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2010-08-11

追悼特集

 『福音と世界』9月号で野呂先生の追悼特集を組んでいただいた。本当は、もっと多くの方々に寄稿していただきたかったのだが、すでに特集の予定が組まれているところに後から割り込む形なので、追悼論文1つ、研究論文2つということになった。それでも素早く対応していただいたおかげで早く出てよかった。まだ先生の逝去を知らない人もおられると思うので、まず第一報としてはこれでよいと思う。

 そう、これははじまりにすぎないのだ。まだ雑誌が届いていないので内容は知らないのだが、宇都宮先生の追悼文のタイトルが"Departure"となっているのには、胸をうたれる。われわれも先生もこれからはじまるのだ。そう思うと勇気が出てくる。

 実は研究論文の1つを私が書かせていただいているのだが、私なんかが書いたことも、また書いた内容も、はたして野呂先生に喜んでいただけるか不安だ。後期野呂神学をという編集者からの指定にしたがい、『神と希望』以降の先生の思想を取り上げたのだが、いっぱい論点がありすぎで、とても3,000字などにはおさまらない。結果としては、論ずるというよりはやはり詠じるような文章になってしまったと思う。

 今回、これを書くために『実存論的神学』(1964)からはじめて『キリスト教神学と開けゆく宇宙』(1996)までの主要著作を通して読んだが、その感想は、先のブログにも書いたように先生の思想の一貫性だった。

 私は「後期野呂問題」などと勝手に呼んで、何か大きな転回があったかのように考えてきた。たしかに、1970年代の終わりごろに日本の民衆宗教への関心の転換があったことは確かだ。しかし、今回通読してみて印象に残ったのはむしろそうした変化にもかかわらず昔から一貫して変わらない面だった。むしろそれは、変わるはずのない面だったと言って良いかもしれない。

 では、何が変わって何が変わらないのか? それは一口では言えない。それを一つ一つチェックしようとしたが、とても時間がないし、第一スペースがない。また分からないことも多い。結局論文では、変わらない方に強調点をおき、しかも特に「不条理との戦い」という野呂神学の姿勢に的を絞った。生前の先生のお顔を思い出す時、このテーマをまず言わなければならない気がしたからだ。

 しかし、論点はあまりにも多い。私は野呂先生の弟子であり、野呂先生によって神学を知り、野呂先生に決定的な影響を受けてきた者である。しかし、先生の神学には多くの疑問を持ち続けてきた者でもある。分からないことがたくさんあったし、今もある。先生には親しく一対一で教えを請う機会が多くあったにもかかわらず、そうした疑問について十分に質問することはできないままだった。これは悔やまれるが、同時に仕方のないことだとも思う。

 先生にお聞きしたかった問題は、結局いくら先生に答えてもらったところでどうしようもない問題なのだ。それは自分自身が格闘し、態度決定していく他はない問題なのだ。

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