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2006-08-28

神学の二つのモデル――(2)内テクスト的方法

 第三の神学モデルを提示するリンドベックの神学的傾向は、彼独自のものと言うよりも、イェール学派全体のものである。ここでイェール学派とは、あのポール・ド・マンの文学評論のグループを指すのではなく、イェール大学神学部の教授達を中心として形成された一群の神学グループのことである。代表的な人物としては、ハンス・フライ(Hans W. Frei)、ポール・ホーマー(Paul Holmer)、デイビッド・ケルセイ(David Kelsey)らがおり、イェールで学んだ研究者達を中心に、アメリカの神学に一定の影響力を与えている。

 これらイェール学派の人々に共通するのは、聖書を聖書外の概念や状況から理解するのではなく、逆に現代の社会的状況や個々人の実存的なありようを聖書から理解するという方法である。たとえばリンドベックはそれをこう言い表している。

世界を吸収するのはテキストであって、世界がテキストを吸収するのではない。(p.118/邦訳223頁

これは、聖書を現代人に理解可能な形に翻訳するというブルトマン的な問題設定に対するアンチテーゼと見なすことができる。人は聖書の言語を、聖書外の現実(たとえば現代人の世界観、人間観、ハイデッガーの実存理解など)に合わせて理解するのではなく、むしろ聖書の言語の中に住まうことで、聖書外の現実を理解すべきだと言うのである。

 イェール学派の中心人物であったフライは、『聖書物語の蝕』(The Eclipse of Biblical Narrative, Yale University Press, 1974)の中で、歴史批評以前の聖書の読みがまさにそのようなものであったことを述べている。かつて聖書は「字義通り」(literal)に読まれていたのであるが、それは決して現代のファンダメンタリストが言うような意味においてではない。聖書物語は、テクスト外の現実に照らし合わせてその真理性が証明されるような意味において字義通り正しいとされるのではなく、それが哲学概念や象徴的な意味へと置き換えられることなく、そこに描かれている物語がそのまま受け取られるべきであるという意味において字義通りなのである。歴史批評の出現によって、この聖書物語の字義通りの読みは崩壊し、聖書物語は「指示対象」(reference)と「意味」(sense)とに分離してしまった。その時代の神学を支配した自由主義神学とは、聖書物語の「指示対象」を捨てるかわりにその「意味」を救い出す試みであったということになる。

 フライは、このような歴史批評によって出現した不幸な分裂を修復し、かつての聖書の読みを現代に取り戻すことが必要であると考えていた。フライは取り戻されるべき聖書の読みを次のように描いている。

聖書的物語を一つのストーリーに結びつけることによって真に提示される世界は、実際のところ唯一無二のリアルな世界であったのだから、それは原則として、いかなる時代のいかなる読者の経験をも包含するに違いない。……(中略)……彼は自分の時代の出来事だけでなく、自分の性質、行動、情熱および自分の生の姿をもストーリーの世界の比喩として見ていたのである。(p.3)

フライが示唆していたこのような聖書の読み方は、イェール学派にとっての共通の神学的方法論となったが、リンドベックはそれを「内テクスト的方法」(intratextual method)と名づける。(Lindbeck, p.114/邦訳213頁) 神学の役割は、聖書の物語をその背後に想定される史実から説明することでもなければ、それを何らかの一般的な概念に置き換えることでもなく、聖書の物語を権威あるテクストとして使用する共同体において、その物語が果たしている役割を記述することとなる。

 前節で述べた神学の類型に即して言うなら、フライやリンドベックが求める神学とは、「認知・命題」モデル「経験・表現」モデルではなく、「言語・文化」モデルでなければならない。この主張は、たとえば一人の非キリスト教徒がキリスト教会の一員となる過程を考えるとき、実際的な説得力を持っているように思われる。「認知・命題」モデルによれば、彼は教会の信仰箇条や聖書に書かれている諸命題が正しく実体を指示していることを認めることによって信徒になることに同意することになる。「経験・表現」モデルによれば、聖書や信仰箇条を文字通り受け取る必要はなく、それらが象徴的に表している宗教体験を共有できた時に、彼は信徒になる条件が整ったことになるだろう。

 これに対して、「言語・文化」モデルによれば、彼は信仰箇条を承認したり、何らかの体験をする以前に、まず聖書物語に深く親しまなければならない。それも、それらの物語が象徴的に何を指示しているか、それらの物語が歴史的事実であるのか、といった問題に関わる以前に、彼はまずこの物語に十分に親しみ、その物語の中を生きなければならない。また、キリスト教的な言葉づかい、儀礼の方法、教会生活のあり方などを教わり、それを実践し、そのような言語・文化的な体系を自らのものとして修得していかなければならない。そのようなキリスト教的な言語や行動のパターンの習得こそが、彼に一定のキリスト教的ともいうべき体験を可能にし、さらには共同体の信仰箇条への同意を可能にするのである。

 さて、ここで私は、トロウ氏がそのブログCafe Eucharistiaの中で論じておられた「洗礼」と「回心」をめぐる一連の論考を想起するのである。もとよりトロウ氏の神学的思索は、リンドベックのようなタイプの神学とは相容れないかに見える。しかし、この論考で氏は、ある意味でリンドベックの議論と近いことを述べておられるように思われる。

「回心の体験について・洗礼」
「洗礼は受けなければならないか」
「洗礼後の生活」 

氏は「回心」がなければ「洗礼」を受けられないという立場を捨て、「洗礼」を一種の「あいさつ」のようなものだと主張されている。「回心」が一つの実存的な体験だとすれば、「洗礼」はより形式的なものだということであろうか。実存論的神学は当然実存的な体験を重要視する神学であるから、洗礼のような形式的なものは排除してよいということになりそうだが、しかし実存論的神学を元にした教会においても洗礼は大切だと氏は言われる。特定の体験が条件となって教会生活があるのではなく、教会生活に入ることによって神との交わりの経験へ迎え入れられるということだろう。そのような形式と体験とのバランスがとれた範例として、氏はウェスレーの教会を挙げておられる。それは、体験的なものと形式的なものの両方をそなえた楕円で表現することができるという。

 私の間違いでなければ、トロウ氏のご意見はリンドベックの議論を部分的には支持しているものと見ることが出来る。ただ、私の考えでは、リンドベックの提案は、形式と体験との相互的な関係のうち、形式が体験を作り出すという側面だけを強調しすぎているように思われる。トロウ氏は次のように書いておられた。

形骸化した檀家制度的なものを採用することがない限り、聖餐式は常に、ひとりひとりの信仰者と十字架のキリストとを結ぶ儀式であり続けるだろう。(「洗礼後の生活)

聖餐式という形式の重要性を述べながら、その条件として、形式の重視が「檀家制度」に陥ることがないように要求されている。しかし、リンドベック流の神学には、その危険がどうしてもつきまとうように思えてならないのである。その点で、トロウ氏の神学は、やはりリンドベックとは根本的に異なっているし、私のリンドベックへの神学への不満もそこにある。(つづく)

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神学の二つのモデル――(1)リンドベックによる類型化

 9月の学会発表の準備草稿をここで発表したいと言ってからだいぶ経ってしまった。私の前で発表されるPensie_logさんはすでにその草稿の一部をご自身のブログで発表されている。私もぼちぼちはじめたいと思うが、まず基本的なことから少しずつ書いていこう。あくまでも準備のための文章で、書きながら考えることになるので、手際よく話は進まないと思うが、そのほうがかえって面白いと思うのでそれでよしとしたい。

 発表で批判的に取り上げたいと考えているのは、「新イェール神学」とか「イェール学派」と呼ばれる現代アメリカ神学の一派である。その中の一人、リンドベック(George A.LIndbeck)の The Nature of Doctrine:Religion and Theology in the Postliberal Age, Philadelphia, The Westminster Press, 1984 が80年代後半から90年代にかけてアメリカの神学界に大きな反響を呼び、イェール学派の主張が広く知られるようになった。この本は、日本でも最近翻訳(リンドベック『教理の本質』星川啓慈訳、ヨルダン社、2003年)が出版されている。

 リンドベックの主張の日本での反響(と言っても、ごく小さなものだが)を見ていると、宗教間対話の問題に立ち向かわなければならないアカデミックな宗教学者と、ポストモダンの時代を生き抜かなければならない教会人との両者に好意を持って受け入れられているという点に、今までにない特徴があるように思われる。おそらくその理由は、リンドベックの提示する方法論が、自宗教を相対化しつつ、なお自宗教への帰属意識を保ち続けるという一見矛盾する課題を同時に実現することを約束してくれているように見えるからだろう。

 リンドベックは、『教理の本質』の中で、神学の三つのモデルを類型化している。彼の神学的発想自体は、イェール学派の中でずっと以前から主張されてきたことの整理にすぎないが、そうした主張の特色をこの類型論によって位置づけたところにリンドベックの貢献があろう。またこの類型論が、現代神学をめぐって多くの人たちが感じていたであろう問題点をうまく説明してくれたところが、リンドベックの議論がもてはやされた一つの理由であろう。しかし、そのことは、リンドベックの神学的な提案そのものを無条件に肯定できることを意味しない。

 そこで、まずその類型論を私なりに解説するところから始めよう。リンドベックの考察は、常にエキュメニズムの問題を念頭においたものである。教理の違いをめぐって対立する諸派が和解するための実際的な解決の道筋を示すことが目指されているように思われる。

 第一のモデルは、「認知・命題」モデルとも言うべきものであって、伝統的な神学が取ってきた立場である。それは、神学をある客観的な対象について知識を与える命題と見なす。神学をそのようなものと考えれば、神学命題(信条)の違いは決定的であって、その点で対立する諸派が一致することは、どちらかが相手を屈服させることなしには不可能となる。

 第二は、「体験・表出」モデルであって、宗教を何らかの宗教的経験の象徴的な表出と見なす立場である。宗教的象徴は異なってもそれによって表現されている体験は本質的に同じであるという考えに立つ。この典型はシュライエルマッハーである。教理や信条を二次的・派生的なものと見なし、その背後に命題化することのできない宗教的体験を想定する。そして、そのような体験の中にあらゆる宗教に普遍的なものを見いだす。リンドベックによれば、これが今日もっとも支配的な神学モデルであると言う。それらはあらゆる宗教に共通する経験を、「聖なるもの」(オットー)、「究極的関心」(ティリッヒ)、「実在」(ヒック)などとして定式化する。このような神学モデルによれば、教理の違いは対立の決定的な要因にはならず、教派間ないしは宗教間の対話は、互いに共通する体験を基盤にして促進されることが期待される。ただし、マイナス面もあって、そのように考えることで、一つの教派、一つの宗教のアイデンティティーが危機に陥る。たとえば、「キリストの復活」というキリスト教に独特の事柄が、「新しい存在」という一般的な宗教体験の象徴と見なされるとき、それは「信念と実践についての永続する共同体の規範となることは、おそらくありえない」(p.79/邦訳149頁)とリンドベックは主張する。

 上記二つの立場に対して、リンドベックが提示するのが、第三の「言語・文化」モデルである。これは宗教を言語やそれに対応する生活形式に類似するものとして理解しようとする立場である。宗教とは、「生活や思想全体を形作る、一種の文化的および/ないし言語的枠組みまたは手段」(p.33/邦訳54頁)であって、このような特定の言語・文化の使用が、特定の宗教経験を可能にする。「宗教的になるとは、所与の宗教の言語や象徴体系に熟達することを意味する」(p.34/邦訳57頁)。こうした捉え方によって、教理や神学的言説は、何らかの真理を指し示しているのでも、普遍的な宗教体験を象徴しているのでもなく、ある共同体における人々の行動・真理・言説に対して権威をもってはらたく規則のようなものととらえられ、それに従って行動することである一つの独特の生活形式を全体として可能にするものと見なされるわけである。この第三のタイプこそが、今日の世界において求められる神学の形であるとリンドベックは言う。

 さて、リンドベックがこの第三のタイプの神学を提唱するのは、それが諸教派間、諸宗教間の対立を克服する上で有効であると考えるからである。彼はこういう例を挙げている。「車は左側を走行せよ」という命題と「車は右側を走行せよ」という命題は、意味としては相反するものである。しかし、この二つの命題を、それぞれ一定の生活形式を可能にする規則と考えるなら、両者は決して対立することにはならない。一方はイギリスの道路交通を可能にする上で役に立っており、他方はアメリカの道路交通を可能にする上で役に立っているのであって、どちらが真理であるかを決定する必要は全くないというわけである。

 もし宗教をそのような規則としてとらえるなら、イスラム教にはイスラム教の規則があり、キリスト教にはキリスト教の規則があって、それぞれにそのような規則のおかげで可能になる独特の生活があるのだという理解が可能になる。それは宗教を「認知・命題的モデル」に従って理解した場合のように宗教間・教派間の深刻な対立を生まない。それでいて、宗教を「経験・表現的モデル」で理解した場合のように、その宗教の伝統的な形を喪失することなく、宗教共同体のアイデンティティーを保つことが出来る。宗教多元主義的な風潮によって揺らぎかけていたアメリカの多くの教会人にとって、リンドベックの提案する神学モデルは、保守的な信仰と現代社会の要請の両方に答えていくことの可能な、希望の持てるモデルと感じられたのであろう。

 私の考えでは、今日の宗教間の対立をめぐる状況を考えるとき、リンドベックが提示したモデルには、確かに他のモデルには無い実効性があるように思われる。たとえば、公平に見て現在もっとも深刻なのは、教派間や宗教間の対立ではなく、教派内部の、あるいは教派を越えた、原理主義とリベラル派との対立であろう。少々乱暴に言い換えるなら、それは第一の「命題―認知モデル」と第二の「経験―表出モデル」との間の対立である。キリスト教の中のリベラルな態度を取る人々が、キリスト教独自のある一つの象徴を、仏教とも共通するような普遍的体験に翻訳しようとするなら、それはキリスト教の中の原理主義的な態度を取る人々の支持を受けることは出来ない。どうしても対話を進めようとすれば、そういう人々を切り捨てなければならなくなる。異なった宗教のリベラル同士の間に対話が成立するのとひきかえに、互いの宗教の内部にリベラルとファンダメンタルという別の深刻な対立が生じてしまうのである。これは宗教間対話を考える場合の根本的なジレンマである。これに対して、第三の「言語・文化的アプローチ」によれば、諸宗教は対話しなければならない、一致しなければならない、という強迫観念から自由になって、互いが互いのルールの中で自足しつつ共存していく道が開かれているように見える。この立場に立てば、各宗教はファンダメンタリストを内部にかかえたままで、何とか他宗教と共存していくことができそうに思えるのである。

 しかし、こうしたエキュメニズムや宗教間対話におけるプラグマティックな実効性ということを超えて、この議論を神学のモデルとして支持できるかと言えば、否である。(つづく)

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トタンのある風景

 妹から妻へ誕生日プレゼントにレイ・ハラカミさんののアルバム”lust”が贈られてき た。C721581a_6野顕子さんが「世 界遺産」というだけあって、延々と聴いていたくなるような何とも気持ちがいい音楽だが、ジャケットを見た妻が「夫(私のこと)の撮る写真みたい」と言う。うーん、たしかに他人が撮ったとは思えない。

 一体どういう発想で、こういうジャケ写な のだろう、と思ってハラカミさんのブログを見ると、そこにもトタンが……。お好きなのだろか? こういう立派な芸術家が自分と同じような趣味を持っておられるとすれば、ちょっと嬉しい気分である。

 そこで、この夏撮った「トタンのある風景」を一枚(右)。海辺の街のためか、いい色づき方を104_0488_2 している建物が多く、車に乗っていると、子どもに「お父さん、あちっちにも」 「お父さん、こっちにも」と言われて、「おお、これはすごい」とか「うーん、これはちょっと違うなあ」とか言いながらパニックになっていた。結局、車からなのでほとんど撮せなかったが、朝の散歩の途中に撮ることが出来たのがこれ。錆のぐあいがこのくらいのものは、なかなかこちらには無いので、貴重な物件である。

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2006-08-23

宗論

 風邪で仕事が出来ず、読書もかったるい。かと言って寝てばかりいるのは苦痛なので、先週はずいぶん落語のCDを聴いて過ごした。

 私はなんと言っても志ん生が好きである。録音が残っているものはおそらくほとんどが年をとってからのものだと思うが、そのしゃべり口はどうやっても他人には真似できない独特のものだ。息子の志ん朝も素晴らしいが、親父ほど長生き出来なかったので声が若々しく、志ん生のような味は出なかった。私の聴いた「噺」で、志ん生風の味を利かしたしゃべりをしたのは、落語家ではないが小林秀雄である。もともと、小林の講演テープを聴いてその名人ぶりに魅了され、その調子が志ん生のものだとどこかで読んだことが落語を聞き始めるきっかけだった。小林の評論の独特の文体も実は落語のべらんめえ調なのだとあって、なるほどと思った覚えがある。

 ところで、今度いろいろ聴いていて、古典落語には宗教がらみのネタというものが少なくないことに気づいた。たとえば寺の生臭坊主が、相手の宗旨にあわせて「なんまいだぶ」と「なんみょうほうれんげきょう」を使い分けるといったネタはよく聴く。前者が陰気で、後者は明るく元気であるというのは、当時の日常感覚にとって常識だったのだろう。

 最近、NHKのあるこども番組で「寿限無」が取りあげられたことで、あの長い名前を覚えるのが子どもの間ではやっていることは、子を持つ親たちには知られていることである。私の子どもも全部暗記しているが、実は私自身も小学生の頃、なぜか全く自主的にこれを暗記していため、今でもちゃんと全文言えるのである。もっと他のことを覚えろよと思うが、「寿限無」が流行りはじめたとき子どもたちの前で暗唱して見せたら尊敬されたので、全くの無駄ではなかったわけである。

 ところで、あのはなしも今振り返ってみると、宗教がらみのネタである。子どもの名前をつけあぐねた夫婦が、旦那寺のお坊さんに相談に行くところから話ははじまるが、お坊さんがまず最初に思いつくのが「寿限無」という言葉である。それは『無量寿経』の中にある言葉で、「量り知れない寿命」という意味だと説明されている。次の「五劫の擦り切れ」がなかなかすごい。天人が三千年に一度大岩を羽衣でさらりと撫でているうちにその大岩が擦り切れて無くなってしまうのが「一劫」で、それが五回繰り返すくらいの長い時間を意味するのだと言う。「海砂利、水魚」は数え切れない海の砂と魚たち、「水行末、雲来末、風来末」は水、雲、風が行きつく先が果てしないということ……。こういった具合に説明しながら進められていくはなしは、まるで宗教講話のようである。しかし、結局どの名前も捨てがたいということで、ええい、全部くっつけっちまえ、というところが当時の庶民の感覚を表していて面白い。

 多くが仏教に由来する宗教ネタの中で、キリスト教に由来するものがあることを初めて知った。これは先日実習に行った高校の聖書科の先生に教えてもらったのだが、「宗論」というネタである。私が聴いたのは、柳家小三治のもので、何度聞いても面白いので、家族に聴かせたら大爆笑となった。おそらく時は明治、ある商家の若旦那がキリスト教に凝ってしまい、集会所に入り浸って店に顔を出さないのを大旦那が叱りつけというはなしである。この中で、京都あたりからやってきた何とか言う宣教師の話を聞きに行って帰ってきたばかりの若旦那の描写や、その若旦那のことが理解できず、「我が家にはご先祖様の時代から、浄土真宗というありがたーい教えがあるのに、どうして、それを信じてくれないのか、それをあたしあ言うんだよ」と小言を言う大旦那の描写は、その頃、キリスト教徒がどんな人間として見られていたかをよく物語っている気がする。というのは、この雰囲気は、私が子供時代にも、私が育ったような田舎ではまだ残っていたから、なんとなく想像できるのである。

 最後は、対立する親子を使用人が仲裁して、「宗論(宗教論争)は、どちら負けても釈迦の恥」と言って諭すという結末である。この仲裁に対して、大旦那は「いいことを言ってくれる」と納得するが、若旦那の反応は語られないままである。このへんもまた明治の人たちの宗教感覚をよく表している。この仲裁に使われた川柳は、もともと釈迦門下である仏教諸派の対立に対して言わるものであろう。キリスト教という外来の宗教まで同じ感覚の中に解かし込もうとする使用人や大旦那と、ここには描かれていないがおそらくそういう感覚に「そうじゃないんだけどな」と感じているだろう気真面目なクリスチャンの若旦那のギャップが、日本社会で牧師の息子として子供時代を過ごした私のほろ苦い思い出と重なっていろいろと考えさせられた。 

 どれも罪のない庶民の笑い話である。宗教に必死でしがみつくのではなく、むしろ必死な信心を笑い飛ばして、洒脱・軽妙に生きている江戸、明治の人々の生活のありかたがそこに見え隠れしていて楽しい。しかし、そうした態度が少し間違うと、真剣な宗教信仰を「邪教」として排除するお上の政策に取り込まれ、たとえば天皇崇拝のようなものへと変化させられていく。そういう後の歴史を知る者にとっては、脳天気に笑ってばかりはいられないのである。

 先日の小泉首相の靖国参拝も夏風邪に苦しみながらテレビで見ていたのだが、国民の約半分が参拝に賛成だそうである。全国民が靖国参拝を強いられた戦前の歴史を聞き知る者にとって、これは信じ難いいことである。私は靖国の問題は政治問題であると同時に、あるいはそれ以前に、日本人の宗教意識の問題なのだと思っている。首相が靖国に参拝しても問題を感じないような意識とは、落語のネタにも描かれたような庶民の意識ともおそらく無関係ではないのであって、それ自体は笑い話になるような罪の無いものなのだとしても、それが近代国家建設の中で為政者たちの都合のよいように訓致されていったところに戦前の天皇崇拝があった。そのことを考えると、「宗論」のような落語も素直に笑えなくなってしまうのである。

 靖国の問題はいずれ研究会でも議論したいと思っているが、今は遅れている研究発表の準備である。

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2006-08-19

薬のはたらき

 夏風邪である。ここ数年、風邪と言えばパターンは同じで、扁桃腺の腫れとそれにともなう熱である。咳、くしゃみ、鼻水といった風邪らしい症状はほとんどない。こんなのは「風邪」ではなく、要するに疲労に過ぎないのではないかとも思うのだが、病院へ行けばやはり「風邪」と診断される。「風邪」って一体何なのだろう?

 ところで私は昔は風邪をひいても病院に行かなかった。熱でだるくて死にそうな時に、病院に行って待っているのが馬鹿らしかったからだ。家でひたすら寝ているのが一番の治療法だった。しかし、ある時を境に、風邪をひいたなと思ったら病院へ行くようになった。それは病院でくれる薬があまりによく効くことが分かったからだ。それにくられべれば市販の薬なんて無に等しい。薬というものがこんなに効くものだと知らなかった。 ロキソニン。これさえあれば、どんな高熱も怖くない。人によるのだそうだが、私の場合、39度の熱が1時間後には平熱にまでさがる。(逆に怖いか?)。

 しかし、今ちょうどお盆の時期で、いつもの医院がちょうど1週間の休みだった。悪いときに風邪になったものだ。まあ今回は37度台の微熱ということもあり、何とかなるだろうと思った。その自信はどこから来るかと言えば、前回のロキソニンが手元に残っていたからである。しかし、それは1日で尽きてしまった。そこで妻の手持ちのロキソニンや、ロキソニンとほぼ同じ成分の何とかという薬などを、様々な手を使って(犯罪は犯してません)かき集め、今日まで何とかやってきた。しかし、それもついに尽きてしまった。

 仕方ないので、いつもロキソニンと一緒にもらっている PL錠を今夜は飲んでいる。ところが、これが実に眠くなる薬で、先ほどもついついウトウトしてしまった。ロキソニンと比べる と効きががやや遅いようである。それにしても、これらは症状を抑えるだけの薬である。重要なのは病原菌を根本から絶つということなのだが、そのために必要なメイアクト錠が、今回は決定的に不足していた。最初の一日で尽きてしまって、その後の補充も出来なかったのである。そういうわけなので、もう5目になるのに夏風邪はまだ治らない。

 最後に一つ付け加えておけば、これらの優良な薬たちは、胃にはかなりの負担を与えるようである。薬は飲みたい、でもお腹が痛くなるのはイヤ、という方が多いのではないか。そんな方のためにはこれ。ゼルベックス細粒!胃の粘膜を修復する薬である。

 お約束の研究発表が出来ないかわりに、今回はたいへん不健康な記事になってしまった。ここは、ドラッグ系のブログではないので、あしからず。(こんな記事を書くと、次回はきっと薬の宣伝がつくのでしょうね。楽しみ!)

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2006-08-10

野呂―日比野論争(3)

 日比野氏がSMAPのヒット曲を引用しながら、「ナンバーワン」と「オンリーワン」の違いについて野呂先生に説明されたとき、先生は「ナンバーワンにならなくてもいい」ということに批判的であられたという。このエピソードがずっと気になっていた。なぜ先生はそうお考えなのだろう。

 ここで問題になっている点について少し確認しておこう。「ナンバーワン」とは、様々な花と比較した上でこの花が一番だということである。それに対して、「オンリーワン」とは、そのような比較がはじめから問題にならないもののことであって、私にとってこの花は取り替えのきかない唯一の存在であるということである。私にとって私の家族や友人、生活環境のすべて、人生全体は、そのようなものであって、そのような人生への態度において「ナンバーワン」をめざす必要はない、というのがこの歌の主旨である。(こんな風に歌詞を説明することは無粋ではあるが)。

 ところで、先の歌を初めて聞いたときに思い浮かべたのは、批評家の柄谷行人氏が『探求Ⅱ』(講談社)の中で述べていたことである。柄谷氏は、哲学は常に「一般性―特殊性」という軸で物事を考えるのに対して、「この私」はそのような軸によってはとらえることができないと言う。哲学が論じるのはいつも「私」一般であり、個々の「私」はそのような一般性に包摂される特殊性として扱われる。これに対して、「この私」は決してそのような軸では語れない。なぜならそれは、「普遍性―単独性」の軸のうちにあるからである。「ナンバーワン」というとらえかたは「一般性―特殊性」のカテゴリーに属し、「オンリーワン」というとらえ方は「普遍性―個別性単独性」のカテゴリーに属することになろう。

 大学院生の頃、はじめてこの議論に接したとき、我が意を得たりの感じを持ったことを覚えている。その頃、私はキリスト教の独自性の問題を考えていたが、キリスト教は私にとって取り替えのきかない唯一の宗教であって、他宗教と比較することはできないし、その必要ないと考えることは、この問題に対する一つの解決のように思われた。だが、この解決は、いわばキリスト教に「ナンバーワンにならなくてもいい、オンリーワンでいいんだ」と言うことである。そして、日比野氏の言わんとするところは、野呂先生の「諸宗教における百花寮乱の個々の花の美しさを尊ぶ態度」は、まさに「オンリーワンでいいんだ」という立場であるはずなのに、実際には先生はそこに満足せずに「様々な花の美しさの比較」によって「ナンバーワン」へと向かわれる、これは矛盾だ、ということである。氏はこう書いておられる。

率直に言って、私の目には、諸宗教の個別性を尊ぶ相対主義を主張しながらも、それに徹することなく、むしろ最終的には宗教の普遍性を求めてやまない――それが先生の立場であるように見える。……(中略)……個々の美しい花を愛でることに心から満足していれば、「接木」など余計なことではないか。「接木」とは本来、言わば「あれも―これも」というヘーゲル的欲望に基づくものに他ならない。

ここで、「宗教の個別性を尊ぶ相対主義」という言い方がやや気になるところだが、氏の疑問自体はよく理解できる。たしかに先生は、一方で宗教の個別の美しさを言いながら、他方でその個別性同志を比較してより優れたものを求めようとされる。そして一見先生の宗教への態度を擁護しているかに見えるSMAPの歌詞を批判されるのである。これは矛盾ではないのか。

 しかし、実は現在の私には、ある文脈で先生のお考えに共感できる面がある。先生のSMAPの歌詞に対する批判的は、もしかすると私がこの秋に開かれる学会で発表しようとしていることと関係があるのではないだろうかと思うのである。そこで私はフライやリンドベックなどのイェール学派の神学について扱おうと思っているが、彼らが志向しているのは、各宗教や宗派が、それぞれの個別性に自足しつつ、互いを排除しないで共存していくという方向である。この神学にとって、神学の課題は、自分たちの主張を命題として示すことでもなければ、他の宗教との共通の経験を探ることでなく、宗教共同体(教会)の生活形式、文法、言語ゲームなどを記述することにある。このイェール型の神学は、考えようによっては、まさに「キリスト教はナンバーワンでなくてもいい。私たちにとってのオンリーワンならそれでいい」という立場と言えるのではないか。そして、野呂先生が批判されるのは、このようなタイプの神学ではないかという気がするのである。

 私は先日、先生宅をお邪魔したばかりだから、先生の真意を問いただす機会はいくらでもあったのだが、他の質問も多くあったということもあり、まだお聞きしていない。だから、お聞きするまでは、自分の文脈で勝手な想像をしてみようと思う。これは私自身の研究発表のウォーミングアップでもある。公的な発表の前に屋根裏部屋で行う下準備を、少しでも他の研究者と共有することが、この研究会の目的の一つだったわけなので、今回は本番前に未整理な考えをここで発表し、みなさんのコメントをいろいろといただきながら発表の準備ができればと思う。

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