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2013-10-07

書庫

現在、野呂先生の遺品を整理中。その大半は本とこけしである。本と本の間などに、著名な神学者たちからの手紙や、先生の学生(中にはすでに著名な学者の方々)の論文なども保存されている。

しかし、私にとってもっとも興味深いのは、先生のノートやメモ類だ。先生は論文や講義を構想される際、不要になった原稿用紙などを10センチ四方くらいに切って、その裏に着想などのメモを書き付け、後からそれを一つの筋にまとめていかれたようである。これらを見ていると、野呂先生の頭の中をのぞき込んでいるようだ。

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かつて小説家の埴谷雄高氏も似たようなことをされていたのを、NHKのドキュメントで見たことがある。和菓子の空き箱のよううなものに、メモを書きつけた紙片がいっぱいため込まれていた。これらをいろいろに組み合わせながら、氏は『死霊』を執筆された。昔は、創造的な学者や作家の多くがこうしたやりかたをしていたのだろう。

これらをシステム化したのがカードやルーズ・リーフだろう。梅棹忠夫『知的生産の技術』には、京大式カードなるものが紹介されていたはずだ(手元に本がないので未確認)。やがて、ワープロ、パソコンの登場によって、そうしたものも廃れていった。しかし、野呂先生のこのメモ類を見ていると、ワープロ、パソコンでは代替しきれていない何かがここにはあるのではないかと思えてくる。

こうしたメモ類を、今はゆっくり見ている余裕はない。明日は引っ越しだ。

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