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2007-05-09

駒落ちにかわる究極のハンディキャップで、これは面白い息子との将棋

 ふつう実力差のある者同志が将棋を指す場合には、ハンディキャップとして飛車を抜いたり角を抜いたりする。これを駒落ちと言う。(などと偉そうに言うような将棋通ではないが)。小学3年の息子と指す場合、飛車、角、桂馬、香車を全て抜いても、なお余裕で私が勝ってしまう。これまで3年間で1敗しかしていない。(大人げない?)

 ところが昨日ふと新しいハンディキャップを思いついた。それは私が一手指すごとに、息子が二手指せるというものだ。「これならいい勝負になるかも知れない」などと、軽い気持ちでやってみると、冗談じゃない。いつものように飛車の前の歩が上がってきたなと思っていると、あっというまに角をとられてしまった。そうして角が相手の持ち駒になると、次にこの角で王手をされ、それで早くも試合終了である。5分とかからなかった。

 二手一度に指すということは、単に相手に二倍有利であるというようなことではなかった。ハンディは累乗される。ちょうど、10倍の加速装置をつけたサイボーグ009と戦っているようなかんじだ。手がちょっと動いたなと思ったら、次の瞬間にはもう殴り飛ばされている。第一、ゲームとしての将棋を構成する上で重要な「王手」というものがすでに意味をなさなくなっている。この場合、王手とはすなわち王を取ることを意味してしまうからだ。

 こんなことは将棋をよく知るひとなら、あたりまえのことなのかも知れない。しかし、私には新鮮な事実だった。そして、この究極のハンディキャップマッチに気づいたおかげで、これまでいささか退屈だった息子との将棋が逆に大変スリリングなものと化した。何とかして勝てないものか? 原理的に無理なのか? 不可能を可能にするような、アッというような手はないのか?……というわけだ。とりあえず、次回は私が先手でやってみることにしよう。

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