« 2006年6月 | トップページ | 2006年8月 »

2006-07-11

美をめぐる矛盾

 Pensie_log氏の「賞味期限のある美」というエントリーを読んでコメントをしたのだが、私も最近、そういう美に関心を持っている。氏は数十年前に作られたような機械類にそのような美を感じておられるが、私は主にトタンによる建物が気になっているところである。

 デジカメでいろいろと撮り始めたのが3,4年前だが、いつ頃からか古く色づいたトタン建築の写真が増えるようになった。これは、今巷で多く見られる、時を経ても朽ち果てることのない建築物への不満から自然に出てきた行動かも知れない。

 たとえば十数年前から、住宅の壁は「サイディング」と呼ばれる手法が主流である。これは、丈夫な素材で作らた同じ大きさ、同じデザインの板を、次々に壁にはめ込んでいくというもので、数年雨風にさらされてもほとんど劣化しないという長所を持つ。壁を構成する各パーツは、すべて同じ企画の板であるから、壁にはむらがなく、できあがりはちょうどCGで作った建物の画像のようである。こうした壁を持った住宅が密集している場所へ行くと、まるでコンピューターゲームの中に迷い込んだような感覚に陥る。そして、CGが現実を121_2196模倣しているのか、現実がCGを模倣しているのかわからなくなる。

 最初は好ましく思ったことがあったかも知れないが、そういう建物ばかりが目立つようになってくるといいかげん辟易してくるのは当然である。そんな中で、私が無意識のうちに関心を持つようになったのが、トタンで作られた建築物である。と言っても、それは作られたばかりのものでは駄目で、何年かの時を経て、腐食によって適度に色づいたものでなければならない。腐食の度合いによって、実に見事なトタン建築が現れる。

 ちなみに、トタンとは「亜鉛でめっきをした鉄板のこと」である。亜鉛は鉄より腐食しやすいため、まず亜鉛が腐食されることで鉄の腐食を防ぐ。こういうのを「犠牲防食」と言うのだそうである。 (フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』) ということは、トタンを使った壁や屋根は、腐食することを前提に作られていることになる。劣化現象を封じ込めようとするサイディングの場合とは正反対なのである。

143_4390 と言っても、トタンの壁は、たとえば塗り壁のように、風雪に刻まれることで美しくなることを計算に入れられているわけでもない。もし美しい家を建てようと考えたら、トタンという選択はなかったはずであり、おそらく費用と実用性という二つの要素に折り合いをつけた結果がトタンであったに過ぎないのである。したがって、トタン建築の美しさの特徴の一つは、作る側はそのような美的効果を意図してはいないし、そもそも美しい建築を作ろうという意識はないだろうということである。その美しさは、作り手が「ほら、御覧、美しいだろう」と押しつけてくることがないぶん、こちらが自由に感じるとることのできるものである。おそらくそこに他にない心地よさの要因の一つがある。自虐的に言えば、自分こそがこの「美」を見出したという自己満足、あるいは「他の奴には分からない」「分かってたまるか」という、「正統」な美へのルサンチマンもあるかも知れない。

 ところで、トタン建築の美しさのもっと基本的な特徴は、それが不可逆的 な時の流れの中で一時的に生み出されるものであり、したがって保存することが本来出来ないないという点にあろう。Pensie_log氏が触れておられるように、そういう美とは「劣化」の別名とも言いうるわけであるが、私が関心をもつのは、朽ち果てていくことが条件になるような美の形だということになる。ただ、この点に関しても美をめぐる事情は一筋縄ではいかない。私はこのトタンのある風景をデジカメで撮影するわけだが、私が撮影して数ヶ月後にその建物が取り壊されてしまったということが何度かあった。私は、取り壊されてしまったことにショックを受け、残念に思う反面、デジカメで撮っておいてよかったと胸をなでおろしたりする。しかし、これは矛盾した感情であろう。朽ち果てていくプロセスだからこそ美しいはずなのに、そのプロセスを電子画像として永久にとどめようとするのだからである。流れるからこそ美しい時の美しさを、「保存したい」という矛盾した欲望。それは「自分が語るのを聞きたい」(デリダ)といった欲望とも関係しているに違いない。

162_6279 流れる時を保存したいという欲望は人類の芸術活動の基底にあるように思うが、この欲望を実現するかに見える家庭用ビデオは、流れる時を保存などしても仕方がないことを教えてくれているようにも思える。わたしも子供の生活を無数にビデオ撮影したが、たまりにたまったテープの山を見て、いったいこれをいつ見るのだろうと感じる。私のビデオカメラはバッテリー量が少ないため、それでも他の人たちに比べると撮影時間はずっと少ないはずである。しかし、24時間連続撮影可能というようなカメラを使っている人は、たとえば運動会の間中カメラを回しっぱなしにすることも出来る。そうやって出来たビデオテープを見るには、運動会とほぼ同じ時間が必要になる。さらに様々な行事のたびにビデオを撮っていると、それを見るにはほとんど人生をもう一回生きなければならなくなる。そんなことをしている時間があったら、今の新しい経験を積み重ねた方がましではないだろうか。それでもついついビデオカメラを回してしまう。そういう馬鹿馬鹿しさが、われわれ人間の存在のありかたのうちにはどうも刻まれているようである。

| | コメント (4)

2006-07-08

野呂―日比野論争(2) 

 (1)を書いてからずいぶん日が経ってしまった。その間、野呂先生と日比野氏の間では、さらなる議論がなされた。これまでの経緯をまとめると、以下のようになる。

①野呂芳男『キリスト教と民衆仏教――十字架と蓮華』日本基督教団出版局(1991)
②日比野英次氏「<書評>野呂芳男『キリスト教と民衆宗教』」 『キリスト教学』第33号、立教大学キリスト教学会、104-9頁(1991)
③野呂芳男「日比野英次君の書評に触発されて」 (2006.03.19)
④日比野英次「ナンバーワンとオンリーワン」 (2006.04.15)
⑤野呂芳男「人生の諸段階(キルケゴール)について」 (2006.05.20)

 この論争では、当初から諸宗教の「対話」はいかにあるべきかという問題がキルケゴールのいわゆる「宗教性A」と「宗教性B」の問題と結びつけられてきた。それは、先生と氏という二つの生き方の違いに関わるものであり、わたしのような第三者が気軽に論評できるテーマではない。また、⑤の論文でも先生が書かれているように、「宗教性A」と「宗教性B」についての解釈自体が、先生と氏とで必ずしも同じではなさそうである。ここでは、ひとまず「人生の諸段階」の問題は括弧に入れ、話の焦点を野呂神学における他宗教との対話の問題にしぼって考えてみたい。

 さて、そうして見ると、氏の先生への批判点は非常にはっきりしている。氏は、宗教の個別性を生きるという先生の立場を批判されているのでなく、むしろその立場が徹底されていない点を批判されているのである。最初の書評(日比野②)から引用しよう。

 しかし乍ら、大地の地味より花の美しさを愛でる著者のような方向には本来宗教の比較などということは問題にならないのではないか。キリスト教の花、仏教の花、神道の花……様々な花が咲き乱れる宗教の花園で、それぞれの花に固有の美を認めるならば、およそ花の美しさの比較など無意味なことであろう。(日比野②)

氏の批判は、先生が一方で宗教の個別性を主張しながら、他方で個々の宗教の「比較」を通して世界宗教を目指すスミスの試みに一定の理解を示す点に向けられている。

 だが、氏のこの問いかけに対して、まず次の点を確認しておかなければならない。先生が宗教間の「比較」をするという場合、それは比較宗教学における「比較」をそのまま受け継いだものではない。それは、どの宗教からも中立的な立場からなされる比較ではなく、ある特定の立場を実存的に選び取ったところからなされる比較である。ある一つの宗教に人生を賭けるその時、他の宗教もまたはじめて実存的な意味において立ち現れ、それらの他宗教の主張を実存的なレベルで受け止めるという行為が生じてくるのである。「宗教史学派」などのような比較宗教学的な研究の成果が利用されるのは、そのような基本的な態度の中においてである。こう考えるなら、宗教の個別性を生きるということは「比較」を不要にするのではなく、むしろ真の意味での「比較」も「対話」も「接ぎ木」も、そのような実存のレベルにおいてはじめて意味を持つと考えるべきではないか。

 「同一の神の愛を、いろいろな衣装のもとに見出す」という先生の表現は、一見すると異なった宗教をいろいろと比較して、それらに共通の核を見出す試みと同じように見えるかも知れないが、実際はそうではない。「神の愛」は「まず体験的に自分の信仰生活の中で味わわなければならない」(野呂③)のである。体験とはいつも個別的なものである。たとえそれが普遍的なものの体験であっても、それをわれわれは常に個別の体験として味わうのである。そして、そのような実存的な体験があってはじめて、他の宗教の中に同じものが現れているのではないか、あるいはこちらに欠けているものがあるのではないかという探求が始まる。そうした探求は、こちらに実存的な体験があるからこそ切実な意味を持つのである。

 日比野氏は次のように言われる。

意味ある比較を求めれば、それは否応なく弁証法的なものにならざるを得ない…(略)…例えば、Aという花の美しさとBという花の美しさの比較に意味を求めれば、の二つの花が共有する或る普遍的な美しさCを探求せざるを得なくなる。そうなれば個々の花の美しさはそれらを超える普遍的な美の追究の陰にかくれてしまうだろう。(日比野②)

しかし、私は野呂先生における比較の行為は、そのような弁証法ではなく、むしろ隠喩的なものと考える方がよいのではないかと思う。リクールの隠喩論では、隠喩は二つの意味論的な場の間に生じる「相互作用」や「緊張」によって説明される。これは語と語の間の関係、文と文の関係、さらには様々な文学ジャンル間の関係へと適用されていくことで、リクールの聖書解釈学の基礎なしている。そこで隠喩とは、ある一つの思想のまとまりが他の異なった思想のまとまりと出会うことで対立や葛藤を生じ、そのことによって両者の同一性がそれぞれ揺すぶられつつ、しかしそれらの対立や葛藤が乗り越えられようとする動きの中で、両者の間に全く新たな思想が生まれてくる、そのような過程である。それはAとBの共通の要素Cを普遍的なものとして取り出すのとは違ったことである。AとBはかかわり会うことで互いに変容し、互いの中にはなかったCが生まれてくるのだからである。

 先生は、リクールの聖書解釈には様々な点でご不満のようであるが(『黎明』第2号、1996年、35―44頁)、私は先生の他宗教との対話に際する態度を表すのに、リクールの隠喩論は有用であろうと思う。先生のキリスト教信仰は、民衆仏教などの他宗教と出会うことで変容を被っているはずである。伝統的なキリスト教に満足し、充足できていれば、日比野氏の言うように、他宗教と出会う必要はない。しかし異端を排除する過程で硬直していったキリスト教に不満を感じ、現在のキリスト教とは異なった何かを求めようという欲求があるからこそ、そのための刺激となり助けとなるものを「他宗教」のうちに見出そうとする志向が生まれてくるのではないだろうか。

 ところで、このように野呂先生の「対話」を理解するなら、それは日比野氏が「接ぎ木」として次のようにかかれているものと同じであるように思われる。

何れにせよ、私が考えている「接木」の本質はAという木とBという木を接いで全く新しいCという花を咲かせることにある。それは言わば「真理創造の方法」に他ならない。これに対して、パウロの宗教体験を軸に先生が展開されている「接ぎ木の理論」はあくまでも「真理認識の方法」であって、そこには私のような弁証法的発想はないだろう。(日比野④)

まさに「隠喩」とは「真理創造の方法」であって、野呂先生がやっておられることはそれであると私は思うのだが、氏は先生の「接ぎ木」は「真理認識の方法」に過ぎないと言われる。氏がそのように考えられる理由は、おそらく『キリスト教と民衆仏教』の168頁に掲げられている図が示しているような先生の捉え方によるものだろう。そこでは「キリストの啓示」を中心とする同心円上に様々な他宗教が配置されており、対話はこの中心である「キリストの啓示」と他宗教の間でなされるものとされている。その場合、「キリストの啓示」はすでに揺るがぬものとして存在し、その立場から他宗教との接点が探られることになる。しかし、おそらく日比野氏も十分にご承知のように、これは決して「キリスト教」と「他宗教」の関係を、客観的にドグマ化した図式ではなく、あくまでも先生ご自身の実存において他宗教との対話がこのようにしか生じ得ないことを示していることを忘れてはならないだろう。キリストの啓示に自らの実存を賭けることによってはじめて、他宗教との対話が意味のあるものとして立ち現れてくるという、先生の実存の出来事をそれは語っているのである。

 さらに、それに加えて考えなければならないのは、論文の中で先生の立場をこの図のようなものとして示しているのは、先生ではなく、先生の友人である「A」氏だということである。そして「A」氏自身は、「キリストの啓示」と「観音信仰」を同等の資格に置いた楕円形の図を提示し、それで自分の立場を説明しているのである。この「A」氏の存在をどうとらえればよいのだろうか。この問いは、先生がこの長い論文を「A」氏と先生ご自身の対話という相当に風変わりな形式で書かれているのは何故かという問いに関係してくる。今、この問いに深入りはしないが、先生が「A」氏の示したような図式だけでご自分の他宗教との対話をとらえておられるのではなく、「A」氏が自身の立場として示した別の図式にも一定以上の関心をお持ちであることを意味しているように私には思えるのである。

 最近の先生に接する時、そうした思いは一層強くなる。氏から見れば、先生はあくまでキリスト教の啓示を絶対化する立場から、つまりすでに真理を得たりとする立場から、その他の宗教と対話を構想されているように見えるのかも知れないが、最近の野呂先生の過激さに多少なりともショックを受けている私からすれば、先生はキリスト教そのものの同一性を揺るがすような形で、他の宗教と接しておられるように思えるのである。そして、170頁で紹介されているA氏の考え、すなわちキリスト教自体が多様な啓示を内に含んでおり、それらの複数の啓示の間の対話の中でキリスト教信仰の核は形づくられるものであるということ、そして他宗教との対話もそうした対話の延長線上で同等の資格をもってとらえられるべきであるという考えは、今やまさに先生ご自身の立場となっているのではないかという思いを持つのである。日比野氏は、「A」氏の立場からこそ真の対話が生まれてくると言われているが、野呂先生のうちには「A」氏の立場が実は含まれていると考えることが可能なのではないか。これは『キリスト教と民衆仏教』のもっと本格的な検討を要する事だが、もしかすると先生は「実存論的神学」としてそれまでに築いてこられた立場に立ちつつも、ご自分の中にそれまで以上に民衆宗教へと踏み込んでいこうとする志向性を見出され、それを「A」という友人に託して語られていたのではないだろうか。それは先生の中にあるけれどもまだ未知の部分を残した先生の影だったのであり、あの本の出版から15年を経た現在、その影を先生はすでにご自身のうちに統合されていると解釈することが出来ないだろうか。

 筆が勝手に進んで、かなり大胆な野呂神学の解釈にまで展開してしまったが、間違っていたら先生にはお許しいただきたい。だが、私の遠大な研究計画の中には、その重要な部分として前期野呂神学と後期野呂神学の関係の考察が含まれており、これはそうした考察のあくまでも第一歩となればよいと思っている。

 さて、日比野氏はこの一連の論争の中で、「『ナンバーワン』と『オンリーワン』」という論文を書かれたが、そこで提示されている問題は大変に興味深く、私自身が現在研究している問題と深く関わってくる気がするので、次はそのことを論じてみたいと思う。

| | コメント (11)

« 2006年6月 | トップページ | 2006年8月 »