« 実存論的神学の確立(5) | トップページ | 邂逅 »

2012-02-29

実存論的神学の確立(6)

 第3節はフリードリッヒ・フォン・ヒューゲルを中心に論述されるが、ここでも相当な改訂がなされており、しかもフォン・ヒューゲルの思想についての野呂師の評価はこの時期に大きく変化したと言えるので、その考察は少し時間をかけて行う必要がある。ここでは今の時点で言えることを少しだけ書いておこう。

 ここに「フリードリッヒ・フォン・ヒューゲルの神学」という論文のコピーがある。これは1958年に『基督教論集』に載ったものである。この雑誌は青山学院大学文学部の紀要で、創刊は前年の1957年である。この創刊号は野呂師の英語論文 "The Theology of Friedrich von Hugel" を載せている。これは1955年提出の博士論文"Impassibilitas Dei"のPart III を元にした論文である。そして1958年の論文はこの英語論文の前半部分を邦訳したものである。

 1958年と言えば、カール・マイケルソンが日本に滞在した年である。このマイケルソンとの交流が野呂師の思想的転換の大きな要因の一つとなったことは既に述べた。しかし、当然かも知れないが、この年に出た「フリードリッヒ・フォン・ヒューゲルの神学」には、まだその転換は現れていない。

 論文の冒頭部分では、それまでに自分の神学形成に影響を与えた神学者たちが列挙されるが、まず第一はカール・バルトである。神学的思惟における啓示の中心性という点でバルトからの影響は大きいという。次に挙げられているのがエドウィン・ルイスである。ルイスからは啓示の内容の理解について影響を受けたとしている。ただ、ルイスの神観については、それが悪の問題の解決と密接に関連しているとしながらも、それに全面的には賛成できないことが述べられている。

わたしは此のようなルイスの思索が信仰の確かさを奪うことをおそれるのである。(『基督教論集』第6号1958年、1頁)

これまでにも述べてきた通り、このルイスへの疑念が実存論的神学へ踏み切ることによって解消されたのである。

 ルイスに次いで挙げられる神学者の名は、ニコラス・ベルジャーエフ、パウル・ティリッヒ、ラインホルド・ニーバーであり、人間の自由の重要性や現代における護教論が如何にあるべきかといった点を彼らから学んだという。そしてその後に挙げられるのがフォン・ヒューゲルである。次のように書かれている。

以上挙げた神学者の誰も私の神観形成に、フリードリッヒ・フォン・ヒューゲルほどに影響を与えなかったのである。(同上、2頁)

私はこの論文を最初に読んだ時、フォン・ヒューゲルにこれほどの評価がなされていることに少々驚いた。『実存論的神学』の「時と永遠」で集中的に論じられてはいるものの、後年の『神と希望』などでの言及はそれほど多くはないからである。その理由はおそらく、これが出版された直後に野呂師の思想に起こった大きな方向転換である。

 前にも述べたように実存論的神学へ大きく舵を切ることになった「実存論的なキリスト論への試み」は、翌年の1959年に書かれている。そこでは、フォン・ヒューゲルの神学の存在論的な傾向に決別することが宣言されているのだから、1958年から59年にかけての時期が野呂師の神学形成におとっていかに決定的であったかが想像できよう。英語論文の前半を訳出したこの論文の後半部分の邦訳がついに発表されなかったのもこの方向転換のためだろう。

 このようにみていくと、今検討中の「時と永遠」の第3節が相当書き換えられているのは当然であり、第2節と同様、第3節の検討も実存論的神学の確立を考える上で重要であろう。(つづく)

|

« 実存論的神学の確立(5) | トップページ | 邂逅 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



« 実存論的神学の確立(5) | トップページ | 邂逅 »