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2010-05-28

追悼 野呂芳男先生

 野呂先生が亡くなられて一月あまりが経った。先月の今日、私は突然この知らせに接したのだった。私は若い頃、先生からキリスト教神学というものをはじめて学び、それにのめり込んでいった。先生に出会わなかったらよかれ悪しかれこうはなっていなかっただろう。先生が退官されて後長い間お会いすることもなかったが、十数年後に再び晩年の先生に接することができた。学生の頃ははるか高みの存在で近づきがたかった先生だっがが、今度はお宅にまでお邪魔して、間近で何度もお話を聞けたことはことは存外の幸せだった。先生にホームページ開設をお勧めし、その管理者になったのは、先生と特別な関係になりたかったからだ。晩年の先生の思想はそれまでのイメージを相当に覆すものだったし、また学生の頃には知らなかった人間としての先生の姿も知ることが出来た。

 いつも先生には驚かされてきた。先生の奥底に何が隠されているのか計り知れない気がした。戦時中の統制下に多感な時期を過ごし、しかも戦災により天涯孤独となられた先生の運命は、先生の生き方や神学に決定的な影響を与えていると私には思えた。先生がそのことについて多くを語られない分いっそう、先生の人生ということを想像せずにはいられなかった。そして、亡くなられてさらにこの思いは強くなった。なんという底知れぬ人間だったことだろう。

 しかし同時に私の脳裏に浮かぶのは先生の天真爛漫な笑顔であり、ゼミ生(実にいろんな年代のいろんな人たちがいた)の話に興味深そうに頷かれるときのあの歓待の雰囲気である。先生は全く独自の強力な思索をされていたから、ゼミ生が思いつきで発言したことなどに左右されることなどはあり得ないのだが、しかし他人の意見はどんなつまらない意見でもじっくりと終わりまで聞かれ、「ほおー」と関心するようなため息をつかれた。それで先生はその意見に賛成なのかなと一瞬思うのだが、そうではない。先生には揺らぐことのないご自分の考えがあって、「なるほどね。では、私の考えをお話ししましょう」といって、ゆっくりと話はじめられる。この話は乗ってくると徐々に説教調になり、甲高くなり、他の学者の説に対しては辛辣となり、歯に衣を着せぬものとなってくる。「まあね、こんなのはナンセンスですよ!」。不用意に近づくと斬られるという雰囲気があって、私など先生の前に出ると何も言えなかった。

 私は他人が斬られるのをたびたび目にしてきた。それは同僚の先生だったり、大学院生だったりする場合もあるが、単なる学部の学生の場合もある。ある時、キリスト教と文学についての授業で、サリンジャーに対する先生の解釈に反対した英文学科3年の女子学生がいた。彼女はたぶん、日本人が一般的にサリンジャーを読むときの感覚から、宗教性が満載された先生のサリンジャー解釈に異をとなえたのだった。孫とまではいかないまでもたぶん娘さんよりずっと年下であろうこの女学生を、先生は軽くいなすどころか、彼女に対して真っ向から戦いを挑み、彼女の説を頑として認めようとはされなかった。「まあ、そういう解釈もありますね」とは決して言われなかった。大事なことを論じるときには、きっと相手が誰であるかなどという社会的な判断はどうでもよくなってしまわれるのだろう。

 先生はふだん人と接するときには大変気配りをされる方だが、先生の神学にはへんな気配りはない。学界の趨勢とか、社会のムードとか、誰かに気を遣っているというところがない。だから、そこには真理が語られているという雰囲気が立ちこめている。それは事態をおさめるためにうまく調停をしようとして出てくる発言ではない。目配りのきいたバランス感覚に優れた神学者ばりが目立つ中で、先生のような神学者はもう出ないのだろう。一度だけ私は先生に怒られたことがある。それはこの世でもっとも恐ろしいものの一つだった。それについてはもう思い出したくもないが、そのとき、神学にはウォルムスの議会で全カトリックの権威を前にしてルターが言ったような「われここに立つ」ということが必要なのだと言われたことが忘れられない。先生の神学上の発言はすべてそのような決意の上に立ったものだったに違いない。

 そうであるだけに、野呂先生が残された多くの言葉は真剣な、それこそ命がけの検討に値するものである。私は「後期野呂神学」という言い方をしているが、『神と希望』以降の先生の神学は、前期の雰囲気からはずいぶんと変化した観がある。しかし多分、それは前期の先生の中にすでにあったものだったに違いない。ただ、奥深くに隠れていたから見えなかっただけである。それが、1980年代の頃になって少しずつ表に出てきたのだ。晩年の先生は何にもとらわれることなく生き生きと自分の考えを展開されていったのではないかと思う。これらの仕事が私の前に残されている。私は一生かかってそれに取り組んでいくことになるのだろう。

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コメント

記事を何度も読み返し、色々な思いが込み上げ涙が止まりません。

桶川さんのおっしゃる「後期野呂神学」について、桶川さんがどのように受け止めておられるのかに大変興味が湧きました。とうとう上梓することの叶わなかった『実存論的神学』の改訂版、データ原稿のまま(ゲラ推敲は何度か行ったものの)未だに眠っています。その作業からさらに数年経ち、改訂版でも最晩年の野呂神学には追いついていない感が私にはあります。

まあお互い焦らず、ゆっくりといきましょう。

投稿: トロウ | 2010-05-29 20:22

後期野呂神学については後々また書くとして、『実存論的神学』の改訂版には興味津々です。いったいどこが改訂されているのだろう。それはいずれ何らかの形で世に出るべきものだと思います。また、その改訂版の後の先生の最晩年の思想となるとたぶんトロウさん、というより豆大福さんしか知らないと思うので、何とかそれを教えていただきたいと思います。ま、実を言うと、ちょっと聞くのが怖いんですが。

たしかにそのとおりで、あわてる必要はありませんね。じっくりと腰を落ち着けてやればいいと思います。

投稿: | 2010-06-01 17:39

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