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2006-08-23

宗論

 風邪で仕事が出来ず、読書もかったるい。かと言って寝てばかりいるのは苦痛なので、先週はずいぶん落語のCDを聴いて過ごした。

 私はなんと言っても志ん生が好きである。録音が残っているものはおそらくほとんどが年をとってからのものだと思うが、そのしゃべり口はどうやっても他人には真似できない独特のものだ。息子の志ん朝も素晴らしいが、親父ほど長生き出来なかったので声が若々しく、志ん生のような味は出なかった。私の聴いた「噺」で、志ん生風の味を利かしたしゃべりをしたのは、落語家ではないが小林秀雄である。もともと、小林の講演テープを聴いてその名人ぶりに魅了され、その調子が志ん生のものだとどこかで読んだことが落語を聞き始めるきっかけだった。小林の評論の独特の文体も実は落語のべらんめえ調なのだとあって、なるほどと思った覚えがある。

 ところで、今度いろいろ聴いていて、古典落語には宗教がらみのネタというものが少なくないことに気づいた。たとえば寺の生臭坊主が、相手の宗旨にあわせて「なんまいだぶ」と「なんみょうほうれんげきょう」を使い分けるといったネタはよく聴く。前者が陰気で、後者は明るく元気であるというのは、当時の日常感覚にとって常識だったのだろう。

 最近、NHKのあるこども番組で「寿限無」が取りあげられたことで、あの長い名前を覚えるのが子どもの間ではやっていることは、子を持つ親たちには知られていることである。私の子どもも全部暗記しているが、実は私自身も小学生の頃、なぜか全く自主的にこれを暗記していため、今でもちゃんと全文言えるのである。もっと他のことを覚えろよと思うが、「寿限無」が流行りはじめたとき子どもたちの前で暗唱して見せたら尊敬されたので、全くの無駄ではなかったわけである。

 ところで、あのはなしも今振り返ってみると、宗教がらみのネタである。子どもの名前をつけあぐねた夫婦が、旦那寺のお坊さんに相談に行くところから話ははじまるが、お坊さんがまず最初に思いつくのが「寿限無」という言葉である。それは『無量寿経』の中にある言葉で、「量り知れない寿命」という意味だと説明されている。次の「五劫の擦り切れ」がなかなかすごい。天人が三千年に一度大岩を羽衣でさらりと撫でているうちにその大岩が擦り切れて無くなってしまうのが「一劫」で、それが五回繰り返すくらいの長い時間を意味するのだと言う。「海砂利、水魚」は数え切れない海の砂と魚たち、「水行末、雲来末、風来末」は水、雲、風が行きつく先が果てしないということ……。こういった具合に説明しながら進められていくはなしは、まるで宗教講話のようである。しかし、結局どの名前も捨てがたいということで、ええい、全部くっつけっちまえ、というところが当時の庶民の感覚を表していて面白い。

 多くが仏教に由来する宗教ネタの中で、キリスト教に由来するものがあることを初めて知った。これは先日実習に行った高校の聖書科の先生に教えてもらったのだが、「宗論」というネタである。私が聴いたのは、柳家小三治のもので、何度聞いても面白いので、家族に聴かせたら大爆笑となった。おそらく時は明治、ある商家の若旦那がキリスト教に凝ってしまい、集会所に入り浸って店に顔を出さないのを大旦那が叱りつけというはなしである。この中で、京都あたりからやってきた何とか言う宣教師の話を聞きに行って帰ってきたばかりの若旦那の描写や、その若旦那のことが理解できず、「我が家にはご先祖様の時代から、浄土真宗というありがたーい教えがあるのに、どうして、それを信じてくれないのか、それをあたしあ言うんだよ」と小言を言う大旦那の描写は、その頃、キリスト教徒がどんな人間として見られていたかをよく物語っている気がする。というのは、この雰囲気は、私が子供時代にも、私が育ったような田舎ではまだ残っていたから、なんとなく想像できるのである。

 最後は、対立する親子を使用人が仲裁して、「宗論(宗教論争)は、どちら負けても釈迦の恥」と言って諭すという結末である。この仲裁に対して、大旦那は「いいことを言ってくれる」と納得するが、若旦那の反応は語られないままである。このへんもまた明治の人たちの宗教感覚をよく表している。この仲裁に使われた川柳は、もともと釈迦門下である仏教諸派の対立に対して言わるものであろう。キリスト教という外来の宗教まで同じ感覚の中に解かし込もうとする使用人や大旦那と、ここには描かれていないがおそらくそういう感覚に「そうじゃないんだけどな」と感じているだろう気真面目なクリスチャンの若旦那のギャップが、日本社会で牧師の息子として子供時代を過ごした私のほろ苦い思い出と重なっていろいろと考えさせられた。 

 どれも罪のない庶民の笑い話である。宗教に必死でしがみつくのではなく、むしろ必死な信心を笑い飛ばして、洒脱・軽妙に生きている江戸、明治の人々の生活のありかたがそこに見え隠れしていて楽しい。しかし、そうした態度が少し間違うと、真剣な宗教信仰を「邪教」として排除するお上の政策に取り込まれ、たとえば天皇崇拝のようなものへと変化させられていく。そういう後の歴史を知る者にとっては、脳天気に笑ってばかりはいられないのである。

 先日の小泉首相の靖国参拝も夏風邪に苦しみながらテレビで見ていたのだが、国民の約半分が参拝に賛成だそうである。全国民が靖国参拝を強いられた戦前の歴史を聞き知る者にとって、これは信じ難いいことである。私は靖国の問題は政治問題であると同時に、あるいはそれ以前に、日本人の宗教意識の問題なのだと思っている。首相が靖国に参拝しても問題を感じないような意識とは、落語のネタにも描かれたような庶民の意識ともおそらく無関係ではないのであって、それ自体は笑い話になるような罪の無いものなのだとしても、それが近代国家建設の中で為政者たちの都合のよいように訓致されていったところに戦前の天皇崇拝があった。そのことを考えると、「宗論」のような落語も素直に笑えなくなってしまうのである。

 靖国の問題はいずれ研究会でも議論したいと思っているが、今は遅れている研究発表の準備である。

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コメント

前にもお話したことがあるように思いますが、私は落語にハマるのが怖くて意識的に避けているところがあります。講談も同様です。神田一門の講談を10年以上前に飛行機の中でじっくりと聞いて以来、ご無沙汰です。「講談師、見てきたような嘘をいい」と言いますが、牧師も教師も同じようなものですものね。いかに上手な嘘を本気で話すか。講談にハマリかけて以来、肝に銘じている言葉です。

江戸弁に関しては、私も自身のブログでちょっと触れたことがありますが、野呂先生曰く、先生の江戸弁と小林秀雄のそれとの違いは、「(旧制)三中と一中の違い」だそうです(笑)。私にはよく分かりませんが。さらに先生には、小林の江戸弁に対して少々違和感があるようです。ちょっとわざとらしいところが嫌味だとか。「粋がっている」ところが、粋でないそうです。まあ、三中の大先輩、芥川龍之介に先生が肩入れをしていることからもうかがえますが、一中に対する単なる対抗意識なのかもしれませんね。

先日、新聞で面白い記事がありました。ある江戸っ子で政治学者の大学の先生は、自分のゼミに薩長土肥出身者が入ることを許さないそうです。冗談半分のようでしたが、江戸文化を江戸から奪われた江戸っ子の恨みは、100年やそこらで消えるものではないのだそうです。

桶川さんがちょっと触れられた靖国の問題はここらあたり、つまり明治維新あたりから検討を要する問題でしょう。桶川さんのおっしゃるとおり、日本人の宗教意識の問題も要考察だとは思いますが。折角なので靖国問題についてさしあたり一言いわせていただきますと、中国や韓国が首相の靖国参拝の問題を、A級戦犯合祀を理由にしてしまったことは政治的配慮なのでしょうが、日本人が靖国を問題にする際には、A級戦犯合祀の問題は副次的な問題として議論すべきだと私は思っています。宗教法人返上の問題や、分祀や国立慰霊施設設立等を検討することも意味があるとは思いますが、しかし本来的には、靖国神社の存在の是非からして問われるべきで、そうなると天皇制についての議論までされる必要があるのでしょう。まあ個人的には、一般的にこういった議論が出来るような機が熟しているとは、到底思えませんが。この辺で止めておきます。

投稿: トロウ | 2006-08-24 20:37

 小林秀雄と先生の江戸弁の違いが、三中と一中の違いだというのは、全く気がつきませんでした。粋がっているところが粋ではないというのは、さすがに江戸っ子だから言えることで、私のような山陰の出身の田舎者にはなかなかそこまでは分かりません。でも、言われてみればそういう気もします。私がバイト先の警備室で出会ったたくさんのおじさんたちの中で、一番江戸っ子っぽいしゃべり方をしていたのは、岩手出身の人でした。

 靖国について全く同感です。第一義的な問題はA戦犯合祀ではなく、あくまでも靖国という神社自体の性格です。首相の靖国参拝に反対する人たちの中には、A級戦犯を分祀して天皇が安心して参拝できるようにすべきだといった意見もあるので、気をつけなけれななりまあせん。

投稿: 桶川利夫 | 2006-08-24 21:49

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