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2006-05-20

ようこそトロウ氏

 「文明と宗教」研究会に、トロウ氏がご参加くださいました。氏の専門はキリスト教神学。キリスト教会ユーカリスティアの牧師でもあります。

Cafe Eucharistia http://blog.goo.ne.jp/mamedeifque

このブログは教会のWebカフェということですが、ここを使って今後は、研究会用のネタも書いていただけるのではないかと期待しています。

 トロウ氏は、いま研究会で話題の中心になっている野呂先生の最後の弟子にして一番弟子とも言うべき方です。野呂先生には青山時代、立教時代を含めて数多くの弟子と呼べる方々がおられますが、どなたも野呂先生の思想を忠実に受け継ぐといったタイプではなく、それぞれ独自の思想を切り開いて活躍されています。言い方を変えれば反逆者ばかりといったところです。林さんは個性の強さという点ではそれらの先輩達にひけをとらないものをもちつつも、彼らとは正反対に野呂神学に過激にほれこむという形でそれを表現されてきました。その点で、「野呂学派」(そんなものはないが)の中で希有な存在と言えましょう。

 野呂先生が立教で教えられた最後の年、私は大学院(組織神学専攻)の1年でした。先生は退官後、大学からはきれいさっぱり縁を切られましたから、私こそが先生に組織神学を習った「最後の弟子」と自負しておりました。その時、トロウ氏は学部生。しかし、学部生は当然「弟子」の範疇には入らない、と私は理解していました。……ところが、彼女はすでにその時大学院のゼミにもぐりこんでいたのです! そういえばいました。ゼミ室の奥の席に、物静かに座る一人のギャル(時代は80年代の終り)が。そして、野呂先生を主査にして学部生とは思えない卒論を書き、野呂先生が卒業されたドゥルー神学校へと留学されたのです。

 そういうわけで、私は、「最後の弟子」の称号を、あの時ゼミ室で見かけた静かな鋭い眼差しの女の子に奪われることになったわけです。しかし、その後の彼女の歩みを見るならば、「最後の弟子」だけではなく「一番弟子」の称号もかっさらっていったと言わざるを得ません。まさに野呂神学に実存をかけてのめりこみ、野呂神学に基づいた教会を設立されたのですから。弟子一同、誰も文句はいえません。まあ、野呂先生は子分をつくらない、学派を形成しない学者の典型のような方なので、こんな話は意味のないことではありますが。

 「文明と宗教」研究会は、別に野呂神学研究のサイトではないのですが、最初に出た話題が野呂―日比野論争だったこともあって、これまでは野呂先生に関する議論が多くなっています。(そのうち違うことも書きます)。トロウ氏は野呂神学をめぐる勝手なやりとりを、どう見ておられるのでしょう。いろいろ言いたいことがあるのではないでしょうか。今後は、是非議論に加わっていただき、熱く語っていただきたいと思います。 ( ちなみに、どういうわけか氏のブログでは野呂先生は「Dr.大福」、氏は「豆大福」となっており、かなり笑えます)。

 なお、いよいろ野呂先生による日比野さんへの再々批判が出ました! 「人生の諸段階(キルケゴール)について」というタイトルで、野呂芳男ホームページに掲載されています。お二人の論争の一番根底にある問題が論じられています。宗教性Aと宗教性Bをどう見るのか。先生がそこで示されている見解は、バルトやブルトマンに影響されて私などが漠然と考えていた理解とはやや異なったもので、とりわけ後期の野呂神学を考える上では大変興味深いもののように思います。それについてはまた改めてとりあげることにします。

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コメント

それにしても、みんながみんなgooなんですね。僕があれほどココログがいいと言っているのに(笑)。

確かに、gooはコメント欄に自動的に書き込めないように工夫されているという点がいいと思いますね。pensie_logさんが指摘されていたコメントスパムを防ぐには有効なのでしょう。

ただ、やっぱりコメントの表示欄の文字が小さすぎて疲れます。パソコンの文字が小さいという文句というのは、僕以外の誰からもあまり聞かないのですが、みなさんは苦にならないのでしょうか。もしかすると、私のパソコンの置き方が特殊なのでしょうか。私は、手元に本一冊分のスペースを置き、その向こうにキーボード、そしてその向こうにノートパソコン……。パソコンの画面との距離は、60~70cmです。やっぱりちょっと特殊ですね。

ノートパソコンのキーボードが実に使いにくいため、こういうことになっているのです。私が悪いんですね。

PS. もっともココログは今不調らいしということも聞えてきます。たとえば下のように。私は感じたことはありませんが。


http://furukawa.cocolog-nifty.com/blog/2006/04/post_4d61.html

http://bretagne.air-nifty.com/anne_de_bretagne/2006/05/post_f107_1.html

投稿: 桶川利夫 | 2006-05-20 16:32

ご紹介ありがとうございました。今後も議論の展開の中で、ご紹介のご厚意に応えられるよう、なるべく発言の機会を持ちたいと思っています。私は桶川さんほどには学問的に広いジャンルを網羅しているとは言えず、いろいろ学ばせていただきます。ブログを始めるきっかけとなったのも、桶川さんに触発されたという面があります。他のメンバーの皆様方も、これからよろしくお願い致します。

投稿: トロウ | 2006-05-20 20:19

私も最近デスクトップのパソコンを譲ってもらって、研究室に置いて使っているのですが、モニターの置き方は桶川さんとまったく同じです。モニターの手前には、本を置くスペースがあり、ノートを広げられるためのスペースも必要で、キーボードがあって、コーヒーカップがあって・・・

モニターは17インチで、Wordなどの画面ではほとんどストレスはないのですが、ブログの表示では、小さいなあ、と感じることもあります。InternetExplorerやWord、Excelの通常の使用では、画面表示を大きくして使っています。ときどき、横スクロールしなければならないのが鬱陶しいのですが、読みやすい大きさで表示することの方を私は優先しています。

私のブログはこの研究会専用のものなので、桶川さんはじめメンバーの方がストレスに感じるようでしたら、問題です。gooからの乗り換えも含めて検討しようかなと思います。

投稿: 白頭庵 | 2006-05-22 00:35

gooでも、CSSはいじれるので、コメント欄の文字を大きくすることは可能だと思われます。CSSの「.cmBody」のデフォルト設定が、多分、font-size="x-small"あたりになっているのだと思いますので、それを"small"にすると、本文と同じ大きさになりそうです。
http://blog.goo.ne.jp/info/blog_css7.html

とはいえ、CSSをいじるのは、やはり少々知識が要るのではありますが…

投稿: pensie_log | 2006-05-22 01:29

コメント欄のCSSもいじれますかねえ?

投稿: 桶川利夫 | 2006-05-22 23:51

佐藤さん、教えてくださってありがとうございました。
いじってみました。コメント欄も、エントリー欄も、字を大きくしたので、見てください。

コメントを別枠で表示させたときに、字が大きくなりすぎてしまったかな。長文のコメントをつけると、読みにくくなってしまいますね。

見づらいところがあれば、教えてください。

投稿: 白頭庵 | 2006-05-23 21:34

白頭庵氏のブログ、コメント欄が大きくなって、見やすくなった!……と思ってコメントしたとたん、また小さくなってしまいました。どうなっちゃったんでしょう。

投稿: 桶川利夫 | 2006-05-23 22:53

すいません。
CSSはHTMLより簡単だあ、なんて、おもしろくなって、いろいろいじっているうちにワケわかんなくなっちゃって、一度デフォルトに戻しました。

ちょうどそのときに、コメントが入ったんで、あ、桶川さん、どの段階で見たのかな、と思ったんだけど、ちっちゃいのをご覧になったんですね。

もうしばらくいじりません。

投稿: 白頭庵 | 2006-05-23 23:14

> コメント欄も、エントリー欄も、字を大きくしたので

個人的には非常に読みやすい大きさに感じました。

まぁ、正直、レイアウトの最適度は、ディスプレイの大きさ&解像度の設定というユーザーサイドのPC環境、ディスプレイの位置や眼球の視力というユーザーサイド自身の環境に依存するので、最適解は一義的には出せないのが難しいところです。

blogのCSSも、どのサービスでもいえることのようですが、もう少しいじりやすくしてくれればいいのですが。

投稿: pensie_log | 2006-05-28 03:57

>佐藤さま

研究会用に作ったブログですから、かなり限定された人たちだけを念頭において「見やすい」ように作っていけばいいか、と思っています。排他的ですが、そんなのもアリかな、と。そちらでは「見やすい」ようなので、よかったと思います。

桶川さんのところでは、うちのブログの表示がおかしいようですので、それが続くようでしたら、初期状態にいちど戻します。

投稿: 白頭庵 | 2006-05-29 00:13

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