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2006-07-08

野呂―日比野論争(2) 

 (1)を書いてからずいぶん日が経ってしまった。その間、野呂先生と日比野氏の間では、さらなる議論がなされた。これまでの経緯をまとめると、以下のようになる。

①野呂芳男『キリスト教と民衆仏教――十字架と蓮華』日本基督教団出版局(1991)
②日比野英次氏「<書評>野呂芳男『キリスト教と民衆宗教』」 『キリスト教学』第33号、立教大学キリスト教学会、104-9頁(1991)
③野呂芳男「日比野英次君の書評に触発されて」 (2006.03.19)
④日比野英次「ナンバーワンとオンリーワン」 (2006.04.15)
⑤野呂芳男「人生の諸段階(キルケゴール)について」 (2006.05.20)

 この論争では、当初から諸宗教の「対話」はいかにあるべきかという問題がキルケゴールのいわゆる「宗教性A」と「宗教性B」の問題と結びつけられてきた。それは、先生と氏という二つの生き方の違いに関わるものであり、わたしのような第三者が気軽に論評できるテーマではない。また、⑤の論文でも先生が書かれているように、「宗教性A」と「宗教性B」についての解釈自体が、先生と氏とで必ずしも同じではなさそうである。ここでは、ひとまず「人生の諸段階」の問題は括弧に入れ、話の焦点を野呂神学における他宗教との対話の問題にしぼって考えてみたい。

 さて、そうして見ると、氏の先生への批判点は非常にはっきりしている。氏は、宗教の個別性を生きるという先生の立場を批判されているのでなく、むしろその立場が徹底されていない点を批判されているのである。最初の書評(日比野②)から引用しよう。

 しかし乍ら、大地の地味より花の美しさを愛でる著者のような方向には本来宗教の比較などということは問題にならないのではないか。キリスト教の花、仏教の花、神道の花……様々な花が咲き乱れる宗教の花園で、それぞれの花に固有の美を認めるならば、およそ花の美しさの比較など無意味なことであろう。(日比野②)

氏の批判は、先生が一方で宗教の個別性を主張しながら、他方で個々の宗教の「比較」を通して世界宗教を目指すスミスの試みに一定の理解を示す点に向けられている。

 だが、氏のこの問いかけに対して、まず次の点を確認しておかなければならない。先生が宗教間の「比較」をするという場合、それは比較宗教学における「比較」をそのまま受け継いだものではない。それは、どの宗教からも中立的な立場からなされる比較ではなく、ある特定の立場を実存的に選び取ったところからなされる比較である。ある一つの宗教に人生を賭けるその時、他の宗教もまたはじめて実存的な意味において立ち現れ、それらの他宗教の主張を実存的なレベルで受け止めるという行為が生じてくるのである。「宗教史学派」などのような比較宗教学的な研究の成果が利用されるのは、そのような基本的な態度の中においてである。こう考えるなら、宗教の個別性を生きるということは「比較」を不要にするのではなく、むしろ真の意味での「比較」も「対話」も「接ぎ木」も、そのような実存のレベルにおいてはじめて意味を持つと考えるべきではないか。

 「同一の神の愛を、いろいろな衣装のもとに見出す」という先生の表現は、一見すると異なった宗教をいろいろと比較して、それらに共通の核を見出す試みと同じように見えるかも知れないが、実際はそうではない。「神の愛」は「まず体験的に自分の信仰生活の中で味わわなければならない」(野呂③)のである。体験とはいつも個別的なものである。たとえそれが普遍的なものの体験であっても、それをわれわれは常に個別の体験として味わうのである。そして、そのような実存的な体験があってはじめて、他の宗教の中に同じものが現れているのではないか、あるいはこちらに欠けているものがあるのではないかという探求が始まる。そうした探求は、こちらに実存的な体験があるからこそ切実な意味を持つのである。

 日比野氏は次のように言われる。

意味ある比較を求めれば、それは否応なく弁証法的なものにならざるを得ない…(略)…例えば、Aという花の美しさとBという花の美しさの比較に意味を求めれば、の二つの花が共有する或る普遍的な美しさCを探求せざるを得なくなる。そうなれば個々の花の美しさはそれらを超える普遍的な美の追究の陰にかくれてしまうだろう。(日比野②)

しかし、私は野呂先生における比較の行為は、そのような弁証法ではなく、むしろ隠喩的なものと考える方がよいのではないかと思う。リクールの隠喩論では、隠喩は二つの意味論的な場の間に生じる「相互作用」や「緊張」によって説明される。これは語と語の間の関係、文と文の関係、さらには様々な文学ジャンル間の関係へと適用されていくことで、リクールの聖書解釈学の基礎なしている。そこで隠喩とは、ある一つの思想のまとまりが他の異なった思想のまとまりと出会うことで対立や葛藤を生じ、そのことによって両者の同一性がそれぞれ揺すぶられつつ、しかしそれらの対立や葛藤が乗り越えられようとする動きの中で、両者の間に全く新たな思想が生まれてくる、そのような過程である。それはAとBの共通の要素Cを普遍的なものとして取り出すのとは違ったことである。AとBはかかわり会うことで互いに変容し、互いの中にはなかったCが生まれてくるのだからである。

 先生は、リクールの聖書解釈には様々な点でご不満のようであるが(『黎明』第2号、1996年、35―44頁)、私は先生の他宗教との対話に際する態度を表すのに、リクールの隠喩論は有用であろうと思う。先生のキリスト教信仰は、民衆仏教などの他宗教と出会うことで変容を被っているはずである。伝統的なキリスト教に満足し、充足できていれば、日比野氏の言うように、他宗教と出会う必要はない。しかし異端を排除する過程で硬直していったキリスト教に不満を感じ、現在のキリスト教とは異なった何かを求めようという欲求があるからこそ、そのための刺激となり助けとなるものを「他宗教」のうちに見出そうとする志向が生まれてくるのではないだろうか。

 ところで、このように野呂先生の「対話」を理解するなら、それは日比野氏が「接ぎ木」として次のようにかかれているものと同じであるように思われる。

何れにせよ、私が考えている「接木」の本質はAという木とBという木を接いで全く新しいCという花を咲かせることにある。それは言わば「真理創造の方法」に他ならない。これに対して、パウロの宗教体験を軸に先生が展開されている「接ぎ木の理論」はあくまでも「真理認識の方法」であって、そこには私のような弁証法的発想はないだろう。(日比野④)

まさに「隠喩」とは「真理創造の方法」であって、野呂先生がやっておられることはそれであると私は思うのだが、氏は先生の「接ぎ木」は「真理認識の方法」に過ぎないと言われる。氏がそのように考えられる理由は、おそらく『キリスト教と民衆仏教』の168頁に掲げられている図が示しているような先生の捉え方によるものだろう。そこでは「キリストの啓示」を中心とする同心円上に様々な他宗教が配置されており、対話はこの中心である「キリストの啓示」と他宗教の間でなされるものとされている。その場合、「キリストの啓示」はすでに揺るがぬものとして存在し、その立場から他宗教との接点が探られることになる。しかし、おそらく日比野氏も十分にご承知のように、これは決して「キリスト教」と「他宗教」の関係を、客観的にドグマ化した図式ではなく、あくまでも先生ご自身の実存において他宗教との対話がこのようにしか生じ得ないことを示していることを忘れてはならないだろう。キリストの啓示に自らの実存を賭けることによってはじめて、他宗教との対話が意味のあるものとして立ち現れてくるという、先生の実存の出来事をそれは語っているのである。

 さらに、それに加えて考えなければならないのは、論文の中で先生の立場をこの図のようなものとして示しているのは、先生ではなく、先生の友人である「A」氏だということである。そして「A」氏自身は、「キリストの啓示」と「観音信仰」を同等の資格に置いた楕円形の図を提示し、それで自分の立場を説明しているのである。この「A」氏の存在をどうとらえればよいのだろうか。この問いは、先生がこの長い論文を「A」氏と先生ご自身の対話という相当に風変わりな形式で書かれているのは何故かという問いに関係してくる。今、この問いに深入りはしないが、先生が「A」氏の示したような図式だけでご自分の他宗教との対話をとらえておられるのではなく、「A」氏が自身の立場として示した別の図式にも一定以上の関心をお持ちであることを意味しているように私には思えるのである。

 最近の先生に接する時、そうした思いは一層強くなる。氏から見れば、先生はあくまでキリスト教の啓示を絶対化する立場から、つまりすでに真理を得たりとする立場から、その他の宗教と対話を構想されているように見えるのかも知れないが、最近の野呂先生の過激さに多少なりともショックを受けている私からすれば、先生はキリスト教そのものの同一性を揺るがすような形で、他の宗教と接しておられるように思えるのである。そして、170頁で紹介されているA氏の考え、すなわちキリスト教自体が多様な啓示を内に含んでおり、それらの複数の啓示の間の対話の中でキリスト教信仰の核は形づくられるものであるということ、そして他宗教との対話もそうした対話の延長線上で同等の資格をもってとらえられるべきであるという考えは、今やまさに先生ご自身の立場となっているのではないかという思いを持つのである。日比野氏は、「A」氏の立場からこそ真の対話が生まれてくると言われているが、野呂先生のうちには「A」氏の立場が実は含まれていると考えることが可能なのではないか。これは『キリスト教と民衆仏教』のもっと本格的な検討を要する事だが、もしかすると先生は「実存論的神学」としてそれまでに築いてこられた立場に立ちつつも、ご自分の中にそれまで以上に民衆宗教へと踏み込んでいこうとする志向性を見出され、それを「A」という友人に託して語られていたのではないだろうか。それは先生の中にあるけれどもまだ未知の部分を残した先生の影だったのであり、あの本の出版から15年を経た現在、その影を先生はすでにご自身のうちに統合されていると解釈することが出来ないだろうか。

 筆が勝手に進んで、かなり大胆な野呂神学の解釈にまで展開してしまったが、間違っていたら先生にはお許しいただきたい。だが、私の遠大な研究計画の中には、その重要な部分として前期野呂神学と後期野呂神学の関係の考察が含まれており、これはそうした考察のあくまでも第一歩となればよいと思っている。

 さて、日比野氏はこの一連の論争の中で、「『ナンバーワン』と『オンリーワン』」という論文を書かれたが、そこで提示されている問題は大変に興味深く、私自身が現在研究している問題と深く関わってくる気がするので、次はそのことを論じてみたいと思う。

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コメント

トロウです。
日比野氏の「ナンバーワンとオンリーワン」を始め、当論争に関して私自身、数々の感想や疑問・質問などを持つようになっていましたが、それらひとつひとつが重要なテーマであるように思われて、なかなか論考するところまでいかなかったのですが、このように桶川さんがまとめてくださったので、この場から私も少しずつ参加させてください。

まず、キルケゴールの宗教性A・Bの問題に関し、
>「ここでは、ひとまず『人生の諸段階』の問題は括弧に入れ」
という桶川さんの提言ではありますが、一言だけ、私の感想を言わせてください。桶川さんが後半部分で強調されている通り、特に「最近の野呂神学」(桶川さんはこれを「後期野呂神学」と呼んでおられます。前期と後期を分ける境目を、『十字架と蓮華』に見ていらっしゃるのですね?なかなか鋭い分類だと、共感します。)は、いわゆる20世紀中頃までに盛んだった弁証法神学の範疇では、もはや捉えきれないところまできていると言ってよいでしょう。ブルトマンやティリヒらをはじめ、実存論的神学の礎を築いた研究者たちの流れを正統的に受け継いでいる神学でありながら、独自の野呂・実存論的神学を築かれています。しかしその内容は、決してエキセントリックなものではなく、むしろ原始キリスト教の姿を現代に、ラディカルに表現した様相を呈しています。ちょっとわき道に逸れますが、新著『ジョン・ウェスレー』の中で、ウェスレーの神学的態度を「創作的保守主義」という言葉を使って野呂先生は表現されていますが、この言葉はそのまま、野呂先生の神学的態度に当て嵌まるでしょう。

要するに私が言いたいのは、野呂先生の神学的立場を、キルケゴールの言う宗教性Bで表現するには、あまりにも無理がある、ということです。どうしても「宗教性B」という言葉で表現するならば、まずその宗教性Bという言葉を非神話化した上で、ということであれば可能かもしれません。日比野氏が「ナンバーワンとオンリーワン」冒頭で、野呂先生をゾシマ僧正に譬えられたのを拝読したとき、思わず爆笑してしまいました(失礼!)。野呂先生も、この譬えには違和感を覚えられているようですが、この「違和感」はまさに、野呂先生の神学的立場と宗教性Bとが一致しないことの表れと言えるのではないかと思います。(もっとも、ではゾシマの立場を宗教性Bで表現できるのか、という新たな問題が生じますが、それは置いておくとして。)

次に、
>しかし、私は野呂先生における比較の行為は、そのような弁証法ではなく、むしろ隠喩的なものと考える方がよいのではないかと思う。リクールの隠喩論では…

とある部分についてですが、野呂先生における「比較」は弁証法的でない、という桶川さんのご指摘、私も同様の感想を持っておりました。野呂先生が日比野氏の見方を「ヘーゲル的合理主義」と表現され、日比野氏は「私は合理主義者ではない」と反論されていますが、ここで野呂先生が言われている合理主義とは、弁証法的な宗教間比較の方法のことであるのです。私は自身のブログ「宗教間対話の可能性」で、

…そして私の実存と、対話すべき相手の実存が、共有可能な体験を持ったときに、その体験を土台にしながら、初めて建設的な対話が可能になるのである。そしていったん受容したものであっても、対話を重ねるうちに、それらが受容の内側で、さらに受容のレベルが何層にも形成されていくものなのだと思う。これがまさに、Dr.大福(野呂芳男)著『キリスト教と民衆仏教――十字架と蓮華』に表されている宗教間対話の実態であると、私は理解している。

と述べました。あくまで、野呂先生の場合には、実存論的な「比較」なのだと思います。しかしその場合、桶川さんのおっしゃるように、それではリクールの隠喩論で説明できるのだろうか、という点について、私には少々疑問を感じるところがあります。(リクールについてほとんど知らない私が言うのも生意気ですが、桶川さんのご説明を読んだ限りにおいての、私の率直な感想として受け止めてくださればありがたいです。)それは、一言でいうと、リクールの隠喩論は、結局のところ弁証法的な運動を展開することと同じではないのか、という疑問です。正直のところ、両者の違いが私には理解できなかったのです。

野呂先生が『黎明』第2号で表されたリクールに対する不満ですが、ここでの先生の不満は、リクールの構造主義的側面についてであると言えます。リクールのそのような側面は、実存論的な立場からみると、実は弁証法的な立場ととても馴染みのよい方法論であるようにも見えます。あるいは、隠喩論そのものの持つ危険性(「神の国」という概念について考えた場合、たとえば歴史主義的な研究を顧みずに、その概念が文章構造の中であらゆる箇所で同一の意味を持つものとされてしまう危険がある。実際には同じ「神の国」という概念でも、表されている文章それぞれを歴史的に分析すると、互いに違う意味合いを含んでいることが多いのである。一例を挙げると、「神の国は汝のうちにある」という文章と、「神の国がキリストによってこの世にもたらされる」という文章では、歴史的に同一の流れに立つとは簡単に主張できない、というように。)もまた、指摘されているように思います。

今日は疲れたので、ここで終わりです。続きは、またにします。

投稿: トロウ | 2006-07-10 20:39

 桶川です。

 トロウさん、コメントをありがとうございます。野呂先生をめぐる話が、いよいよ佳境に入ってきた感があります。

 私の描き出した隠喩論では、弁証法との違いが分からないというご指摘でしたので、もう少し説明してみます。

 日比野さんによれば、弁証法とは、「Aという花の美しさとBという花の美しさを比較」して、「二つの花が共有する或る普遍的な美しさCを探求」することです。その際、普遍的な美しさは最初から両者によって共有されていることになるはずです。しかし、リクールの言う隠喩論では、Aという花の美しさが、Bという花の美しさと出会ったときに、両者の中になかった新しいCという美しさが立ち現れるとされます。それは、はじめからあった本質ではなく、新しい出来事なのです。AやBがそれぞれこの世で唯一の花であるのと同様に、Cもまたこの世で唯一の花であって、それはAともBとも異なるものです。しかもCは最終過程ではなく、さらに新たな出会いを求めて行きます。

 私は野呂先生の言われる対話をそのようなものとして捕らえているのですが、間違いでしょうか。もっとも、リクールの解釈学が構造主義的なものと対決しながらも、多くをそれと共有していることも確かです。その点については、野呂先生に限らず、多くの論者によって議論されていますし、私も検討していかなければならないと思っています。

 この問題は私にとってはかなり大きな難問なので、ここで一気に論じることはやめて、もう少しみなさんの意見もお聞きしたいと思います。また、もう一つこれに関する記事を予定しているので、それも含めて今後少しづつ議論していければと思います。

投稿: 桶川利夫 | 2006-07-11 01:21

再びトロウです。前の続きです。
何れにせよ、私が考えている「接木」の本質はAという木とBという木を接いで全く新しいCという花を咲かせることにある。それは言わば「真理創造の方法」に他ならない。これに対して、パウロの宗教体験を軸に先生が展開されている「接ぎ木の理論」はあくまでも「真理認識の方法」であって、そこには私のような弁証法的発想はないだろう。正にこの点に、先生の立場(宗教性B)と私の立場(宗教性A)との根源的な溝がある。言うまでもなく、これはもはや「どちらが正しいか」という問題ではない。(日比野④)

という日比野氏の主張に対しての、桶川さんの論評がありました。ここで私は、桶川さんとは違った角度から、この問題を考えたいと思います。桶川さんは、「まさに『隠喩』とは『真理創造の方法』であって、野呂先生がやっておられることはそれであると私は思う」と述べておられます。隠喩が真理創造の方法である、という部分について、これまでの桶川さんのご説明から受けた印象では、おっしゃるとおりだと思われます。しかし、野呂先生ご自身の関心、ということを考える段になると、真理「創造」の方向には、野呂先生はあまり関心が向いていないのではないか、というのが私の印象です。確かに桶川さんが熱く解説なさっている、『十字架と蓮華』における野呂先生とA氏との関係は、とても的を射ていると思います。しかしこれら一連の野呂先生の立場は、やはり日比野氏が指摘されるように、真理「認識」の方法と呼んだ方がよいのではないかと思われます。

それはおそらく、「実存・論・的」という言葉の、「実存」「論」それぞれの言葉に表されるような神学的態度の結果そうなる、と説明できるかもしれません。つまり、実存論的な立場からすると、何か――たとえば、「創造」とか「変容」「発展」「統合」など――を志向する態度には、あまり関心がないと言えます。実存論的立場は真理創造の姿勢を拒否している、というところまではいかないでしょうが、言い換えれば、真理が創造された結果の状態が問題にされるに過ぎないのだと思います。

私が問題にしたいのは、むしろ上の引用(④)の最後の部分「…先生の立場と私の立場との根源的な溝がある。言うまでもなく、これはもはや『どちらが正しいか』という問題ではない。」です。ここから先ですが、どうしましょう?このコメント欄で続けるべきでしょうか、それとも私のブログで展開したものをトラバしましょうか?なにせ、ここらか先は「そんなことは日比野さんに聞け!」と言われかねない予感がしますので…。

投稿: トロウ | 2006-07-12 14:45

桶川です。野呂先生の対話の方法は「真理創造」ではなく、「真理認識」だというトロウさんに指摘を受けて、もう一度『十字架と蓮華』を読み直しているところです。少し分かりかけた気もしましが、まだ十分ではありません。私としてはこの問題をもう少し考えさせていただきたいと思います。

トロウさんには是非その次の部分について、トロウさんのブログで考察していただければと思います。

投稿: 桶川利夫 | 2006-07-14 14:39

白頭庵です。

桶川さんとトロウさんが交わされた議論、佳境に入っていますね。なかなか時間がなくて、遅レスになってしまいました。

中途半端な理解のままコメントするのは気がひけるのですが、質問のつもりで書きます。

「接木」という表現が議論のひとつの焦点になっています。野呂先生はご自身の神学的立場をさまざまに表現されており、「接木」もそのうちのひとつだと理解しています。

ただ、その比喩は、野呂神学の立場がひとつの固定したものではなく、動的なものであるということを表現したものだと思えるのですが、いかがでしょうか。野呂神学は、解放の神学であり、言い換えると、ひとつの固定した宗教の中へと無理に自分を信じこませるような強制的な信仰から解放されて、「真に信じたいもののみを信じるところへとわれわれは常に解放されて行かねばならない」という動的な神学です(『キリスト教と民衆仏教』序)。

それは、新しいキリスト教信仰を創造しようという真理創造の運動ではありません。新しい真理へと自らを限定し強制しようとするのではなく、他の何ものにも囚われず自らの信じるところを信じようとして旧来の制度的な宗教から解放されていくということを、それこそ幾重にも繰り返しているのが、野呂神学のダイナミズムであるように思えるのです。「その上で、解放されて出て行ったところが常にまたキリスト教信仰であってこそ、キリスト教信仰はその人にとって本物であろう」(同所)。この運動は、弁証法でも、そしておそらくメタファー的なダイナミズムでもなく、むしろ古い言い方ですが、実存的決断なのだと思います。

このダイナミズムには、解放されて出て行った先が、キリスト教信仰ではないかもしれないという不安というか、おののきがつきまとうかもしれないのですが、それでもおのれの信じるところへと決断して行くのが、この神学の実存論的な運動なのだと思います。そして、その不安やおののきを常に徹底的に解消してくれるのが、野呂先生が繰り返されている「愛」なのでしょう。

ひとつの信仰的立場に安住したとき、そこで究極的な愛への欲求が満たされれば、それは自己強制的な信仰ではなく、解放的な信仰だといえるでしょう。しかし、宗教的な解放とは、どうやら、愛によって満たされることであるのではなく、そのような終着点を絶えず憧れ求めつつ、古い型を脱ぎ捨ててより広い、より深いところへと絶えず出て行くことのように思えます。

実存的な決断というと、単独者がほとんど実行不可能な決断を敢えて行うという逆説的なあり方のように思えますが、野呂先生は、むしろ民衆宗教の素朴で迷信とも思えるような習慣の奥底に、絶えず愛を求めて解放へと動いて行くという動的な信仰のあり方を見ておられるのではないかと思います。

どうも僕の理解は、プロセス論的になってしまうようです。野呂神学に精通しているお二人は、こうした理解についてどう考えられるか、うかがいたいです。

投稿: 白頭庵 | 2006-07-21 01:36

トロウです。白頭庵さんの、野呂神学は解放の神学だというご説明を拝読し、『十字架と蓮華』が世に出された当時、そのことについて野呂先生と話し合ったのを思い出しました。

ただ当時は解放の神学というと、いわゆる周知の「解放の神学」が流行っていましたから、野呂神学とそれとが混同されてしまう危惧がありました。両者に全く共通項が見出せないわけではありませんが、根本的な神学的立場を比較した場合、やはり両者の立場は相当に異なっていると言わざるを得ませんよね。それで、『十字架と蓮華』に表現されている神学的態度を解放の神学と呼ぶことを、少なくとも当時は封じてしまったのでした。

ですから、本当は白頭庵さんのおっしゃるとおりだと思います。逆にいうと、解放を志向しない神学って、神学としてどうなのよ?とも個人的には思います。「解放の神学でない神学」が存在するかどうかは評価の分かれるところだと思いますが、たとえば抑圧とか、伝統的な神話的表現でいう罪とか、いわゆる不条理からの解放を目指さない、あるいはそれらに関心が薄い神学が存在するとしたら、それは果たして神学と言えるのかと思うのですが…。

投稿: トロウ | 2006-07-23 14:55

 桶川です。

 私も『十字架と蓮華』を読み返していて、「解放の神学」と述べておられることに改めて気づき、驚いていたところでした。思うに、先生は狭義の「解放の神学」に対しても決して否定的ではないと思います。ただ、トロウさんが留学中にアメリカで流行っていたような形で、「解放の神学」が抑圧的に機能する社会、教会、学界のありかたというものが事実あるために、先生の言葉の意味が聞き取りにくくなっているのでしょう。

 しかし、トロウ氏が言われるように、解放の神学でない神学などないと思いますし、その意味で野呂先生の神学は解放の神学に違いないと思います。以前、先生がA大学で大学紛争のただ中に置かれた時とられた行動は、「解放の神学」をかかげるどの方々よりも「解放」の立場に立つものだったと思います。ただ、決定的に違っていたのは、先生にとって「解放」とはイデオロギーなどではなかったということでしょう。

 『十字架と蓮華』の序文において、何よりも先に「解放」の一言が発せられていることは、そのことを含めて改めて考え直すと、ある種異様に感動的なことではないでしょうか。それにつづいて、キリスト教が「愛の宗教」であり、それは「民衆宗教」の本質でもあるということが述べられている……。この本から学ぶべきことのほんのわずかしか、まだ自分には分かっていないのでしょう。

投稿: 桶川利夫 | 2006-07-24 00:43

トロウです。
研究会の話題から逸れる感想かもしれませんが、

<以前、先生がA大学で大学紛争のただ中に置かれた時とられた行動は、「解放の神学」をかかげるどの方々よりも「解放」の立場に立つものだったと思います。ただ、決定的に違っていたのは、先生にとって「解放」とはイデオロギーなどではなかったということでしょう。

という桶川さんのご理解に、私は野呂先生ご本人でないものの、(それだから余計に?)思わず「その通りなのよ~(涙)」と言ってしまいました。実のところ、未だに学会や教会といった世界では、あの紛争が尾を引いています。私たちの世代の者たちにはちょっと理解しがたいところですが、実際、そのようなものと出会うことも結構多く、何といったらよいのか…。

そのたびに、ルサンチマンが渦巻く世界の恐ろしさを実感させられます。

投稿: トロウ | 2006-07-24 18:27

白頭庵です。

お二人が、野呂神学は解放の神学だということに同意されたので、ほっとしたような感じです。野呂先生の神学が解放の神学だといったのは、いわゆる「解放の神学」と呼ばれたり、そう自称したりしているものではないのはもちろんです。信仰のあり方として、他の何ものにも制約されず、ただ自らの信じるものを信じるところへと解放されていくという動的なあり方を指して、先生ご自身が解放の神学と言われているのでしょう。

ただ、そうなると、お二人が、どの神学もそのような意味で解放の神学であるとおっしゃっておられた点が、わかりません。

素人の的外れな質問ですが、いわゆる「解放の神学」と呼ばれるものの中にも、自らの信じるところへと解放されるというよりも、自らが信じなければならないと信じているあり方へと自らも他人をも縛って行く、制約して行くような神学があるように思えます。名指しは避けますが、その議論や態度は、ある意味では立派なのですが、しかし、とても堅苦しく、ある信仰のあり方へ、ある神観へ、ある理想的社会へと読者を制約しようとしているように思えて、嫌でした。

そんなのは、解放の神学ではない、したがって神学ではない、ということなのでしょうね。

解放されるということは、自らのあり方が社会的に受け入れられるとか、社会がその様に変化するとかいうことももちろんなのですが、実存論的には、どこか徹底的に孤独なところもあるように思えます。自分を容れない全世界が間違っていて、ただ自分ひとりだけが真に信じる道を歩んでいる、という、社会的には孤立無援だけれど、神と人との一対一の人格的関係においては解放されているということが、あるように思えます。そして、もし野呂神学において解放ということが、そのような社会的孤独の中での神との関係ということをも含意しているとすれば、そしてきっと含意しているというか、それが核心ではないかと思うのですが、その場合、そんな神学はそれほど多くない、むしろその点では、いわゆる「解放の神学」とは社会的なあり方の評価において180度逆ですらあるように思えます。

そして、何だか逆説的ですが、そういう孤独の契機が核心にあってこそ、他の宗教との対話も、社会的な抑圧だの暴力だのからの解放も、宣教や教会形成も、ありうるのだと思います。

お二人は、解放の神学でない神学など神学でないとおっしゃられましたが、僕は、そういう意味での解放の神学は、あまりないと思います。で、淘汰されて残るのは、やはりそういう神学だと思うのです。パウロもアウグスティヌスもルターもバルトも(全部をちゃんと読んだわけではないのですが)まず、信じることそれ自体における解放を語り、そして、然るのち、当時の社会の状況の中で、彼らにとって可能なかぎりの解放を語っているのだと思います。その語りのうち、時代を超えて圧倒的な力で響いてくるのは、前者のほうです。野呂神学も、全部をちゃんと読んだわけではないのですが、僕がひきつけられるのは、前者の意味での孤独の中での圧倒的な解放という主題です。きっと、それに圧倒されつつ、そこから各自の社会的状況へと可能なかぎり向かっていくのは、読者それぞれの課題なのでしょう。僕らの世代には僕らの世代の、それぞれの個人にはそれぞれの個人の、社会的な解放と平和の課題があるのだと思います。逆に言えば、普遍的な課題は、個人の孤独のうちにあるということです、誤解を恐れずにいえば。

脱線してすみません。

投稿: 白頭庵 | 2006-07-26 05:33

 桶川です。

 いわゆる「属格の神学」の限界は、属格の部分がスローガンとなって人々を啓蒙する反面、このスローガンが一つの教条になって人を縛るようになるということです。その意味で「解放の神学」という言葉には、もはや啓蒙より束縛の力の方が強くなってしまっている感があります。特にわれわれの世代は、「解放」という言葉を、自分にとってまさにそこから解放されたいはずの権力者(というと大げさですが、教師や先輩諸氏)から聞かされたわけで、そのあたりにわれわれに共通する「解放」という言葉に対する皮肉な思いというものがあるのかも知れません。しかし、言葉というものは一般的に言ってそういうものであり、それは「実存」という言葉にも当てはまるのではないかと思います。それは本来、神学的な文脈で言えば、学問的な壮大な体系の中でキリスト教の意義を知るのではなく、いまここで自分にとってキリストを信じるとは何を意味するかを主体的に問うということだったと思います。しかしその「実存」が大学の中の講座として定着するとき、それは実存的ではなくなってしまいます。そういうことを考えると、「実存論的神学」も「属格の神学」になってしまう恐れは常にあると思います。

 言葉はこのように定着して辞書に掲載されると命を失ってしまうわけですが、野呂先生の「序」での言葉が面白いのは、そういう命を失いかけた言葉を甦らせるような用法をされたところにあるのではないでしょうか。直接は言っておられませんが、そこで「実存論的神学は解放の神学である」と言われているように思えます。そのように言うことで、「実存」と「解放」という死につつある二つの言葉の本来の意味が再び呼び起こされ、活性化させられ、神学の新たな展望を垣間見させることができた。現に、この思いがけない言葉のおかげで、われわれは「解放」や「実存」についてもう一度根本から考え直す機会を与えられているわけです。

 「実存論的神学」と「解放の神学」は性質の異なる二つの神学であるような印象があります。そしてブルトマンの神学の実存論的次元への偏重への反省として、その後の世代に社会的な次元を回復しようという動きが活発化してきた。野呂神学においても、表面上はとくに『神と希望』あたりから、こうした反省が取り入れられているように思います。これは基本的には、白頭庵氏が言われるように、まず徹底的な孤独の中での神との出会いがあり、それが社会的な次元とも関わっていくという方向でしょう。私も実存論的神学の基本的な立場はそうであると思うし、またそれでよいのだと思っています。しかし、野呂先生の「神学は人間の解放にかかわる」という文章は、より一歩踏み込んだ表現だったので、私はドッキっとしたのです。

>この書物を一貫して、底のほうに潜みつつ流れている幾つかの思想的確信がある。一つは、神学は人間の解放にかかわる、という確信である。伝統的に神による救いと言ってきた事柄は、解放以外の何ものでもない。そして、解放には幾つかの次元がある。政治的な解放、経済的な解放、社会的な解放、性差別への解放、非本来的な自己よりの解放などであって、実存論的神学はこれらすべての解放とかかわらねばならない。

少なくともこの文章からは、非本来的自己からの解放が先で政治的解放が後であるという優先順位は感じられません。先生は、「実存論的」であるとは、これらすべての次元と現実に関わるものとして自分の存在をとらえることだと言っておられるように思います。続けて先生は、他宗教との関係という文脈と関連づけて、「解放」とは何かについて次のように言われます。

>そして、キリスト教と他宗教とのかかわりは、実存の生きる姿勢と深くかかわるところの宗教的な解放、真に深く自己を生かす宗教の中へと日々解放されて行くことと結合している。無理に自分を信じ込ませるような、自己強制的信仰から解放されて、真に信じたいもののみを信じるところへとわれわれは常に解放されて行かねばならない。

これは白頭庵氏が前に引用されていた部分で、キリスト教を信じる者が他宗教とかかわるとき、キリスト教はこうでなければならないという強制から自由であるべきだということを言われています。これは「解放」という言葉一般についての先生の理解を示していると思います。先生は、こういう意味において神学は人間の解放にかかわると言われているわけです。

 これはもちろん、すべての神学は解放にかかわる<べきだ>ということであって、「神学」を自称するあらゆる活動が真に「解放」に関わって<いる>ことを意味するのではありません。たとえば、「解放の神学」が、人は社会的な存在であり、社会問題の解決なくして魂の問題なんて意味がないと言うとき、そういう主張は私を抑圧します。おそらくトロウ氏や白頭庵氏も様々な場面でそうした言説に出会われたのでしょう。しかし、もし「実存論的神学」が、社会問題は人間にとって二次的な問題であって、まず魂の救いが重要だと言うなら、そういう主張もまた私を抑圧するでしょう。現に、正統派のキリスト教会の中にそういう面があったからこそ、アンチ・テーゼとしての「解放の神学」の運動が出来てきたわけです。いずれの場合も、白頭庵氏の言葉を借りれば、「自らが信じなければならないと信じているあり方へと自らも他人をも縛って行く」というあり方」という点で同じように思われます。

 「実存論的神学」と「解放の神学」という二つのものがあるのではなく、神学はすべて実存論的神学であり解放の神学であるべきだ。しかし、そうあろうとする神学が構築されていく中で、ある場合にはそれが実存論的でなくなっていく、解放的でなくなっていくということが生じる。そのように私は考えます。

投稿: 桶川利夫 | 2006-07-27 01:09

トロウです。言葉化された(桶川さん流に言えば属格の)神学が教条となり、私たちを抑圧するようになる可能性があるという点では、桶川さんのおっしゃるとおり実存論的神学も例外ではありません。実存論的神学は、それがいったん教条的に捉えられたとたんに、その命が失われるということを忘れてはならないでしょう。

実存論的神学はまさに「実存」と「愛なる神」との対話によって成り立つものであるが故に、その具体的内容は常に更新されていかねばならない宿命をもっています。神の方も、もしかしたらそうかもしれませんが、少なくとも私たちの実存は、社会や自己との関わりの中で常に変化しているからです。つまり実存論的神学は、神学の方法論を提示するものであって、そこでは私たちは何か固定的な教理や理論に(ましてや権威に)従っていればよいというような態度は許されません。このあたりの説明を、05年刊の『ジョン・ウェスレー』の栞(元は桶川さんの提言による本書の紹介文)で私は述べたつもりです。引用しましょう。

>1964年に氏(野呂先生)によって『実存論的神学』が発表されて以来、野呂芳男=実存論的神学の構図のみが固定化された感がある。確かにこの構図自体は一貫しており、大きな転向も見られない。しかしそれだからといって、野呂神学それ自体が固定化してしまっている、進化が見られないと断じてしまうと、その人物は、大きな落とし穴にはまってしまう羽目に陥るであろう。なぜなら、「一貫」と「変化」の共存こそが、「実存論的神学」それ自体の持つ、最大の特徴であるからだ。つまり、実存論的であること自体がすでに、あらゆる変化への対応という可能性を秘めているのである。実際、実存論的神学が扱う具体的な、さまざまな神学的問題―聖書へのアプローチの方法、キリスト論、歴史神学への理解、他宗教との関係、他の学問分野との関連、世俗社会との関係、等々―に関する野呂氏の研究に付いて行こうとする者には、大変な思考的柔軟性が求められている。

問題は、この神学的態度を解放とみるかどうか、だと思います。野呂先生ご本人はもちろんのこと、私や少なくとも白頭庵さんや桶川さんは、この実存論的な態度を解放的であるとみなしています。しかしながら、『ジョン・ウェスレー』のまさに最後の方で(直接「実存論的神学」とは名指しされてはいませんが)実はこのような神学的態度、あるいは信仰者のあり方は、非常に疲れるものであることが野呂先生によって指摘されています(318ページ)。ある人々にとっては、実存と対峙することが、抑圧にさえ思われることがあるものです。そうすると、実存や神と対峙しなくとも済む信仰や神学的態度を、ある人々は求め始めるのです。それがたとえば、大我に自己を埋没させることの快楽であったり(つまり神秘主義への傾倒)、大我のところが「教会」「権威」とか「教義」となっているだけの違いであるような、それに類する信仰であったり、あるいは親鸞の言うような「自然法爾」であったり。このような信仰者の態度もまた、ある種、解放の結果であるのでしょう。

そして実存論的神学を解放の神学とみなす私たちは、それらでは物足らない、救われないと感じる近代の申し子なのでしょう。

ちなみに「解放の神学」に対して私が常に不満だったのは、桶川さんが指摘されるように「『解放の神学』が、人は社会的な存在であり、社会問題の解決なくして魂の問題なんて意味がないと言うとき、そういう主張は私を抑圧します」という面ももちろんあるのですが、私の最大の疑問はむしろ、それが神学である必要があるのか、という点でした。神学のみならずあらゆる学問の目的は、対象はさまざまでしょうが、それら「何がし」からの解放にあるはずです。ですから、たとえば社会学や経済学で済む事柄であれば、そちらの方でやって欲しい(そうするべきだ)と思うのです。なぜならば、野呂先生の用語で言えば、「次元の相違」を混同することは、新たな危険や間違いを生むことになりかねないからです。もし解放の神学も神学だと主張されるならば、何かしらの「神学」体系が示されるべきです。(実際、この点について何人かのレクチャラーに質問をしたことがあります。アメリカで。)しかし神学体系と言えるほどの体系があるとは、私には思えないのです。もし何らかを見出すとすれば、そこに見えるのは後期バルト神学にみられるような偏狭な弁証法神学の残滓、あるいはティリヒの存在論的神学の歪曲でしょうか。厳しい言い方かもしれませんが。

何だか、話が逸れてしまいすみません。まあ、「話が逸れる」のはひとつ、野呂先生の「悪」影響ということで、ご寛容に。

投稿: トロウ | 2006-07-27 20:22

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