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2007-07-27

なぜ人を殺してはいけないか(11)――野坂昭如と大石圭

 レポートの採点が終わった。今年はマンモス授業があったため、約500部ものレポートを読むことになった。個人差が非常に大きく、中にはあれほどやるなと言っているのに、ネットからの剽窃を行う学生もいて、それをチェックしながらやっているとほとほと疲れた。あとは8月3日締め切りの倫理学のレポートを待つばかりだが、こちらは数が少ないし、見るのも楽しみなくらいなので、これで気持ちとしては完全に夏休み。

 と言っても、われわれ研究者にとっては、やっと本業に入れるという話に過ぎない。そこのところをパーマ屋の店長はわかってない。いつも「いいですね、いいですね、休み中なにするんですか?」と言うのだ。スキュウーバーダイビングをしたり大作のプラモデルを作ったり出来ると思っているらしい。そうではないのだ、と力説したいところだが、面倒なので黙っている。まあ、カットの腕はいいんだから黙ってればちゃんと仕事をしてくれる。私もパーマ屋の店長の苦労はわからない。お互い様、それでいいのだ。

 さて、倫理学の授業は終わったが、ここでの探求はつづく。ここから「現実主義的回答」に属するものに入るが、ここでは「取引タイプ」の典型的なものを紹介する。このタイプの回答は、つきつめていくと「なぜ人を殺してはいけないか」への答えにはならない。

 まず作家の野坂昭如氏の回答。

 人を殺してはいけないなどと、とてもぼくにはいえない。ただ「ぼく」を殺してはいけない。そして、ぼくを殺そうとする人間に対しては、ためらわず殺す。……なぜ人を殺してはいけないかという、これ以上ない愚問、問いにもなっていないことが、いい歳した大人の間でうんぬんされる、このアホらしい風潮………実にバカバカしい。人間は人間を殺す。殺すから、法律を制定し、人間が人間を殺すことにつき、いやはやさまざまな条件、状況、殺した側、殺された側の事情を斟酌、殺人者に罰を与える。      
(野坂昭如 『文芸春秋』の2000年11月号、173頁)

同じように子供時代に戦争を経験しても、大江氏とは全く逆の答え方をしている。人は人を殺す、というのがその事実認識である。そして、この事実認識を前提にした上で、殺されたくない者同志が「殺してはいけない」という法律を作ったのだ。だから、「殺してはいけない」という命題の意味は、もし自分が殺されたくなければ殺してはいけない、ということになる。もしそうであれば、「なぜ人を殺してはいけないのか」などという質問は、大江氏とは逆の意味で愚問だということになる。

 社会契約説的なとらえ方と言えるが、それは冷たい事実認識というよりも、戦争という人を殺すことが常態であるような現実の中で、自分の身を守り、親しい者の身を守って生き抜いてきた人の実感なのだろう。一般的な答えとしては賛同できないが、なぜか共感できるところがあるのは、おそらくそれは、「自分を殺してはいけない」という言い方からわかるように、人の命一般が大切だといった抽象的な話ではなく、過酷な現実の中で自分自身がが生き抜くという観点から答えているからだろう。

 だいたい同じ論点に立っていながら、全然共感できないのが次の回答だ。

  結論から言おう。人は、殺してもいい。僕はそう思っている。……人は、殺してもいい。しかし僕は殺さない。たとえ殺したい人間がいたとしても、彼の背にナイフを突き立てたり、その首をしめたりはしない。なぜか?それは『殺人者には罰を』という法律があるからだ。逮捕、拘留、取り調べ、裁判、懲役刑。そんなのはゴメンだ。……人を殺すとなぜ罰せられるのか?それは、『損か得か』という問題なのだと僕は理解している。……人を殺してもいいことにすれば、自分や家族を愛する人も殺されてしまうかもしれない。それでは困る。自分の命や家族や愛する人は失いたくない。そうでしょ?だから『殺人者には罰を』という法律を人は作った。それだけのことだ。ほら、簡単でしょう?
(大石圭 『文芸』河出書房新社、1998年夏号、25頁)

こうしたシビアな答えは、知識人の回答の中には実は結構多かった。この人の場合は、一般原則としては殺してもよいのだが、実際の場面を考えた場合に、殺せば様々な「損」をこうむる、だから自分は殺さないし、ふつう人は殺さないほうが「得」であるという結論である。

 野坂氏も大石氏も、互いに殺されたくないから殺さない契約を結んでいるという社会契約説的な論理は同じだが、受ける印象はずいぶんと異なる。それは、野坂氏が、「殺すな」とは言えない現実認識を苦渋に満ちて語っているのに対して、大石氏は「殺してもよい」という一般原則をいとも容易に語ってしまっているからだ。「そうでしょ?」、「ほら、簡単でしょ?」というセリフが妙に腹立たたしい。

 いずれにしてもこの二つの答えは、「なぜ人を殺してはいけないのか」に答えていることにはならない。「人に殺されたくないから、殺さない」という論理は、つきつめれば「殺してもよい」という論理である。「殺してはいけない」を普遍的真理のように語り、その理由を考えるなどということはバカバカしいということになる。

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2007-07-22

夏――みたび岩崎勝平

 息子を連れてまた美術館に行った。なにせ近いのでいくらでも行ける。夕方で閉館20分前だったがかまわず入場(拝観料200円)、閉館まで「夏」の前にいた。「夏」は実は2枚一組で、先日紹介した絵の他に、やはり浴衣を着た女性二人が夕暮れの草原で絡み合っている絵がある。どちらの絵も空に複雑に雲が出ているため、光の具合が複雑で、その光と影の交錯が、しかしマネやルノアールなどの印象派の画家たちとは全く違った、他ではあまり見ることのない不思議な雰囲気を作り出している。

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 岩崎は1930年代に大作をいくつか描いているが、おそらくマチスの「ダンス」や「音楽」に影響を受け、大画面に複数の人物を配置する構図に取りつかれていたようである。しかし、他の作品が比較的動きの少ない人物たちを静物画のように描いているのに対して、「夏」の二作は二人の人物の運動を描いている。大画面の中で複数の人物を配置するというモチーフは同じだが、二人の人物の均衡が激しい運動を貫きながら実現しているところが「夏」の特徴である。こうして見ると、「夏」という二つの作品だけが、岩崎が生涯描いた絵の中で突出しているように思える。

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 しかし、それにしても何故わたしはこの作品にこれほどひきつけられるのだろう? ここに描かれているのは、人物ではなく人物の動きであり、この動きの中に現れているものだ。それは光とか風とか空気のようなものに近いが、そうではなく、こうした動きの中を瞬間通り過ぎていく何かだ。スピリット? しかし、それは個人が受ける霊感のようなものではなく、複数の人物のうちに意図せずして起こる出来事のようなものだ。結局、円陣を組む女達に現れたのと同じようなものを、私はこの絵に見ているのかも知れない。

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変なおじさん――ふたたび岩崎勝平

 給料をもらったので、美術館に岩崎勝平の画集を買いに行った。岩崎について書かれた本もあったので見ていると、この画家は戦前に大変注目される作品を描きながらどういうわけか画壇から疎まれ、世に出るというところまではいかなかったようだ。だからこれだけすごい作品を描いているのにあまり知られていないのだろう。

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 戦後はこの町でぶらぶらしながらスケッチの類をたくさん残したものの、本格的な作品を描かないまま50代で亡くなった。とくに女性を多く描いているが、町できれいな女性を見つけると、絵を描かせてくれと自宅までついていったという。今なら完全にストーカーだが、当時もこの町では主に迷惑おじさんとして知られていたらしい。

 その辺で見かける変なおじさんが、実は偉い人だったといった例はよくある。昔新聞配達をしていたころ、店にふらっと白髪でやせぎすのなおじさんが入ってきた。度のきついメガネをかけ、話し方がひじょうにせわしない感じだった。「ぼくが載っている新聞が欲しい」と言うので、「そんな新聞はない」と思いながらも、ちょうど到着したばかりの夕刊を一部渡した。すると、その場で書評欄を広げて、「ほら僕の書いた本が一位になっている」とその週売れた本のランキングを示した。『韓国の悲劇』という本だった。「ほんとかよおっさん」と店員一同は思ったが、ずっと後でそれが小室直樹というカリスマ的な社会学者であることを知った。ご近所だったのだ。本が売れたことについてはかなり自慢げだったが、オレは偉いんだという態度は全くなかった。

 画家とか学者といった人種は、社会的な立場を離れればみんな変なおじさんなのかも知れない。私もしばしば昼間からあり得ないような場所を歩いていたりすることがあるが、いままでは変なお兄さんのつもりだったから気にしなかった。しかし、気が付けば私ももう変なおじさんの予備軍、いや変なおじさんそのものの年になってしまっている。私の場合、実は偉い人だったというオチがなく、本当に変なおじさんだったということになりそうだが……。そういえば、山で遭難したまま哲学者の言葉について瞑想している人や、道なき道を尋ねて崖を登ったり下りたりしている人など、このブログに関わりのある人は変なおじさんやお兄さんが多い。また、きわめつけは、知らない人からは「仏像研究家」だと思われているキリスト教神学者、私の恩師である。

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2007-07-17

円陣を組む女たち――岩崎勝平

 近所の野球場で高校野球をやっていたので、息子と二人で見に行ったら、ちょうど終了した後だった。しかたがないので、すぐ目の前の美術館へ。するとそこに異様な絵が。私はすぐに古井由吉の『円陣を組む女たち』を思い起こした。いつまでも見ていたかったが、夕方近かく時間が迫っていたので、そういうわけにはいかない。せめて模写をして帰ろうと思ったが筆記用具がない。そこで頭の中にその構図をたたき込み、家で再現しようとした。それがこれだ。

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 しかし、何かが違う。絵は和服を着ていた。しかしそういうことではなく、体の形のうち何かが違う。画家の名前も忘れてしまったのでネットで調べるのは容易ではない。画像の検索というのはさすがにgoogleでも出来ない。何やかやしているうちに、ようやく出てきた。岩崎勝平(かつひら)の「夏」という作品であった。画集をデジカメでとった画像もあった。そこで今度はその画像を模写してみた。

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 違いはズバリ足だった。上では両者の右足がガニ股になっているが、下の着物の女性二人はどれだけ力をこめて引っ張っていても、両足が内側にむいている。それが緊張とバランスの中に異様な優雅さを与えている。私の上の想像図では、単なる女子高生の綱引きになってしまっている。

 しかし、綱引きでないとすれば、この絵は何をしているところだろうか。「円陣を組む女たち」は、引き合いっこ(正式名称は不明)の遊びをしてたわけだが、この絵も一応は何かをしているところなのだと思う。左の女が右の女を引き留めているのか、それとも振り回しているのか、あるいは両者の左足を軸にして二人は回転しているのか。模写ではいまいちダイナミックさが出ていないが、画集の絵でもまだ足りない。本物はもっと大きくてど迫力なのである。

 岩崎勝平という人物、川端康成に神様絵描きと言われたと言う。たしかに何か神がかったようなすごみがある。我が町の美術館が所蔵しているそうだから、これから何度でも見ることができる。いましばらくは模写を続けよう。

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