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2007-02-24

原初的心性――プンク・マンチャとぶたぶたくん

 ナンバー546からの突然の電話でふと我に返ると、すでに三ヶ月ほどの時が過ぎていた。早く何か書かないと、ここは廃墟と化してしまう。いやもうすでにそうなりつつある。こういうときは自分が体験した迷宮について書いてみるのが一番だ。子どもの頃の読書体験がその一つだ。大人になって自分の子に本を読み聞かせる中で、どこかを迷いめぐっているような体験が甦ってくることがある。そのあたりのことを書くことからリハビリをはじめよう。

 本の読み聞かせはよくやってきたと思う。主に妻がやっていた次期もあるし、私のほうがよくやっていた次期もある。現在はもっぱら私だ。やらなければならないと思ってやっているのではなく、子どもと本を読むことが単に楽しいし、また声に出してゆっくりと文章を読むことはたいへんに心地よい。絵本を読み聞かせながら、かつて自分が読んだ本と再び出会うこともたびたびあった。その中で、これこそ今の自分を形成したのではないかと思える本が二冊ある。ひとつは『プンク・マインチャ』(福音館書店)だ。これは「こどものとも」傑作集の一つとして復刊されたもので、もとは1968年、つまり私が3歳のときに出た本だ。今見ると、ネパール民謡、大塚勇三再話となっているが、何といっても秋野亥左牟(あきのいさむ)の絵が強烈な印象を与え、そのほの暗い幻想的なイメージは、もはやそれほど本を読まなくなった活発な少年時代を通じても私のどこかに残り、現在に至るまで私の人格の一部をなしてきたとさえ言える。

 もう一つは『ぶたぶたくんのおかいもの』(福音館書店)で、これもかつて「こどものとも」で読んだ本を復刻版で見つけたものだ。こちらは1970年初版だから、5歳の時に出たことになる。絵と文を両方書いている土方久功(ひじかたひさかつ)は、アフリカや南洋の文化に表現の活路を求めた芸術家で、『ぶたぶたくん』の独特の風変わりな絵柄がそのような作者の傾向に由来するのだということは、最近になって初めて分かったことだ。私はぶたぶたくんが買う「かおパン」に子どもの頃ひきつけられたし、今もひきつけられるが、それはわけを知ってしまえばたしかにミクロネシアの島々に伝わるお面なのである。それにぶたぶたくんたちが「あるきあるき」歌う歌も、何やら呪術めいて頭に残るものである。

 おそらく私は毎月「こどものとも」をとってもらっていたか、頻繁に買ってもらって読み聞かせられていたに違いない。しかし、そんな数ある物語の中でとくにこの二つが今も私の手元にあるというのは面白い。どちらも実は原初的な文化とのつながりをその絵柄や物語のうちに隠し持っていて、わたしは意識せずそこに惹き付けられてしまっていたのだからである。

 大人になってから再読した童話を、ついでにもう二つ付け加えておこう。松谷みよ子「スカイの金メダル」(松谷みよ子全集、第1巻、1977年、講談社)と、だれもが知っている中川李枝子『いやいやえん』(福音館書店)の中の「山のぼり」という章だ。前者は、終業式が終わったばかりの男の子がからすの世界に迷い込む、カフカの『城』のような迷宮の物語で、子をもつようになってから、どうしても再読したくなって市立図書館を探し、松谷みよ子全集の中にこの短編を見いだした。久しぶりに読んでも、幻滅することなく面白く読むことが出来た。この全集には他にも不思議な話がいくつもつまっているが、それらのお話を目の前にしたときの「いったい何なのだろう、これは」という幼い頃の自分の当惑のようなものが、同じ本を前にしてまざまざと甦るのを感じた。

 後者は、幼稚園の入学説明会で、初めて出会った先生に読んでもらい、とてつもなく怖かったのをおぼえている。いま読めばどうということはないが、当時四つの山のうち一つの山だけが黒く描いてある大村百合子の挿絵に、わけのわからない恐怖を抱いたものである。この本は道徳的な教訓めいたものをもちろん含んでいるのだが、しかし、続く「いやいやえん」の章も含め、逸脱によって生じる負の出来事の描き方に思わず引き込まれてしまう魅力がある。いやいやえんは二度と行きたくないところではあるが、確かに何か魅力をたたえた場所でもあるのだ。

 忙しい日常生活は、子どもの頃のこんな幻想的な読書体験をすっかり忘れさせる。しかし、子どもに絵本を読み聞かせることで、忘却の彼方にあったものが再び甦ってくる。そのたびに、子どもの頃に読んだこのような本の世界に届くような思索をしなければならないと漠然と考えるが、まだその方策は見つからないままである。

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コメント

我が家ではちょうど「ぶたぶたくんのおかいもの」がブームです。
ぶたぶたくんには不思議な魅力があるなあ、と思っていたら、
そんな理由があったんですね。
じょうとうのかおつきパン、我が家の娘もはまっています。
お面といわれると、納得です。

投稿: カリメロ | 2007-02-27 14:39

それはうれしいですね。40年もの時を経て、なお愛される絵本というのは偉大です。絵だけではなく、リズム感のある文章も重要なのでしょう。物語の中にはまったく言及されていないのに、最後の地図を見ると、実は真ん中に公園があるというのも、偶然なのか、意図してなのかは知りませんけど、何か想像力をかき立てられますよね。

投稿: 桶川利夫 | 2007-02-27 23:12

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