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2012-02-19

実存論的神学の確立(1)

 野呂先生のHPに載せている書誌(Bibliography-A)をより詳細なものに更新した。そのついでに、年代順に見ることの出来る書誌(bibliographyB)のページを作った。先日トロウ氏からもらった先生本人の覚え書きをもとにしているので、かなり正確な書誌になっていると思う。

 22歳の時に提出された日本基督専門学校の卒業論文「ウェスレーに於ける義認と聖化」(1948)からはじまり、その後約60年間で発表された論文、著書、翻訳、対談、講演、口頭発表などを発表年順に載せている。その結果、先生最後の発表論文は、HPに載せた日比野英次氏への回答「人生の諸段階(キルケゴール)について」ということになった。トロウ氏によれば、最晩年に書かれた未発表論文が数編あるということだが、いまのところ野呂先生の最後の論文は日比野さん宛てなのである。

 それはさておき、この年表にそって見ていくと、野呂先生がどの時期にどのような神学的な思索をされたか、そこにどのような思考の展開があったのかがとても分かりやすい。そこでこの年表にそって、若き日の野呂先生が自身の神学を「実存論的神学」として確立していくまでのプロセスを探ってみよう。しばらくは主にこのテーマで書いていくことになると思う。

 先生が学位論文以外に雑誌にはじめて発表された論文は、ウェスレー関係のものを除けば、米国への留学から帰国した1956年に発表された「時と永遠」という論文である。野呂芳男31歳の時である。

 主著『実存論的神学』(以下『実神』と略す)は1964年の出版だが、その第7章のタイトルが「時と永遠」である。これは未確認なのだが、おそらくこの第7章の主要な部分はこの1956年の論文がもとになっているはずである。ちなみに、『実神』の他の章は、ほぼこの1956年からの約8年のあいだに書かれた論文がもとになっているものと思われる。年代順に列挙してみよう。

「時と永遠」(1956)→『実神』第7章「時と永遠」
「話し合いの問題と神学的認識論」(1957)→『実神』第2章「話し合いの問題と神学的認識論」
「実存論的なキリスト論への一試み」 (1959)→『実神』第6章「キリストとしてのイエスの出来事」
「ポール・ティリックの存在論」(1960)→『実神』第4章「ポール・ティリックの神秘的存在論」
「贖罪論の実存論的理解方向」 (1961)→『実神』第6章「キリストとしてのイエスの出来事」
「神学における主観―客観構造の超克」 (1962)→『実神』第5章「神学における主観―客観構造の超克」
「現代状況と福音の理解」(1962)→『実神』第1章「現代状況と福音の理解」
「死後の命」(1963)→『実神』第8書「死後の命」

第3章「啓示と実存」だけが、自作の著書目録に初出が出ていない。あるいはこれだけが書き下ろしなのかもしれない。それ以外の各章は、「ポール・ティリックの存在論」と「時と永遠」以外は、実際に内容を確認しているが、ほぼ主要な内容は初出の論文に含まれている。

 野呂芳男の独自の神学的な立場は『実神』によって確立されたと言ってよいが、それは帰国後約9年間のうちに上記の諸論文に結実した思索によって徐々に形をなしていったことが分かる。(つづく)

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