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2006-10-28

北海道

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 来週は秋休みの大学が多く、授業が一コマだけとなる。ただし、残念なことに、教職のための残り四科目分の試験が迫っている。博論を仕上げるとしたら、この4,5日が勝負である。……と考えると、とたんに気が重くなってきた。そこで、今日はちょっと息抜きに過去に思いを思いを馳せたい。

 木曜の夜は遅くなるため、きまって家のそばのラーメン屋で日本一の味噌ラーメンを食べる。 店の名ははっきりしないが、表にぶらさがっているでっかい赤ちょうちんに書かれている「北海道ラーメン」というのがそのまま店の名であるらしい。観光客で賑わう通りに面したなかなかの立地条件にもかかわらず、夜しかやらない、日曜日にはやらない、という変わった営業方針のため、客はいつもそこそこで、並んだりなんかしたことはこれまで一度もない。しかし、その味は完璧であり、「それ以上うまいラーメンを考えることができない」という味である。すでに10年近く食べ続けているが飽きるということがない。

 昨夜は、その「北海道ラーメン」で日本一の味噌ラーメンを食べながら、北海道日本ハムが日本一になろうとする様子を見ていた。同時に、「札幌ドーム」なるものをはじめてしげしげと見ることが出来た。私が札幌にいた頃には、もちろんこんなものは無かった。私の所属していた教会の伝道所が羊ヶ丘を越えた向こうにあったが、どうも札幌ドームはあのあたりのただっ広い平原のどこかにあるらしい。

 ひんぱんに映し出される観客の様子を見ると、いかにも札幌の人たちだ。変わっていない。選手達のヘルメットには「北海道新聞」、ユニフォームには「ホクレン」の文字が見える。当然のことながら「たくぎん」の文字がどこにも見えないのは少しさびしいが、そのかわりにセンター後方のバックスクリーン付近には、私が半年だけ在籍した「札幌学院大学」の広告がある。新庄が宙にまうのを感慨深く見守りながら、同時になつかしさがこみあげてきた。

 つい先日も、仙台のドクターKから、札幌での学会で発表したという話をうかがったばかりだ。同じ学会でも札幌で開かれるとなると、楽しさ百倍であろう。なんでも、ひのもと先生の講演料で、ジンギスカンが食い放題だったらしい。ラーメンもいいが、ジンギスカンも食べたいななどと思いながら、帰りにセブンイレブンに寄ると、さだまさしの「ああーあーあーあーあ」という声が聞こえてきた。「北の国から」のテーマだ。最近よく聴くな、リバイバルでもしてるのかな、と思ったら、北海道セールをやっていた。

 どうも連日、「北海道」づいている。そこで私も、北海道を自転車で旅したことを思い出した。あれは、大学4年の卒論を控えた秋のことだった。釧路から摩周湖を通り、知床半島を渡って釧路へ帰ってくるという道東一周の旅だ。公園や橋の下や無人駅が週泊場所だった。その旅の途中、摩周湖から湖と反対側の眺望を描いたのが上の絵である。向こう側に見えているのが屈斜路湖だろう。我ながらなかなかよく描けている。博士論文が終わったら、絵でも描きに出かけたいものだ。北海道はちょっと無理だけれども。

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2006-10-17

10年を客体化する

 秋も深まった。博士論文の締め切りが11月末日に迫っている。予備論文を出したのが1996年の1月。深夜、生まれてまもなくの娘をカゴに入れて寝かしつけながら、ひたすらキーボードを叩いていたことを思い出す。よく泣く子で、あやすのが大変だったが、その娘も小学校5年生になって、決して泣かない気の強い女に育った。その間、実に10年以上が経過したことになる。

 予備論文を出した時点では、博士論文を出すことなど考えていなかった。数年前から、やはり一つのステップを刻むという意味で、出しておくべきだろうと思い、まとめはじめた。しかし、毎年出す出すと言いながら、なかなかまとまらなかった。それはやはり欲があって、自分の理想とするところになかなか到達しなかったからだろう。

 40になって、理想を捨てたわけではないが、自分の実力に忠実になろうという気持ちになってきた。これ以上どれだけ引き延ばしても満足のいくものが書けるわけではないだろうし、また何かまとまった大きなものを書いてしまわないと、いつまでだっても次に進めないということもある。今年はとにかく「出す」ということを最優先課題にして進めてきた。後期に入って何故かやたらと忙しく、ちょっと絶望的になりかけていたのだが、先週あたりから作業がスイスイと進み始め、何んとか先が見えてきたようである。今年は本当に出せそうな気がしてきた。

 内容は、半分が予備論文の文章を引き継いだもので、残りがその後書いたものである。先だっての発表の内容も少し入れるつもりである。同じ人間の文章とは言え、10年もの時間の開きのある文章を一つにするのはかなりの無理がある。しかし、一昨年だったか、根本的に一から書きおろそうと試みて見事に失敗している。だから、今はもうそういう根本的な直しはせず、不完全ではあっても出来る限り良いものにする努力をしているところである。ラインホルト・ニーバーのあの祈りが脳裏を横切る。現実の自分を受け入れるということが今回の執筆の課題である。この10年間遅々として進まなかった自らの研究の歩みをそのまま記すつもりで、書き切ろうと思っている。

 そんなわけで、今は全体の流れを整えながら文章を校180_8057正しているところである。約30万字弱、1頁900字で計算すると、300頁をやや越えるくらいの分量である。たいした分量でもないが、読んで下さる方々のことを考えるとやはり少し気の毒になる。博士論文はエンターテイメントとは対極にあるものと普通は考えられているが、読者を飽きさせない工夫もある程度は必要だろう。出来るだけ文章を絞って、回りくどくないようにしようと思っている。ただ、基本的に回りくどい人間なので限界があるとは思うが。

 ともかく、これは自分の10年を客体化する作業となりそうである。客体化してみると、何と貧弱な10年だったのだろう、ということになるに違いない。鏡に映った自分を見るような、録音された自分の声を聴くような、何とも恥ずかしいものがある。しかし、これが「仕事」というものなのだから仕方がない。人生の折り返し地点に立ち、しっかりと自分というものを見つめることが必要だろう。

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2006-10-15

翻訳可能性(2)

 前回、翻訳のことに触れたら、Pensie_log氏から、リクールの翻訳論の英訳が出ることを教えてもらった。邦訳もじきに出るらしい(←これは私の早とちりで、今のところ予定はないようです) リクールの翻訳論としては、Thinking Biblicallyに入っている出エジプト記3章14節に関するリクールの論文が" From Interpretation to Translation"というタイトルになっており、「ありてあるもの」の訳をめぐってリクール独自の翻訳についての思索が展開されている。

 実はPensie_log氏からは、「ありてある哲学者の神」と題する大変興味深い研究論文をお送りいただいてもいたのだが、今それを読んでみると、「ありてある者」についてのリクールの解釈が取り上げられており、その注の中にリクールの翻訳についての考え方が次のようにまとめられている。

リクールの翻訳論の基本的理念とは、純粋言語や普遍言語による完全な翻訳という理念は放棄し、他方で、翻訳不可能性という理論的断念にも与することなく、「実践」の中で常に別様に翻訳しようとすることで他者を言語的に歓待すること、とまとめることができる。(『基督教学研究』第25号、2005年、京都大学キリスト教学会、257頁)

見事なまとめであるが、同時に前回私が述べたことの補足にもなっているように思う。

 翻訳不可能性の主張を批判することは、完全な翻訳が可能であるとか、人類に普遍的な言語が存在しうると主張することではない。そうではなく、異なった言語に属する言葉を、あえて翻訳しようとすることによって、両者の言語=思惟のうちに何らかの変容の出来事が起こるかも知れない。その可能性をつみ取ってしまってはいけないということを私は言いたかった。

 「人類」のような言葉は実体としてあるわけではなく、対話や翻訳といった実践を通して想定される理念だとクレポンは言っていた。クレポンという人を私はよく知らないのだが、リクールの最初期の論文集『歴史と真理』をしばしば引用しているところを見ると、思想的にリクールに親近性を持っている人かも知れない。クレポンが紹介しているベンヤミンの翻訳論、リクールの翻訳論、それに日比野さんが支持しておられるエスペラントの問題なども含めて、一仕事終わったら取り組んでみたいものだ。

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2006-10-06

翻訳可能性(1)

 ここ1,2ヶ月はまともな研究発表はできそうにないので、しばらくは感想、覚え書きのようなことを書き連ねながら、この山場を乗り切ろうと思う。

 先日の学会発表の含意の一つとして、普遍性、翻訳可能性といった問題があった。「枢軸時代」(ヤスパース)に現れた世界思想、世界宗教は、あらゆる人間にとって普遍的な意味をもつ教えの可能性を初めて開いた。しかし、リンドベックらの議論は、そうした普遍的な思想、宗教の可能性に対する脅威となりうるものである。

 リンドベックの議論を、ハンチントンの「文明の衝突」論と比較してみることも出来るだろう。両者の違いは、ハンチントンの理論では、異なった文明の並存は必然的に衝突を生み出すと考えられるのに対して、リンドベックはの理論では、異なった宗教間のあいだには対立もないかわりに宥和もない、という点にある。共通するのは、そこで否定されているのが、文明間、宗教間の翻訳可能性であるということだろう。

 先日マルク・クレポン『文明の衝突という欺瞞』(新評論)を読んだが、そこで著者は、ハンチントンの「文明の衝突」論が、「人類」という概念を拒絶してしまったことを批判して次のように書いている。

われわれが知るべきなのは、「諸文明」は、固定されたアイデンティティーを守ろうとして、それぞれの文明が内向することから生成するのではなく、交換の継続、絶え間のない対話の維持から生成するということである。そしてこの対話が明かすものこそ、おそらく人類の単一性にほかならないのである。(109-110頁)

注にあるように、この人類の単一性は、実体としてあるのではなく、文化間の対話や翻訳という実践を通じて想定されるべき理念だと著者は言う。

 クレポンがハンチントンに向けたのと同様の批判が、リンドベックに対しても向けられなければならないだろう。リンドベックはハンチントンとは異なって、宗教間の対立が生じないことを目指して理論構築をしているが、それは対話や翻訳の可能性の断念を促すという点では同じ危険を犯しているのではないだろうか。

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