu, 2. Auflage, J.C.B.Mohr, 1965.
・Ernst Fuchs, Glaube und Erfahrung, J.C.B.Mohr, 1965.
・Martin Buber, Ich und Du, Verlag Lambert Achneider, 1958.
・John Macquarrie, Principles of Christian Theology, SCM Press Ltd, 1966.
・Roman Jakobson, Essais de linguistique générale,  Les  Editions de Minuit, 1963.
・スターン『文化的絶望の政治』三峰書房、1988年
・『信条集』後編、新教出版社、1982年

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 なかなかの収穫だ。ゴーガルテンやフックスの本はアマゾンの古本でまだ比較的安く手に入るようだが、送料など入れると結局は相当かかってしまう。なんと言ってもタダなのは嬉しい。しかし、これだけの本が「廃棄」の印を押されているのは切ない。どうも2冊以上あるものは、1冊だけ残して廃棄しているらしい。

 ずいぶん重くなったが、白頭庵氏にすすめられて買ったフェルラーベンのカンケンバックはすばらしい。見た目は小さいのに、かなり入る。入りきらない本は、携帯していたナイロンの手提げにつめこみ、それでも余ったものは自分のメールボックスに入れ、雨の中濡れないように今日は早々に引き上げた。

 明日もまだやっているので、今日持ち帰るのを断念した本を持って帰ろう。渡辺善太、関根正夫、浅野順一といった人たちの古い旧約聖書概論の類がいくつかあった。あと、アンドレ・パロ『ニネヴェとバビロン』(みすず書房)という聖書考古学の本の間にはさんであった名刺は、なんと私の所属する教会を創始した宣教師のものだった。たぶん30年くらい前のものだろう。こうなると、この本も持ち帰りたくなってしまう。

 そうそう、前回の青空市の時には『追憶の波多野精一先生』玉川大学出版部をゲットしたのだった。これはいつかpensie_log氏が言及しておられた本だ。この青空市、今後どんなものが出てくるのだろう。2冊ある本って結構あるんだけど、どんどん廃棄してくんないかなあ。さっき言ったことと矛盾するけど。

 というわけで、早々に引き上げたため、大福先生の論文の所在を確認することが出来なかった。これも明日の課題だ。(あ、もう今日になってしまった)。

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2008-06-01

論文発掘

 埋もれたままになっているはずの大福先生の論文がまだまだあるはずだと書きましたが、先日ある神学者の古い論文を読んでいて大福先生の論文が引用されてるのを見つけました。「神学における歴史と自然の問題」というタイトルで、1965年発行となっています。私が生まれた年です。

 さっそくR大図書館で調べると、A学院大学の紀要の第9号に載っているはずが、なぜかその号だけが蔵書から抜け落ちている。その前後はすべての号がそろっているのに大福先生のまだ見ぬ論文の号だけが欠けているのです。これはいかにも不自然だ。誰かが抜き取ったのか? とすれば一体誰が? 何のために? 謎は深まるばかりです。

 しかし家へ帰ってHPに載せている著作リストで確認すると、同じタイトルの論文が1966年発行になっています。これはR大学の雑誌に載った著作リストに基づいて私が作成したものなので、その雑誌を確認するとやはり1966年となっていました。どっちが本当なのだろう? 図書館で調べたとき、第9号(1965年)の前後に先生の論文はなかったと思うのですが、見落としたかも知れない。何せ9号が欠けていることに唖然としたので、そこまで気がまわらなかったのです。そんなわけで、これについては再調査したいと思います。

 ところで、それとは別に同じ雑誌のもっと古い号に、大福先生の論文を見つけました。"The Theology od Friedrich von Hugel" という英語の論文で、その邦訳も同じ大学の別の雑誌に「フリードリッヒ・フォン・ヒューゲルの神学」というタイトルで掲載されています。英文の方が1957年、邦訳は1958年の論文で、どちらもHPのリストには載っていなかったため、至急追加しました。先生は56年の春に米国留学から帰国されていると思うので、恐らく日本語の雑誌論文としては最も初期のものになるのではないかと思います。同じ年に「現代状況と福音の理解」という論文も発表されていて、これは後の1964年の『実存論的神学』の第一章になった論文ですから、この時期はまさに実存論的神学の形成期に当たると言ってよいわけですね。

 フォン・ヒューゲル(Friedrich von Hügel 1852-1925)と言っても、不勉強な私はトレルチの「歴史主義とその克服」に序文を書いた人としてしか知らず、先生が論文の冒頭でご自分が影響を受けた神学者としてE・ルイス、N・ベルジャーエフ、R・ニーバー、P・ティリヒの名を列挙されながら、「以上あげた神学者の誰も私の神観形成に、フリードリヒ・フォン・ヒューゲルほどに影響を与えなかった」(『基督教論集』第六号、2頁)と書かれているのには驚きました。今調べてみると、著書のいくつかの場所で先生はフォン・ヒューゲルに言及されているのですが、現物を読んでいない私には印象が薄かったようです。

 しかしもう一つ驚いたのはこの論文の書き出しの一行です。

現在までに、私の神学的思索に大きな影響をおよぼした人々として私は数人の神学者をあげることが出来る。カール・バルトはその一人である。(1頁)

真っ先にバルトを挙げておられるのは意外です。たしかにバルトは二十世紀のプロテスタントを代表する神学者であって、広い意味では当然先生にも影響を与えてもいるでしょう。ただ、もし現在先生がこの頃をふり返られた時、はたして同じような言い方をされるかどうか。

 たとえばこの後の文章でも、

もし、今日、誰かが、カール・バルトの神学は不合理主義であると言うならば、彼は不条理な言葉を語っているのである。(11頁)

として、バルトを擁護されていますが、私は先日バルトに対するこれと正反対の先生の評価をお聞きしたばかりです。(「ばかり」といっても、もう1年くらい前のことになりますが……)。そういうバルトに対する先生の態度を見ている者としては、論文の冒頭でいきなりバルトからの影響について語られているというのはとても意外に思えました。

 ただ、その後の頁で先生はバルトに対して批判もされていて、「創造者に対応する被造物における比論が、ただ単にキリストによる特殊な神の言葉を受け取る可能性の中にのみ存在すると主張するバルトの傾向」は、不合理主義と言われても仕方がないと書かれています。(12頁)。

 結局よく読めば、基本的に現在の先生の立場と矛盾することが述べられているわけではないのですが、先生のバルトに対する批判はこの時代からどんどん厳しいものになっていったし、この論文ではほんの少ししか触れられていないブルトマン(「現代状況と福音の理解」の方では大きく取り上げられている)ら実存論的な神学者たちからはより多くのものを吸収されるようになっていったのではないでしょうか。

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