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2008-02-11

なぜ人を殺してはいけないか(15)――権利と贈与

 なかなか「なぜ人を…」のつづきを書けないでいる。書きたいことはまだまだあるが、先日の白頭庵氏の権利思想に関する記事から触発されたことだけちょっと書き留めておこう。

 学生たちの答えの中で大変多いのが「人には生きる権利がある」というものだった。「だれもそれを奪うことはできない」。たしかにそうなのだけれども、そのとき「権利」という言葉を学生はごく自然に使ってしまう。われわれもそうかも知れない。だが、他方に同じように見えながら異なった答えがあるはずだ。それは「人の命は与えられたものである」という答えだ。だからこそ、「だれもそれを奪うことはできない」。こちらの回答は多くはない。「与えられたもの」という表現を使う答えはほとんどなかった。

 「人には生きる権利がある」という回答と「命は与えられたものである」という回答は根本的に異なっている。前者の背後にあるのが権利思想だとすると、後者は贈与の思想ということになるだろうか。両者の立場の違いは「なぜ殺してはいけないか」という問に関するそれほど目立たない。どちらも結論としては殺してはいけないという態度を導くからだ。しかし、問いを「なぜ自殺をしてはいけないか」という問題に変えるなら、たちまち違いが明瞭にになる。権利思想に基づけば、命は自分のものであるから自らそれを絶つことを誰も禁じることは出来ない。しかし贈与思想によれば、命は与えられたもの、他者から自分に託されたものであるがゆえに、それを自分の判断で絶つことは許されないことになるからだ。

 これは命について考えようとするときの、近代啓蒙思想のとらえかたと宗教思想によるとらえかたの違いと言うことができるのかもしれない。学生の答えにはあまり現れなかった贈与思想だが、日本の古くからの生活態度にはむしろ贈与論の方が身近であったはずである。食事をする前に手をあわせて「いただきます」というような習慣は、そのことを語っている。しかしながら、若者たちの意識の前面にはそうした意識が現れてこず、そのかわりに外来から輸入した権利思想が幅を利かせている。ただ、私は学生たちがそのように権利思想を語りつつも、それを本心からは信じていないように見えたことも確かだ。

 いま「いただいている」という場合、贈与する主体が何かという問題は問題を問わないなら、そういう答えは仏教にもキリスト教にも、あるいはアニミズムのような宗教性にも共通するものである。そうしたとらえかたが明らかに希薄になっていることが学生たちの答えからはっきりわかる。だが、それに対して権利思想のような社会的な承認を得やすい答えがリアルに信じられているかと言えばそうでもない。それが近代の作り上げた一種の仮構だと知った上で、学校のようなそれこそ近代システムを代表するような場所ではそのような言葉を使うことを賢く選択している、といえばちょっと穿った見方にすぎるかも知れないが。

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コメント

白頭庵さんの権利思想に関する記事には、私もいろいろと考えさせられています。

実際の私たちの社会において権利という概念や言葉が、何かしらの利己的な目的を達成するための方便として、ご都合主義的に用いられている点に欺瞞を感じる、というような内容で、桶川さんも白頭庵氏の記事にコメントをなさってましたね。

私も、そういった空々しい権利思想の用い方には欺瞞を感じる点では同感です。しかしながら、どうしてこのような形で権利思想が使われるようになってしまったのでしょうか。

私自身、これから研究していかなくてはならないテーマなので、今の時点であまり大きなことは言えませんが、啓蒙主義時代の哲学、特に法律や政治といった(私たちの分野の言葉で言えば)「世俗」に機能する哲学と、(桶川さんの言う)贈与思想は、そもそも反対のベクトルを向いているものだったのでしょうか。

簡単に言えば、近代法や近代政治はもはや神学の下から完全に離れてゆき、独自の方向性を見出して歩みだした末、新たな病理を生み出している、という理解が、果たしてそのとおりなのか、私には疑問があります。

「疑問があります」というのは、「それに対しては反対です」という意味では決してなく、今のところは本当に疑問に留まっている段階に過ぎないので、今後この点はもっとよく考えていかなければなりません。

権利思想の「そもそも論」に遡って解明していきたいという白頭庵さん同様、私もそのあたりをもう少し研究していきたいと思っています。

それから今回の記事の贈与思想についてですが、「なぜ人を殺してはいけないか」という問いの中でもなぜ自殺をしてはならないか、という問いの答えとして、個人的にはこの理由がしっくりするかなと思ったりします。

投稿: トロウ | 2008-02-11 19:38

 「啓蒙思想」という言葉を不用意に使ってしまいましたが、啓蒙期の思想自体が多様でいろんな含みをもっていると思います。

 たとえば、「権利」という概念がどのように出てきたのか? 白頭庵氏によるとそれは人間の自然支配の「権利」であり、人間という存在の「価値」とセットだったとのことです。だとすればそれは神が人間に生命を与え、自然支配を委託されたという旧約聖書の思想と相反するものではない。しかし、啓蒙期の思想家たちは次第にここから宗教色を抜き、さらにこれを「所有」という概念に結びつけていった。すると、「権利」は価値論から切り離され哲学的な思索(あるいは宗教的な意味づけ)を不要とするものになっていく。白頭庵氏の論述によるとこういうことになりますでしょうか。

 トロウさんが言われるのは、このような移行についての疑問でしょうか? 白頭庵氏も権利思想は難物だと言っておられるように、このへんは簡単に図式化して理解すべきではないのでしょうし、彼もそこを「権利思想は難物」という言葉で表現していますね。私もこのへんをきちんと勉強しなくてはと思いますが、それにはやはり白頭庵氏のように実際に啓蒙期のものをよく読むしかないのでしょう。

投稿: 桶川利夫 | 2008-02-12 18:28

コメントが遅くなりましたが、桶川さんの記事、トロウさんと桶川さんのコメントから、いろいろなことを考えました。

桶川さんは、主に倫理学の授業を通して、学生たちと「なぜ人を殺してはいけないのか」という問いをめぐって議論をされていて、そのなかでも目立った答えが「人には生きる権利があるから」というものだったということでした。様々な論者の言葉を紹介しながら授業を進めておられる様子をこのブログで拝読させていただきながら、今、こういう授業を真剣にやっている先生と学生たちがいる、ということ自体が、とても意味のある大切なことに思えます。

そして、桶川さんは学生たちの答え「人には生きる権利がある」に、ある種の危惧というか、もろさがあることを指摘しておられると思います。

生きる権利、というときには問題が鮮明にならないが、自殺という観点から見ると、にわかに問題がはっきりと見えてくる。自分の命だから、自分のものであり、誰もそれを奪うことはできない、という所有の思想が、自分のものだから、自分が処分することができる、という可処分の思想に直結していく、というもろさが、生きる権利、という考えにはついてまわる。自殺について考えてみると、権利思想の問題が、二重か三重ぐらいになっているのが見えてくる。そんなふうに、桶川さんの記事を読ませていただきました。

権利思想の二重・三重になった問題点というのは、まず、存在すること、生きることの権利、という考えが、自分の生命を所有する権利、という所有権の考えに転換され、ついで、所有する権利が、自由に処分してよい、という可処分権の考えに転換されているということです。これは、桶川さんの学生たちに限らず、多くの現代人が素朴に抱いている考え方じゃないかと思います。

僕は、その出発点のところに、存在することの価値、という考えがあったはずだと、ロックやルソーやライプニッツを読んでいて、思うのです。ひとりの人間がまさにその人として存在すること・生きることの価値、という、古くからの考えが出発点にあった。けれども、近代社会の成立過程で、存在することの価値という考えは、生きる権利、という考えに書き換えられた。桶川さんが読んでくださった僕のブログの記事では、そういった転換を、辿ってみようとしています。

近代社会は、なぜ、一人一人の生にはかけがえのない価値があるのか、という問いを問い進めることよりも、その価値を権利思想に、そして所有思想に書き換えていく作業を進めていった、というのが、僕の記事の論旨でした。

先日、N先生の最終講義がありましたが、人は誰も自分の意志で生まれたわけではない、というN先生がいつもこだわっていらっしゃる議論が基調になった講義でした。人は自分の意志でこの体に、この性に、この時代に、この国に、この家庭に、生まれてくるわけじゃない、人はそれを選択することも意志することもできなかった。そして、そこにこそ、生きることの切実さも理不尽さも価値もすごさもある。桶川さんやトロウさんがおっしゃる「贈与」という考えも、僕は、人間の生の原点には人間の主体的な意志や知性を超えた働きがある、ということから来ているのではないか、そして、近代社会は、その制度的で公共的な思想のなかに、そういう人間の主体的な意志を超えた働きというものを取り込まず、むしろそういうものへのまなざしを排除しながら成立してきたのじゃないか、と思っています。

「贈与」の考えは、例えば、ロックの権利思想では、いわゆる王権神授説への論駁という主題で、かなり徹底して批判されています。当時、すでに世俗世界では、王権に関して、「贈与された」=「委託された」=「(市民の)生殺与奪の権利を付託された」という図式が、絶対王政擁護のための基調的な議論として隆盛していました。ロックは、この図式を論破しようとして、贈与された権利、という考えに対して、もって生まれた権利(自然権)という思想を打ち出しました。

王権ではなく、生命に関しても、同じような図式が成立しそうですね。権利思想が難物なのは、「命を与えられた」=「命を自由にする権利を委託された」という図式に、僕らは、かなり容易にハマってしまう、贈与の考えですら、可処分権の考えに書き換えられてしまう、というところです。

桶川さんもトロウさんもおっしゃっているように、近代の権利思想が一概に間違っている、というわけではありません。ただ、権利思想の展開と浸透の過程で、かなり深刻な問題も発生してくるから、そもそもこの思想のどこにそういうおかしなところがあるのか、きっちりと見てみたい、と思っています。近代の世俗化世界の底の方に、何か、かなり深刻におかしなところがあって、そこからいろいろな問題が次々と生まれているんじゃないかと、そんなふうに思っています。

投稿: 白頭庵 | 2008-02-13 18:11

近代における権利思想の発展のなかで、可処分権的な側面(あるいは所有権といいますか)が異様に肥大化したゆえにもたらされた様々な病理については、私も疑問はありません。まさにそのとおりだと思います。

私が個人的に今後もっと解明していきたいと思っているのは、たとえばロックの自然法でいいますと、ロックの自然法は、いわば神学からまったく切り離されたところにしかない自然法であったのか、という点だといえます。確かに白頭庵さんのおっしゃるとおり、ロックの王権神授説に対する反発は強いものでしたし、それは近代という時代の要請でもあったことはその通りであると思います。そういった点では、ヒュームの場合の方が、もっと「過激」だったといえるかもしれません。

しかしそのことと、白頭庵さんの指摘されるような、権利思想あるいは自然権的思想が「可処分権の考えに書き換えられてしま」ったこととの間には、もっと幾つかの段階が存在するのではないだろうか、という点を私は知りたいと思っています。

ちょっと分かりにくい文章になってしまったでしょうか。つまり、繰り返しになりますが、啓蒙主義時代の哲学(と、ここでは一応ひとくくりにしておきます)と神学との距離を知りたい、といえばよいでしょうか、啓蒙主義から神学は排除されてしまっていたのか、その点をもう少し解明していきたいと私は願っているのです。

啓蒙主義後の時代、19世紀から20世紀になると、確かに無神論というべき哲学の時代の到来、と言ってよいようには思いますが。とにかく、この問題について、桶川さんや白頭庵さんの今後の記事にも期待しています。

投稿: トロウ | 2008-02-14 20:49

トロウさんがおっしゃた問題に限定していえば、ロックの社会思想には、神学との結びつきがあります。また、ヒュームの社会思想にも、独特のかたちで神学との結びつきがあります。

啓蒙時代の哲学・神学・社会思想の相互の関連という問題については、トロウさんとは少し違った視角からではあると思いますが、僕自身もとても興味をもっています。僕はそれを近代の福祉制度と福祉思想の成立・展開という観点から検討しようと思っているのですが、イングランドからスコットランドへと展開していった啓蒙時代の自然神学について知りたいという、別の動機もあります。

興味はあっても、研究はなかなか進みませんが、今の僕には大まかにこのくらいの見取り図なら描ける、という程度のことを、ブログでも少しずつ書いています。

粗い見取り図で、詳細な議論については穴だらけですが、桶川さんの議論から少し離れて、ロックやヒュームたちの社会思想と神学、哲学との結びつきを考えてみたいと思います。

誰か特定の神学者の学説と、彼らの哲学や社会思想がそれぞれに結びつきをもっていたのではなくて、彼ら自身の独自の神学や宗教哲学と、彼らの認識論、倫理学、社会思想とが結びついていたのだと、僕は思っています。要するに、ロックやヒュームは、体系的な哲学者です。

ロックの社会思想とキリスト教との結びつきは、文献的にはかなり明確に示されています。『統治二論』は、王権神授説を論駁するために、王権神授説が依拠していた旧約の創世記の記述を用いて、論敵とは反対の考察を引き出してきています。また、ロックの自然法概念は、一切の社会的・歴史的な事象の合理的な根拠となるような完全な普遍性というスコラ学から引き継がれてきた神概念と結び付けられています。そして、普遍的な自然法を有限の人間理性が認識しうるか、という問題を、ホッブズやデカルト以降の近代的な人間理性の哲学の圏域のなかで議論していきます。簡単にいえば、普遍的立法としての自然法は、有限の人間理性によって完全に認識することはできない、というのが、ロックの認識論の基調となる主張です。

普遍的な立法を人間理性が認識しうるか、という問題は、ライプニッツやヒューム、そしてカントに引き継がれていく問題です。

18世紀のスコットランド啓蒙運動のなかで、ヒュームはかなり大胆に、一般には無神論と評されるような独自の自然神学研究を進めています。無神論的な神学、というのは違和感のある表現かもしれませんが、ヒュームの懐疑論的な認識論と結びついて展開された、独自の神学ないしは宗教哲学で、無神論というよりも、啓示神学を否定する自然神学の歴史学的・批判的な考察といった内容のものです。

ロックやヒュームは、普遍的立法に関して不可知論や懐疑論を展開しながら、有限の人間理性の限界を見定めることで、そうした人間理性によって導かれる合理的な社会制度や行為規範を論究していったバリバリの啓蒙思想家でした。僕はそう思っています。人間理性が認識し、判断し、評価できる範囲のなかで、個々人の生と社会全体の秩序を作りあげ維持し発展させていこうというのが、彼らのプロジェクトだったのだと思います。

啓蒙主義の神学は、「誰も神を見た者はいない」という神学です。それでも、我々はこの世界を見ることができる。神を知ることはできないが、人間理性によって生や社会や宇宙の秩序と発展を認識しそこに参与することができる。そのような理性が見渡す世界はどのようなものなのかを思索していったのが、啓蒙主義時代の哲学者たちでした。

問題は、デカルト、ロック、ヒューム、アダム・スミスたちの思索のなかで、「神を見た者はいない」という神学が含意するものが、どう受け止められていたかということです。デカルトの省察や方法的懐疑のなかで登場する神、ロックの認識論や社会思想のなかで有限の人間理性と対置される全知の神、ヒュームが啓示神学を否定した先でそれでも終生こだわり続けた宗教と神、そしてアダム・スミスが天文学から経済学まで諸事象に秩序と均衡をもたらす切り札として使い続けた神の「見えない手」などなどの議論のなかに、各時代、各哲学者の認識論や社会思想がそれぞれの神概念とそれぞれに結びついているように思えます。しかも全体として見ると、彼らの議論の方向は、やがて来る時代、神なしの世界を理性的に探求し考察する時代に向かって、神学から社会思想や自然認識を離陸させるための助走になっているように見えます。

それぞれに温度差はあるものの、17・18世紀の哲学者たちは、たとえ神は理性の目には直接には見えなくても、理性が認識しうるこの世界の事象には説明を必要とする何か、直接には認識できないけれども合理的な思考によって知ることのできる何かがある、と確信していました。彼らの議論には、理性の限界のうちで世界を見ながら、いつもその限界の外にあるものに結びつくような志向がありました。

彼らの思索は、全体として、その結びつきが切れていくプロセスでもあり、個々に見ると、それぞれがそれぞれの時点で理性的認識の限界外にある「見えない」ものとの独自の結びつきをもった体系でもあります。

そして、僕は、この結びつきをそれぞれの仕方で保持しているあいだは、彼らの体系は、この結びつきが完全に切れてしまったときに生じる事態への警告を発するような批判的機能もある程度もっているのではないかと思っています。要するに、ある意味で彼らの哲学は、とても現代的なんじゃないかと、読んでいるうちに思えてきました。

桶川さんの記事からはずれた内容のコメントを長々として、すみません。

投稿: 白頭庵 | 2008-02-16 18:31

引き続き桶川さんのブログの場を借りて申し上げるのもどうかと気が引けますが、ああ本当に、痒いところに手の届くような解説に感謝しますよ、白頭庵さん。私の舌足らずを見事に代弁してくださって、改めて自分の不勉強を思い知らされる次第です。

>そして、僕は、この結びつきをそれぞれの仕方で保持しているあいだは、彼らの体系は、この結びつきが完全に切れてしまったときに生じる事態への警告を発するような批判的機能もある程度もっているのではないかと思っています。

全く同感です。今は、白頭庵さんが余りにも見事に解説なさってくださったので、自分の言葉がなかなか見つかりませんが、いつかこのテーマについて私もじっくりと取り組んでみたいと思っています。

投稿: トロウ | 2008-02-17 01:10

 ロックやヒュームへの白頭庵さんの関心は、おそらくホワイトヘッドの自然神学を生み出すような思想的源流を辿るという意味もあるのでしょうね。私も自分のテーマを追っていくと、その時代に宗教と科学の相克の中から生み出された様々な考え方の中に、その後のわれわれの神学や宗教哲学の問いの原型みたいなものがあるのではないかと思わされ、この時期のものに自然と関心が吸い寄せられます。

 私はこれまで基本的には、「啓蒙」を経た精神がどのようにしてキリスト教を理解していくかという、ポスト「啓蒙」的(?)な問題に関心を持ってきました。しかし、白頭庵氏の今回の論考を読ませていただいて、やはり「啓蒙」期に書かれたものをもっとよく読んで、こうした図式自体もある程度相対化しながら考えていく必要があると感じました。

>彼らの議論には、理性の限界のうちで世界を見ながら、いつもその限界の外にあるものに結びつくような志向がありました。

>彼らの思索は、全体として、その結びつきが切れていくプロセスでもあり、個々に見ると、それぞれがそれぞれの時点で理性的認識の限界外にある「見えない」ものとの独自の結びつきをもった体系でもあります。

 どんな無神論に見える思考の中にもこの結びつきが切れずに存在していて、それがその思考に対する批判的な機能を果たしている。それはわれわれ無神論的な時代の空気をいっぱいに吸って生きている者たちにとって宗教や神が何を意味しているのかという現代的なテーマにずばり触れてくるものがあります。おそらく「哲学者の神」について考える意義はそこにあるように思います。

 重要なことは、今日福祉など実践的な課題との取り組みにおいて、そうした理性の限界の外にあるものとの結びつき認識するという問題意識が抜け落ちているということではないでしょうか。これは教育や政治経済などの領域でも同じで、要するにそこからはプラグマティックな思考しか見えてこない

 白頭庵さんが言われるように、近代哲学は理性で説明出来るものはどこまでも合理的に説明していこうとしますが、それで全部説明できるわけではないこともまた明らかでした。たとえばカントが理性に限界を設けたのに対してヘーゲルは理性の働きを無限と考えたという言い方がされることがありますが、ヘーゲルは理性の働きそのものの中に神的なものを見たのであって、それはわれわれが考える意味での合理性とはかなり異なっていると思います。その意味では、理性の限界外の問題について、あたかもそんなものが存在しないかのように考えることは哲学的にはかえっておかしなことです。

 しかし、今日実際的な日常世界の実践的な振る舞いの中では、神がいるとかいないとかいったことは無意味化されてしまっています。(これは宗教を信じているか否かとは関係なしに)。つまり、神はいないも同然という前提でわれわれは生活してしまっている。そしてそうした前提は、人が日常生活を反省的にふりかえるときには、一つの体系的な無神論的思想となって立ち現れるように思われます。

 私は「なぜ人を…」のテーマをたらたら書きながら、そうした時代を支配する実践的無神論とでもいうべきものの問題性を感じています。「権利」の概念史を丹念に掘り起こすという白頭庵氏の作業はその意味で大変参考になりました。

投稿: 桶川利夫 | 2008-02-19 13:38

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