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2008-06-04

大漁、そして書誌修正

 朝一番の授業をすませて青空市へ行く。昨日めぼしいものは持ち帰ったが、まだいくつか心残りのものがあって、それを二、三冊持ち帰るくらいの気持ちでいた。ところが、昨日と同じ場所に並んでいる本が増えている。おやと思って見ていると、あるわあるわ私の専門に関わる本がどっさり並んでいる。学生の頃お世話になったK科読書室に並んでいた古い貴重な本がこれでもかというくらい並んでいる。物色しているうちに、2、3冊などということでは済まないことがはっきりしてきた。

 とは言え、現実には昨日と同様、私物が入ったカンケンバックと携帯用の手提があるばかりだ。厳選の上、それらを本で満たしところで、そうだ二階にも少しあったよなと思って上がってみた。二階は一見すると昨日と同じかに見えたがそれは間違いで、昨日なかった本がかなりある。おそらく古本と古本の間にできたすきまに、新たな古本(形容矛盾?)を埋め込んでいるのだろう。昨日はなかったはずのマニア唾涎もの(?)の貴重本がうようよ。

 これは大変なことになったと思った。もっとでっかいリュックを持ってくればよかったという話ではない。いっそ車で来ればよかったと思った。しかたがないので、とりあえずこれらの本を隅のベンチに重ねて置き、カンケンバックと手提げで隠しておいて、購買部へ行って大学の名前の入った紙袋を買ってきた(¥200)。かばんに入らないものをすべてこれに詰め込み講師室へ。背中にパンパンになったリュック、両手に重そうな袋二つを下げてキャンパスを歩く様子は大変見苦しい(あさましい?)ものだったに違いない。

 最初はこのままで家まで帰ろうと思ったが、半端ではない重さだし、雨もパラパラしてきたので、結局講師室の隅に置かせてもらうことにした。来週取りに来ることにしよう。さて、ゲットした本は今回はすべて和書。多すぎてめんどくさいので、発行年は省略。

・H・ブラウン、H・コンツェルマン他『イエスの時代』教文館
・E・ユンゲル『パウロとイエス』新教出版社
・トロクメ『使徒行伝と歴史』新教出版社
・クレーマー『宣教の神学』新教出版社
・W・ショットロフ『いと小さき者の神』新教出版社
・W・ホーダン『転期に立つ神学』新教出版社
・J・フレッチャー『状況倫理』新教出版社
・佐藤敏夫『近代の神学』新教出版社
・滝沢克己『現代の事としての宗教』法蔵館
・J・A・T・ロビンソン『神への誠実』日本基督教団出版局
・中沢洽樹『苦難の僕』新教出版社
・中沢洽樹『第二イザヤ研究』新教出版社
・E・モルトマン=ヴェンデル『乳と密の流れる国』新教出版社
・オットー・ヴェーバー『カール・バルト教会教義学概説』明玄書房
・B・M・メツガー『新約聖書の本文研究』聖文舎
・山本和『救済史の神学』創文社
・石原謙『石原謙著作集』第2巻、岩波書店
・石原謙『石原謙著作集』第3巻、岩波書店
・石原謙『石原謙著作集』第4巻、岩波書店
・石原謙『石原謙著作集』第5巻、岩波書店
・ルター『ルター篇』キリスト教古典叢書、新教出版社
・クワイン『ことばと対象』勁草書房

080604_154644_ed_3 哲学の本はクワインだけであとはすべて神学書だ。こんなに廃棄しちゃって大丈夫なのだろうか。他に岩波の哲学講座のシリーズもあったのだがさすがに断念した。神学の本と哲学の本があったら、結局神学の本を選んでしまうあたり、やはり私は神学が好きなんだろう。

 さて、しかしこれはまだゲットした本の半分である。他に紙袋に入れた十数冊がまだある。その中にはシュヴァイツ ァーのバッハ本とか波多野精一の著作集なども入っている。それらはすでに講師室に確保したとして、さらに他にも断腸の思いで持ち帰らなかった本がある。明日帰りにでもよってみるか。でも、これやってると切りがないような気がする。金曜日で終わってくれるので助かる。

 こんなことがあったので、またも書誌調査を忘れるところだったが、荷物を講師室に置いてほっとしたら、やるべきことを思い出した。大福先生の論文が入っているはずの巻はやはりなく、その前後の巻には大福先生の論文はなかった。ここで少なくともこの論文が1966年に発行というのは誤りであることは分かったわけだ。にしても、1965年のはどうしちゃったんだろう。何とか手に入れなければ。

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コメント

すごい大放出ですね。そこで引き取り手のなかった本は、廃棄されるのでしょうか。今すぐ行って漁りたいです。神学ばかりでなく、哲学・思想関係や文学関係でも出されている本があるとすれば、とても気になります。行きたいです。

そんなに放出しちゃって、我がR大学は大丈夫なのでしょうか。図書館司書の使う言葉でいう「複本」を揃えた本ばかりだという桶川さんのレポートですが、まちがえて、1冊しかなくて、貸し出し記録の少ない本を出してしまっているとか、退官された先生の残された本を処分しているということであれば、残しておかなければならないものも多数あるのではなかったかと心配です。

埼玉在住のさとうさんに、近いうちにチェックしていただいて、救出できる本は救出しておいてもらうとか、できないでしょうか。

本のこととなると、もう、いても立ってもいられません。

ところで、フェールレーベンのカンケンをご愛用のようで、長年愛用している僕としても、嬉しいです。質実剛健、丈夫で大量の本を持ち運びできるコンパクトなバックパックとして、声を大にして、推薦したいです。

コンケンを開けると、背中に当てるウレタン製のクッションが入っていますよね。あれは、取り出すことができます。サイズも厚みも弾力も、地面の上に敷いて腰を下ろすのにちょうどいいアイテムなのです。デンマークやスウェーデンでは、芝生などの上にじかに座るときにあのウレタンクッションを取り出して、腰の下に敷いて即席のマットにして使用したりしている人が大勢いるという、便利モノです。陽だまりの公園の芝生などでくつろぐときや木陰で座って一休みするときなど、是非、ご使用ください。

ところで、野呂芳男ホームページに新しくUPされた大福先生のティリッヒ建築論の書評に、もしかしたら誤植ではないかと思える言葉が一つありました。第二段落の「塹壕の中で祈りあるごとに」というのは「折りあるごとに」の間違いではないでしょうか。ティリッヒの場合には文字通り「祈りあるごとに」だったのかもしれませんが、ちょっと気になりました。

コンケンを愛用する仲間が増えて、嬉しいかぎりです。放出・処分されている本のうち哲学関係でも面白そうなものがあれば、桶川さんに体力的・世間体的・気持ち的な余裕がもしあれば、白頭庵のために、少しゲットしていただければ嬉しいです。哲学・倫理・思想・文学・評論・文献学など、なんでもOKです。あ、でも、そういう個人的な希望は、まったく気にしなくても結構です。

それにしても、波多野精一やフックスやショットロフやE・ユンゲルやスターンの本は、それぞれの関心から、手元において折々に読んでみたかった本たちなので、羨ましいです。ホーダンやフレッチャー、それから山本和の本も、恥ずかしながら、ちゃっと読んでいなかったのです。R大学にも何度か講演に来たジョン・カブの著作なんて、なかったですかね。

まあ、お時間のおありのときに、また少し見ていただく機会があれば、妙に古本収集癖のある奇妙な哲学徒のヨロコビそうなものも目に留めていただければ、ちょっとだけ嬉しいです。

しかし、どこにも本や書類を置いておく場所がなくなりつつある我が家と研究室の書棚&机上&床上の状況を見るにつけ、もうこれ以上、本を買うことは物理的に不可能(経済的には予算や家計を省みず不可能を可能にする無神経さと無計画さはあるのだが)と思えて、最近、古書および新刊書購入に極端に禁欲的になっている白頭庵であります。全集を買ったはいいけど蔵書のカオスのなかに埋もれて発見できず、結局、文庫本から西田幾多郎の論文を引用したりして、顰蹙を買ったりしています。旧版全集はあるのですが、現代語訳された西田全集の新版を買う、空間的な余裕と気分的な盛り上がりがないのです。

関東在住の文明と宗教研究会のみなさんが今年度、例えば組織神学や基督教学会等で集まることがあれば、是非、お知らせください。今年はどこで開催するのかすら知りませんが、今年こそ、オブザーバー的に参加したいと思っています。思っているだけの状態ですけれど。

R大の講師時代が、とても、懐かしいです。

投稿: 白頭庵 | 2008-06-05 01:38

もおおうしわけな~い!

ティリヒの建築論本に関する書評についての白頭庵さんのご指摘、今しがた確認しました。

「祈」ではなく「折」が正しいです。文責者として深くお詫び申し上げます。桶川さん、お手数かけて恐縮ですが、訂正の程宜しくお願いいたします。白頭庵さん、この度はご指摘、本当にありがとうございました、助かりましたwink

OCRで読んだのではなく、自分の目で読み、ベタに打ち込んだ原稿でした。あ~あ、そろそろ老眼きてるのかな。

ところで桶川さんのおっしゃる
>神学の本と哲学の本があったら、結局神学の本を選んでしまうあたり、やはり私は神学が好きなんだろう
のところですが、かつて学生時代の桶川さんをみていて、私はてっきり桶川さんは神学者におなりになるのだろうと思っていたんですよ。哲学と神学は、近いようでいて実は両者の間には大きな溝がありますからね、桶川さんを宗教哲学に向かわせたのは何だったのか、個人的には興味がありますが大きなお世話ですね。

ところでところで青空市、明日で終了なんですか。桶川さんのお話から察するに、Y氏の「復活書店」の古本市ではなく、本校図書館の放出本の市のようですね(ってことは主催は大学なんですか?)。復活書店の方は定期的にありますが、桶川さんご紹介の市が定期的なものでなく、閉店セールのようなものだとしたら、…困ります、行かねねばならない気になってきます。

学科も今後大きく様変わりする様子ですし、「もうこんな本いらねーや、売っちまえ」ってことなのかなあと、ちょっとナナメに見えてしまったりもします。

う~ん、どうしよっかな~。明日まで?行こうかなあ…ところで大学のどこでやってるの?

投稿: 豆大福 | 2008-06-05 16:48

お二人から熱いコメントを感謝いたします。

白頭庵さんが心配されることを私も心配していました。一体これらの本はちゃんとスペアがあって廃棄されているのだろうか。まさか神学の本なんてもういらないってことじゃないだろうな、とさえ思ってしまう大廃棄でした。

実は今日(昨日)も別の大学の授業を終えた後、行って来ました。またまた廃棄本が追加されていて、特に神学関係の洋書を持ち帰りました。また、ものすごいお宝を獲得して、今日行って本当によかったと思いました。

まあそれについては、また改めて報告するとして、さしあたり緊急のお知らせとして、この青空市は明日(今日―6日金曜)までとなっているようです。最終日のため15:30までとなっています。8号館という新しい建物の1,2階でやっています。詳しくは図書館のHPに出ています。(R大学図書館の主催です)。N座キャンパスでもやっているようです。

めぼしいものは私がだいたいゲットしてしまいましたが、Albert RitschlのDie christliche Lehre von der Rechtfertigung und Versohnung.(ひげ文字 3巻本)とかオスカー・クールマンのぶあつい論文集、それにティーリケとかシュタウファーなどドイツの神学者の本、ドイツの神学書の英訳本など、私が断念した本がまだいくつか残っています。あとRGGのa-c(のみ)とかもあります。それに私の知らないような神学者の本もかなりあると思います。英語の神学者は結構ありましたから、豆大福さんが見ればまだいいものが残っているのかも知れません。まあ、近くに用事でもあったら、お寄りになってみるのもいいのではないでしょうか

神学以外で目に付いたのはユングの本でした。これも持ち帰るのを断念しました。あとはなぜかディケンズの本も目に付きました。全集の一部だと思います。まあ、私の場合たぶん英文でディケンズをそんなに読むことはないだろうと思うのでスルーしてしまいました。

カンケンバックは、今年から中学の娘のために買ったついでに妻と私も買ったのでした。娘のは一回り大きいやつです。白頭庵氏がおっしゃるように背中にクッションがついていますね。お尻にしくという使い方があるとは初めて知りました。ありがとうございます。

この3日間の奮闘で、なんか体中の芯が痛い感じです。今日は遅いのでこれで寝ることに致します。そうそう、HPの訂正しておきます。

投稿: 桶川利夫 | 2008-06-06 02:23

>桶川さんを宗教哲学に向かわせたのは何だったのか、個人的には興味がありますが大きなお世話ですね。

わたしが神学から宗教哲学に移ったのは、大福先生が引退されたことがきっかけです。当時私は、神学をどのようにして行うかという方法論について考えるにつれて、解釈学の問題に引きつけられていました。大福先生のもとで神学を学びながら、並行して解釈学も学んでいけばよかったんでしょうが、そんなとき大福先生が去れたわけです。それと入れ替わるように哲学のN見先生がこられましたが、解釈学はその専門分野の一つでした。私は時期にかなった先生が来られたと思ってこの分野にのめり込んでいったので、その後はどんどん哲学的解釈学の方向に流れていってしまったわけです。

ただ、神学の問題から離れたわけではなく、私の場合いつでもキリスト教や聖書をいかに理解するかという問題設定から全てのことを考えてしまい、逆に言えばいつまでもそこから離れることが出来ない。だから哲学者にはなりたくてもなれないのです。しかし神学そのものの内容には入っていかないまま、方法論のところをうろうろして今に至ってしまった観があります。ありがちなパターンなのかも知れません。10年後に大福先生と再会して、私の方向は徐々にもとの神学にもどってきていると思います。

投稿: 桶川利夫 | 2008-06-06 23:03

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