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2008-06-06

三度青空市へ行き、超ど級のお宝発見

 前日バックに入りきらずにあきらめた本が気になり、昨日また青空市へ行った。T葉県の大学で夕方の授業を終え帰りの電車に乗ると、いつもはたっぷり1時間半読書に浸るところをI袋で途中下車してR大学へ向かう。

 途中激しい雨が振り出してやばいと思ったがすぐに止んでしまう。学生が去ってがらんとしたR大8号館のロビーは、もう8時だというのに灯りが煌々ととついている。中に入ると、まだ本は山ほど残っている。が、本を物色している人の姿はもう見あたらず、掃除のおばさんたちだけがこれから仕事を始めようと元気に行ったり来たりしている。その声がロビーの高い天井ににこだまする。アカペラの練習をしている学生たちのハーモニーがどこからか聞こえている。リード・ボーカルが高音になると音をはずす。しばらくするとまた同じ曲を繰り返す。高音になるとまた音をはずす。

 私はあきらめた数冊の本がまだあるかどうか確認しようと見渡した。特に岩波の哲学講座のシリーズを探そうとしたが、一見してすぐに誰かが持っていったことが分かった。その他、目をつけていた本はほとんど持ち去られていた。白頭庵氏が去って「哲学」が消えたこの大学にも、まだ哲学をする残りの者たちがいるのだと思った。

 昨日あったはずの本が無いのに対して、昨日無かった本がさらに追加されている。一度に出さず小出しにするとは当局も憎いことをするものだ。しかも、追加された本の多くは神学関係の洋書だ。やれやれ、また今日も大量の本を運ぶはめになりそうだ。それにしても、明日この市は終わることになっているが、残ったこれらの膨大な書物は本当に廃棄されてしまうのだろうか。友愛書房とかに連絡したら引き取りに来るのではないのだろうか。

 などと考えていると、ふと一冊の本が目に止まる。濃紺のきっちりした装丁に見覚えがあった。「まさか」と思って手に取る。手になじむこの感覚は間違いない。背表紙を見る。金文字で「実存論的神学」と書いてある。ついに出会えた!

 考えてみればありえない話ではなかった。大福先生の『実存論的神学』(創文社、1964年)は、R大学に数冊あるはずだった。貴重本を容赦なく切り捨てる今回の大粛正(?)を目の当たりにしてきたのだから、数あるうちの1冊くらい廃棄に回されることも十分に考えられはずだったのである。しかし、現実には大量の本の山の中にこの本があるということをまったく予想していなかった。だから、しばらく唖然としてしまった。

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大量の本のタイトルをいちいち確認していく作業にややぐったりしていたので、この超ど級のお宝を前にして、近くのチェアーに少しづつ積み上げていたその他の本は一瞬どうでもよくなってしまった。『実存論的神学』を手に取ると、しばらく休憩することにした。それにしてもきれいな本だ。私の生まれる前年に発行されているのだから、もう43年経っているのに、とてもそうは思えない。中を調べると、1箇所うすい鉛筆で印が入っている他は、 傍線や書き込みは全くない。確かR大に数冊あるうちの何冊かは、心ない読者によって傍線を、それもボールペンで引かれていたと記憶している。何でそっちを残してこの美本の方を捨てるのだろう。

 裏表紙の見返しを見ると「友愛書房」のシールがはってある。ということはR大が古書店で購入して蔵書に加えたものかも知れない。その下の方には前の所有者のネームと購入日が入っている。日付は1967年となっている。ちょっと遅れて購入したのかなと思って表紙の見返しを見ると、別の名前と日付が入っている。こちらは1964年7月となっているから、出版されておよそ1ヶ月で購入した最初の読者がいたことになる。すると二人目の読者が古書店で購入して、その後にR大に寄贈したのか? いずれにしろ四十余年の年月を幾人かの人たちの手を経て、ついに持つべき人(私)のところへ届けられたわけである。

 さて、この1冊だけでもういいやという気分を納め、中断した作業を再開する。結局持ち帰ることの出来たのは以下の15冊だ。

・野呂芳男『実存論的神学』創文社、1964年
・渡辺善太『旧約聖書の由来』1929年
・フェルヂナン・ド・ソシュール『言語学原論』岩波書店, 1967年
・J. M. Robinson & J. B. Cobb Jr., Theology as History, Harper & Row, 1967年
・S, Neill & T. Wright, The Interoretation of the New Testament, Oxford UP., 1988
・W. Pannenberg, Was ist der Mensch? ,Vandenhoeck & Ruprecht, 1962
・Paul Tillich, Systematic Theology, Vol.1, The University of Chicago Press, 1951
・Friedrich Gogarten, Die Wirklichkeit des Glauben, Freidrich Vorwerk Verlag, 1957
・Friedrich Gogarten, Christ the Crisis, SCM Press, 1970
・John Macquarrie, Contemporary Religious Thinkers, Happer & Row, 1968
・Heinrich Ott, Gott, Kreuz-Verlag, 1971
・Joseph Fletcher, Situation Ethics, SCM Press, 1966
・H. Richard Niebuhr, The Responsible Self, Harper & Row, 1963.
・Oscar Cullmann, Vorträge und Aufsätze, J. C. B. Mohr, 1966
・Hreinrich Ott, Wirklichkeit und Glaube, Zweiter Bnd, 1969

106_0660   他にも、たとえばAlbert RitschlのDie christliche Lehre von der Rechtfertigung und Versohnungの三巻本が新品同様の状態で廃棄を待っていたので、これは持ち帰りたかったが、どうにも入りきらない。講師室も今日はもう閉まっている。諦めることにした。中を見るとひげ文字でどうにも読む気が起こらない、というよりこんな分厚い本をひげ文字のドイツ語で読める気がしない。持ち帰っても一生読まないに違いないから、まあいいことにした。Cullmannの本は太くて重いのでやめることにしたはずなのだが、帰って確認するとどういうわけか鞄に入っていた。それだったらかわりにRitschlにしとくべきだったか? いやいや、やっぱりひげ文字は持ち帰ってもしかたがないよ。と未だに心の中で問答が続いている。

 帰りの電車ではMK大から借りてきた橋爪大三郎の『仏教の言説戦略』(勁草書房)を読む。「言語ゲームとしての宗教」という理解についてはいつか決着をつけなくてはならいのだが、「言語ゲーム」という概念自体が難解なのと、それが持っているある種の真理性をどう評価するかについてなかなか考えがまとまらない。今回授業で橋爪さんの別の本を使ったら、この本を参照と書いてあったので借りた。よく知られた本なのにこれまで読まなかったのはある意味不思議だ。別に今日この本を借りなくてもよかったかなとふと考える。借りなければRitschlが入ったかも……いや、もうやめにしよう。

 これで獲得した本の数は45冊になる。しかし、まだ講師室に置いてきた本が10冊以上あるはずだ。もう1週間、市をのばしてくれれば100冊はいったのに。残念。でもそんなたくさん持ち帰っても、欲望とは果てしないものだから、ここにある本全てを持ち帰りたくなるに違いない。しかも、置き場所がなくてかなり困ることになるのは目に見えている。青空市が終わってくれてほっとしているというのが本音かも知れない。

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コメント

いまアマゾンで調べると『実存論的神学』は19,980~37,900円で売られております。値段的に見ても今回の収穫物の中で最高かも。

投稿: 桶川利夫 | 2008-06-07 23:22

いやー、壮麗な収穫、すばらしいですね。私も、同じ場にいたら、持って帰れるだけ持って帰りそうです(あるいは、箱詰めしてコンビニに持っていって、宅急便で自宅に送って、それを何回も繰り返すとか)。ただより安いものはありません。

それにしても、R大もずいぶん思い切った処分ですね。まぁ、確かに重複して借りる人が出ることはなさそうな本たちではありますが…。

今回の収穫が、今後のご研究にもよい結果を生むであろうことを期待してます。

投稿: pensie_log | 2008-06-08 23:50

大福先生に加えて、ジョン・B.カブのマボロシの共著まで入手されて、まさに大漁ですね。うらやましいかぎりです。

そして、R大にも哲学書の散逸を憂い、知の渉猟を続ける方がおられる(にちがいない)ことを知り、とても嬉しくなりました。友愛書房、懐かしいですね。学科の関係者は、誰も友愛の人を呼ばなかったんですかね。

ところで、私の蔵書自慢のひとつが、箱入りの『実存論的神学』なのですが、桶川氏がこれまで入手されていなかったことに、驚きました。よかったですね。

投稿: 白頭庵 | 2008-06-09 00:16

>宅急便で自宅に送って、それを何回も繰り返すとか……

それを後で妻に言われました。
まあ、それをやり出すと切りがない気もしますが。

>箱入りの『実存論的神学』

そんなのは今まで見たことがありません。うらやましい。

>これまで入手されていなかったことに、驚きました。

これまではコピーの2冊綴じでずっと読んできました。この豪華2巻本は先生ご本人にお貸ししたこともあります。(笑)


投稿: 桶川利夫 | 2008-06-09 21:16

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