2008-06-01

論文発掘

 埋もれたままになっているはずの大福先生の論文がまだまだあるはずだと書きましたが、先日ある神学者の古い論文を読んでいて大福先生の論文が引用されてるのを見つけました。「神学における歴史と自然の問題」というタイトルで、1965年発行となっています。私が生まれた年です。

 さっそくR大図書館で調べると、A学院大学の紀要の第9号に載っているはずが、なぜかその号だけが蔵書から抜け落ちている。その前後はすべての号がそろっているのに大福先生のまだ見ぬ論文の号だけが欠けているのです。これはいかにも不自然だ。誰かが抜き取ったのか? とすれば一体誰が? 何のために? 謎は深まるばかりです。

 しかし家へ帰ってHPに載せている著作リストで確認すると、同じタイトルの論文が1966年発行になっています。これはR大学の雑誌に載った著作リストに基づいて私が作成したものなので、その雑誌を確認するとやはり1966年となっていました。どっちが本当なのだろう? 図書館で調べたとき、第9号(1965年)の前後に先生の論文はなかったと思うのですが、見落としたかも知れない。何せ9号が欠けていることに唖然としたので、そこまで気がまわらなかったのです。そんなわけで、これについては再調査したいと思います。

 ところで、それとは別に同じ雑誌のもっと古い号に、大福先生の論文を見つけました。"The Theology od Friedrich von Hugel" という英語の論文で、その邦訳も同じ大学の別の雑誌に「フリードリッヒ・フォン・ヒューゲルの神学」というタイトルで掲載されています。英文の方が1957年、邦訳は1958年の論文で、どちらもHPのリストには載っていなかったため、至急追加しました。先生は56年の春に米国留学から帰国されていると思うので、恐らく日本語の雑誌論文としては最も初期のものになるのではないかと思います。同じ年に「現代状況と福音の理解」という論文も発表されていて、これは後の1964年の『実存論的神学』の第一章になった論文ですから、この時期はまさに実存論的神学の形成期に当たると言ってよいわけですね。

 フォン・ヒューゲル(Friedrich von Hügel 1852-1925)と言っても、不勉強な私はトレルチの「歴史主義とその克服」に序文を書いた人としてしか知らず、先生が論文の冒頭でご自分が影響を受けた神学者としてE・ルイス、N・ベルジャーエフ、R・ニーバー、P・ティリヒの名を列挙されながら、「以上あげた神学者の誰も私の神観形成に、フリードリヒ・フォン・ヒューゲルほどに影響を与えなかった」(『基督教論集』第六号、2頁)と書かれているのには驚きました。今調べてみると、著書のいくつかの場所で先生はフォン・ヒューゲルに言及されているのですが、現物を読んでいない私には印象が薄かったようです。

 しかしもう一つ驚いたのはこの論文の書き出しの一行です。

現在までに、私の神学的思索に大きな影響をおよぼした人々として私は数人の神学者をあげることが出来る。カール・バルトはその一人である。(1頁)

真っ先にバルトを挙げておられるのは意外です。たしかにバルトは二十世紀のプロテスタントを代表する神学者であって、広い意味では当然先生にも影響を与えてもいるでしょう。ただ、もし現在先生がこの頃をふり返られた時、はたして同じような言い方をされるかどうか。

 たとえばこの後の文章でも、

もし、今日、誰かが、カール・バルトの神学は不合理主義であると言うならば、彼は不条理な言葉を語っているのである。(11頁)

として、バルトを擁護されていますが、私は先日バルトに対するこれと正反対の先生の評価をお聞きしたばかりです。(「ばかり」といっても、もう1年くらい前のことになりますが……)。そういうバルトに対する先生の態度を見ている者としては、論文の冒頭でいきなりバルトからの影響について語られているというのはとても意外に思えました。

 ただ、その後の頁で先生はバルトに対して批判もされていて、「創造者に対応する被造物における比論が、ただ単にキリストによる特殊な神の言葉を受け取る可能性の中にのみ存在すると主張するバルトの傾向」は、不合理主義と言われても仕方がないと書かれています。(12頁)。

 結局よく読めば、基本的に現在の先生の立場と矛盾することが述べられているわけではないのですが、先生のバルトに対する批判はこの時代からどんどん厳しいものになっていったし、この論文ではほんの少ししか触れられていないブルトマン(「現代状況と福音の理解」の方では大きく取り上げられている)ら実存論的な神学者たちからはより多くのものを吸収されるようになっていったのではないでしょうか。

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2008-05-23

ひさしぶりの更新

 このブログもそうなのですが、ここでは大福先生のホームページのことです。約一年ぶりということになります。豆大福さん作成によるティリッヒ『芸術と建築について』の書評を先日アップしました。履歴を見ると、昨年の四月から一年以上更新していなかったことになります。また、先生のテクストとしては一昨年の六月にアップした「神学と世界観を媒介するもの」以来なので二年ぶりです。

 更新を怠っているうちにアクセス数も減ってきていて、2万件の手前でやや足踏み状態です。しかしながら、過去に書かれた論文の再録が多いとは言え、キリスト教神学に関する本格的な内容を提示しているという点で言えば国内随一と自負しています。神学関係の言葉を検索するとしばしばこのページに行き着くことがあって、たとえば「聖霊論」、「救済史」、「贖罪論」、「聖餐論」などの用語や、「神の死」、「テリッヒ」、「ブルトマン」などの人名をGoogleで検索すると10位以内にわれらがサイトが出てきます。神学生が即席レポートに大福先生の論文を盗用して神学教師の苦笑をさそうといった現象もあるいは起こっているかも知れません。なお、「サリンジャー」でも第6番目に出てくるので、アメリカ文学をやる学生には先生の名が意外と知られてるかも。(笑)

 これまで先生の過去の雑誌論文を中心にたくさんのテクストをアップしてくることが出来たのは、雑誌のコピーをもとにボランティアで大量の打ち込み作業をして下さった方々のおかげです。特にヒラピャンさんとクロロさんはネットでの募集にメールで応じてくださり、その後かなり長い期間にわたって作業を続け、大量のテクストをタイプしてくださいました。その後も未だ直接お会いしたことはありませんが、この場で改めて感謝を申し上げます。他にもカリメロさん、pensie_logさん、それに今回の豆大福さんにもお世話になりました。ありがとうございます。

 今はまったく私の個人的な都合により休止状態のようになってはいますが、もう少し余裕が出来たらまた再開するつもりです。今回のテクストは豆大福氏が新しく「発見」されたものですが、サイトのbibliographyからもれている文章もまだまだあるのではないかと思います。みなさんの「こんなところでみつけたぞ」といった情報をお待ちしています。そのほか、大福先生に関連する論文やエッセイなども今後は載せていきたいと思っています。むしろ大福研究が本当の目的のつもりなので、是非みなさんのご協力をお願いいたします。

 なお、このブログで私は桶川利夫というペンネームを使っており、それに合わせて私を含めた知人の名前を原則的にニックネームないしは仮名で呼んでいます。ただしそれは匿名ということでは必ずしもありません。大福先生が誰なのかは上のリンクからすぐに分かってしまうし、その管理者である私が誰かもすぐに分かるはずです。ただ、ブログの記事は少しくだけた話も描きたいので、一応本名で書く文章とは区別しておきたい、ワンクッション置きたいだけです。たとえば私の本名で検索をかけた時、このブログの記事が大量に出てきてしまうのはちょっとイヤだなと思うわけです。ですから一応はペンネームで書くことをお許し下さい。もし本名が知りたければ、上のような仕方でお知り下さい。匿名は卑怯だと考える人もいるでしょうし、それにはある意味では共感するところなので、念のために断っておきました。あしからず。

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2006-09-23

次元的思考

 学会での発表が終わった。私の前ではPensie_log氏が発表されたし、トロウ氏や吉田氏にもお会いすることが出来た。この研究会での議論のおかげで、かなりよく練った上で発表に臨むことが出来たと思う。屋根裏部屋から一気に表舞台へではなく、ひとクッション置くことは、やはりかなり精神的にも楽であった。トロウ氏やPensie_log氏から指摘を受けたように、課題はいろいろと残っているので、今後もこのテーマについては考えていくことになると思う。

 さて、それはともかく発表が無事終わった後、やや長い昼休みがあったので、会場を抜け出して少し散歩をしてきた。実はこの会場の近くに、トロウ氏がユーカリスティアのニュースレターで紹介されていた「実存論的神学発祥の地」とも言うべき場所があるのだ。野呂芳男『ジョン・ウェスレー』(松鶴亭、2005年)の中では、その場所について次のように描写されている。

 四谷への途上で、タクシーは必ずといってよいほどに赤坂見附で立ち往生した。今では高速道路が何層にも重なって上の方に通っているのだが、当時は平面上の交差点に五つほどの信号機があり、青に変わるのを待たなければならなかった。ところがある日、そこに高速道路が一つ、地面より高い空間に作られ、同じ平面を走っているのであれば互いにぶつかり合う事情が回避され始めた。このように上の方の道路が増えていくたびに、下の方の交通の便がよくなる。私はそれを見て、長い間考え抜いていた事柄の解決のヒントを得たのである。(『ジョン・ウェスレー』305頁)

これがいわゆる「次元的思考」(dimensiona thinking)という発想 176_7675_2 の誕生と なったエピソードである。私は先生のタクシーとはちょうど逆に、四谷から赤坂へ向かう川沿いの道を弁慶堀ぞいに歩いて行ったことになる。人通りのほとんどない歩道を首都高を上に見ながら行くと、やがて前方に見えてくる空間が赤坂見附の交差点である。

 この文章では、「次元的思考」は、ウェスレーにおける神の絶対的な恵みと人間の自由意志の働きとの関係を説明するものとして用いられている。つまり、人間の自由意志と神の恵みを同じ次元で考えると両者はぶつかってしまうのだが、もし神の恵みが高速道路を、人間の自由意志は下の道を走っているのだと考えるば、両者がぶつからずにすむ、ということである。

176_7686_2  『実存論的神学』(223頁前後)では、主に聖書の史的・批判的研究と信仰との関係を説明するために同じ発想が用いられている。聖書を他の資料と同様にどこまでも客観的に研究していくことと、聖書に描かれたメッセージを受け止めることとは別の次元の問題であると考えることで、歴史的思惟が信仰を破壊するという状況を回避することが出来る。聖書の歴史批判と出会って茫然としていた学生時代の私にとって、この教えが与えてくれた解放は大きかった。

 東京近辺に随分長く住んでいるが、自分をある意味で救ってくれた次元的思考の発想が生まれた場所を訪れるのは初めてであった。思えば、この交差点にさしかかる人や車は、それぞれ様々な目的や性質を持っている。それらがぶつかり合うこともなく、整然と流れていく様には確かに感心させられるものがある。胃潰瘍の治療のためにタクシーで病院へ向かう途中の先生にしてみれば、交差点を立体式にするという発想は、非常に便利に思われたに違いない。この見事な情景を写真に収めようと思ったが、全貌を視野に入れるような場所がなく、部分的な写真になって176_7691_2 しまった。

 ところで、このような次元的思考は、言わば聖域なき歴史研究を可能にする。世界史的次元においては、聖書は他のすべての文献と同じように扱われなければならないし、イエスはどこまでも一人の人間として探究されなければならない。これについて書かれている部分を引用しよう。

……イエスの世界史的研究だけは、他の世俗の出来事と違って、信仰的になされなければならないというならば、それは、キリスト教の教理上の仮現説(docetism)と全く同じことではないか。これは、受肉の事実の否定以外の何ものでもない。イエスの出来事が、真に人間の出来事であったと言うならば、明らかに、それは世俗の出来事なのであって、世俗の出来事を研究すると同じ方法論が、適用されるのが当然である。(『実存論的神学』238頁)

これは、学生の頃の私にとって、きわめて説得力のある言葉であったはずである。ただここで現在の私は「はっ」とするのである。この文章は「仮現説」への拒否が当然のように前提となっているのだが、昨今の先生は「仮現説」を必ずしも否定されない。とすれば、こうした箇所は現在の野呂先生の思想からはどのように理解すればよいのだろう。

 しかし、残念ながら今の私にその問題に取り組む余裕はない。この秋は個人的にいろいろな大事な課題が重なっていて、他のことが出来そうにない。しかし、年が明ければそれらが全て終わっているはずである。(そうであって欲しい)。その後は餅でも食いながらじっくり「後期野呂芳男問題」に取り組みたいと思っている。

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2006-08-10

野呂―日比野論争(3)

 日比野氏がSMAPのヒット曲を引用しながら、「ナンバーワン」と「オンリーワン」の違いについて野呂先生に説明されたとき、先生は「ナンバーワンにならなくてもいい」ということに批判的であられたという。このエピソードがずっと気になっていた。なぜ先生はそうお考えなのだろう。

 ここで問題になっている点について少し確認しておこう。「ナンバーワン」とは、様々な花と比較した上でこの花が一番だということである。それに対して、「オンリーワン」とは、そのような比較がはじめから問題にならないもののことであって、私にとってこの花は取り替えのきかない唯一の存在であるということである。私にとって私の家族や友人、生活環境のすべて、人生全体は、そのようなものであって、そのような人生への態度において「ナンバーワン」をめざす必要はない、というのがこの歌の主旨である。(こんな風に歌詞を説明することは無粋ではあるが)。

 ところで、先の歌を初めて聞いたときに思い浮かべたのは、批評家の柄谷行人氏が『探求Ⅱ』(講談社)の中で述べていたことである。柄谷氏は、哲学は常に「一般性―特殊性」という軸で物事を考えるのに対して、「この私」はそのような軸によってはとらえることができないと言う。哲学が論じるのはいつも「私」一般であり、個々の「私」はそのような一般性に包摂される特殊性として扱われる。これに対して、「この私」は決してそのような軸では語れない。なぜならそれは、「普遍性―単独性」の軸のうちにあるからである。「ナンバーワン」というとらえかたは「一般性―特殊性」のカテゴリーに属し、「オンリーワン」というとらえ方は「普遍性―個別性単独性」のカテゴリーに属することになろう。

 大学院生の頃、はじめてこの議論に接したとき、我が意を得たりの感じを持ったことを覚えている。その頃、私はキリスト教の独自性の問題を考えていたが、キリスト教は私にとって取り替えのきかない唯一の宗教であって、他宗教と比較することはできないし、その必要ないと考えることは、この問題に対する一つの解決のように思われた。だが、この解決は、いわばキリスト教に「ナンバーワンにならなくてもいい、オンリーワンでいいんだ」と言うことである。そして、日比野氏の言わんとするところは、野呂先生の「諸宗教における百花寮乱の個々の花の美しさを尊ぶ態度」は、まさに「オンリーワンでいいんだ」という立場であるはずなのに、実際には先生はそこに満足せずに「様々な花の美しさの比較」によって「ナンバーワン」へと向かわれる、これは矛盾だ、ということである。氏はこう書いておられる。

率直に言って、私の目には、諸宗教の個別性を尊ぶ相対主義を主張しながらも、それに徹することなく、むしろ最終的には宗教の普遍性を求めてやまない――それが先生の立場であるように見える。……(中略)……個々の美しい花を愛でることに心から満足していれば、「接木」など余計なことではないか。「接木」とは本来、言わば「あれも―これも」というヘーゲル的欲望に基づくものに他ならない。

ここで、「宗教の個別性を尊ぶ相対主義」という言い方がやや気になるところだが、氏の疑問自体はよく理解できる。たしかに先生は、一方で宗教の個別の美しさを言いながら、他方でその個別性同志を比較してより優れたものを求めようとされる。そして一見先生の宗教への態度を擁護しているかに見えるSMAPの歌詞を批判されるのである。これは矛盾ではないのか。

 しかし、実は現在の私には、ある文脈で先生のお考えに共感できる面がある。先生のSMAPの歌詞に対する批判的は、もしかすると私がこの秋に開かれる学会で発表しようとしていることと関係があるのではないだろうかと思うのである。そこで私はフライやリンドベックなどのイェール学派の神学について扱おうと思っているが、彼らが志向しているのは、各宗教や宗派が、それぞれの個別性に自足しつつ、互いを排除しないで共存していくという方向である。この神学にとって、神学の課題は、自分たちの主張を命題として示すことでもなければ、他の宗教との共通の経験を探ることでなく、宗教共同体(教会)の生活形式、文法、言語ゲームなどを記述することにある。このイェール型の神学は、考えようによっては、まさに「キリスト教はナンバーワンでなくてもいい。私たちにとってのオンリーワンならそれでいい」という立場と言えるのではないか。そして、野呂先生が批判されるのは、このようなタイプの神学ではないかという気がするのである。

 私は先日、先生宅をお邪魔したばかりだから、先生の真意を問いただす機会はいくらでもあったのだが、他の質問も多くあったということもあり、まだお聞きしていない。だから、お聞きするまでは、自分の文脈で勝手な想像をしてみようと思う。これは私自身の研究発表のウォーミングアップでもある。公的な発表の前に屋根裏部屋で行う下準備を、少しでも他の研究者と共有することが、この研究会の目的の一つだったわけなので、今回は本番前に未整理な考えをここで発表し、みなさんのコメントをいろいろといただきながら発表の準備ができればと思う。

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2006-07-08

野呂―日比野論争(2) 

 (1)を書いてからずいぶん日が経ってしまった。その間、野呂先生と日比野氏の間では、さらなる議論がなされた。これまでの経緯をまとめると、以下のようになる。

①野呂芳男『キリスト教と民衆仏教――十字架と蓮華』日本基督教団出版局(1991)
②日比野英次氏「<書評>野呂芳男『キリスト教と民衆宗教』」 『キリスト教学』第33号、立教大学キリスト教学会、104-9頁(1991)
③野呂芳男「日比野英次君の書評に触発されて」 (2006.03.19)
④日比野英次「ナンバーワンとオンリーワン」 (2006.04.15)
⑤野呂芳男「人生の諸段階(キルケゴール)について」 (2006.05.20)

 この論争では、当初から諸宗教の「対話」はいかにあるべきかという問題がキルケゴールのいわゆる「宗教性A」と「宗教性B」の問題と結びつけられてきた。それは、先生と氏という二つの生き方の違いに関わるものであり、わたしのような第三者が気軽に論評できるテーマではない。また、⑤の論文でも先生が書かれているように、「宗教性A」と「宗教性B」についての解釈自体が、先生と氏とで必ずしも同じではなさそうである。ここでは、ひとまず「人生の諸段階」の問題は括弧に入れ、話の焦点を野呂神学における他宗教との対話の問題にしぼって考えてみたい。

 さて、そうして見ると、氏の先生への批判点は非常にはっきりしている。氏は、宗教の個別性を生きるという先生の立場を批判されているのでなく、むしろその立場が徹底されていない点を批判されているのである。最初の書評(日比野②)から引用しよう。

 しかし乍ら、大地の地味より花の美しさを愛でる著者のような方向には本来宗教の比較などということは問題にならないのではないか。キリスト教の花、仏教の花、神道の花……様々な花が咲き乱れる宗教の花園で、それぞれの花に固有の美を認めるならば、およそ花の美しさの比較など無意味なことであろう。(日比野②)

氏の批判は、先生が一方で宗教の個別性を主張しながら、他方で個々の宗教の「比較」を通して世界宗教を目指すスミスの試みに一定の理解を示す点に向けられている。

 だが、氏のこの問いかけに対して、まず次の点を確認しておかなければならない。先生が宗教間の「比較」をするという場合、それは比較宗教学における「比較」をそのまま受け継いだものではない。それは、どの宗教からも中立的な立場からなされる比較ではなく、ある特定の立場を実存的に選び取ったところからなされる比較である。ある一つの宗教に人生を賭けるその時、他の宗教もまたはじめて実存的な意味において立ち現れ、それらの他宗教の主張を実存的なレベルで受け止めるという行為が生じてくるのである。「宗教史学派」などのような比較宗教学的な研究の成果が利用されるのは、そのような基本的な態度の中においてである。こう考えるなら、宗教の個別性を生きるということは「比較」を不要にするのではなく、むしろ真の意味での「比較」も「対話」も「接ぎ木」も、そのような実存のレベルにおいてはじめて意味を持つと考えるべきではないか。

 「同一の神の愛を、いろいろな衣装のもとに見出す」という先生の表現は、一見すると異なった宗教をいろいろと比較して、それらに共通の核を見出す試みと同じように見えるかも知れないが、実際はそうではない。「神の愛」は「まず体験的に自分の信仰生活の中で味わわなければならない」(野呂③)のである。体験とはいつも個別的なものである。たとえそれが普遍的なものの体験であっても、それをわれわれは常に個別の体験として味わうのである。そして、そのような実存的な体験があってはじめて、他の宗教の中に同じものが現れているのではないか、あるいはこちらに欠けているものがあるのではないかという探求が始まる。そうした探求は、こちらに実存的な体験があるからこそ切実な意味を持つのである。

 日比野氏は次のように言われる。

意味ある比較を求めれば、それは否応なく弁証法的なものにならざるを得ない…(略)…例えば、Aという花の美しさとBという花の美しさの比較に意味を求めれば、の二つの花が共有する或る普遍的な美しさCを探求せざるを得なくなる。そうなれば個々の花の美しさはそれらを超える普遍的な美の追究の陰にかくれてしまうだろう。(日比野②)

しかし、私は野呂先生における比較の行為は、そのような弁証法ではなく、むしろ隠喩的なものと考える方がよいのではないかと思う。リクールの隠喩論では、隠喩は二つの意味論的な場の間に生じる「相互作用」や「緊張」によって説明される。これは語と語の間の関係、文と文の関係、さらには様々な文学ジャンル間の関係へと適用されていくことで、リクールの聖書解釈学の基礎なしている。そこで隠喩とは、ある一つの思想のまとまりが他の異なった思想のまとまりと出会うことで対立や葛藤を生じ、そのことによって両者の同一性がそれぞれ揺すぶられつつ、しかしそれらの対立や葛藤が乗り越えられようとする動きの中で、両者の間に全く新たな思想が生まれてくる、そのような過程である。それはAとBの共通の要素Cを普遍的なものとして取り出すのとは違ったことである。AとBはかかわり会うことで互いに変容し、互いの中にはなかったCが生まれてくるのだからである。

 先生は、リクールの聖書解釈には様々な点でご不満のようであるが(『黎明』第2号、1996年、35―44頁)、私は先生の他宗教との対話に際する態度を表すのに、リクールの隠喩論は有用であろうと思う。先生のキリスト教信仰は、民衆仏教などの他宗教と出会うことで変容を被っているはずである。伝統的なキリスト教に満足し、充足できていれば、日比野氏の言うように、他宗教と出会う必要はない。しかし異端を排除する過程で硬直していったキリスト教に不満を感じ、現在のキリスト教とは異なった何かを求めようという欲求があるからこそ、そのための刺激となり助けとなるものを「他宗教」のうちに見出そうとする志向が生まれてくるのではないだろうか。

 ところで、このように野呂先生の「対話」を理解するなら、それは日比野氏が「接ぎ木」として次のようにかかれているものと同じであるように思われる。

何れにせよ、私が考えている「接木」の本質はAという木とBという木を接いで全く新しいCという花を咲かせることにある。それは言わば「真理創造の方法」に他ならない。これに対して、パウロの宗教体験を軸に先生が展開されている「接ぎ木の理論」はあくまでも「真理認識の方法」であって、そこには私のような弁証法的発想はないだろう。(日比野④)

まさに「隠喩」とは「真理創造の方法」であって、野呂先生がやっておられることはそれであると私は思うのだが、氏は先生の「接ぎ木」は「真理認識の方法」に過ぎないと言われる。氏がそのように考えられる理由は、おそらく『キリスト教と民衆仏教』の168頁に掲げられている図が示しているような先生の捉え方によるものだろう。そこでは「キリストの啓示」を中心とする同心円上に様々な他宗教が配置されており、対話はこの中心である「キリストの啓示」と他宗教の間でなされるものとされている。その場合、「キリストの啓示」はすでに揺るがぬものとして存在し、その立場から他宗教との接点が探られることになる。しかし、おそらく日比野氏も十分にご承知のように、これは決して「キリスト教」と「他宗教」の関係を、客観的にドグマ化した図式ではなく、あくまでも先生ご自身の実存において他宗教との対話がこのようにしか生じ得ないことを示していることを忘れてはならないだろう。キリストの啓示に自らの実存を賭けることによってはじめて、他宗教との対話が意味のあるものとして立ち現れてくるという、先生の実存の出来事をそれは語っているのである。

 さらに、それに加えて考えなければならないのは、論文の中で先生の立場をこの図のようなものとして示しているのは、先生ではなく、先生の友人である「A」氏だということである。そして「A」氏自身は、「キリストの啓示」と「観音信仰」を同等の資格に置いた楕円形の図を提示し、それで自分の立場を説明しているのである。この「A」氏の存在をどうとらえればよいのだろうか。この問いは、先生がこの長い論文を「A」氏と先生ご自身の対話という相当に風変わりな形式で書かれているのは何故かという問いに関係してくる。今、この問いに深入りはしないが、先生が「A」氏の示したような図式だけでご自分の他宗教との対話をとらえておられるのではなく、「A」氏が自身の立場として示した別の図式にも一定以上の関心をお持ちであることを意味しているように私には思えるのである。

 最近の先生に接する時、そうした思いは一層強くなる。氏から見れば、先生はあくまでキリスト教の啓示を絶対化する立場から、つまりすでに真理を得たりとする立場から、その他の宗教と対話を構想されているように見えるのかも知れないが、最近の野呂先生の過激さに多少なりともショックを受けている私からすれば、先生はキリスト教そのものの同一性を揺るがすような形で、他の宗教と接しておられるように思えるのである。そして、170頁で紹介されているA氏の考え、すなわちキリスト教自体が多様な啓示を内に含んでおり、それらの複数の啓示の間の対話の中でキリスト教信仰の核は形づくられるものであるということ、そして他宗教との対話もそうした対話の延長線上で同等の資格をもってとらえられるべきであるという考えは、今やまさに先生ご自身の立場となっているのではないかという思いを持つのである。日比野氏は、「A」氏の立場からこそ真の対話が生まれてくると言われているが、野呂先生のうちには「A」氏の立場が実は含まれていると考えることが可能なのではないか。これは『キリスト教と民衆仏教』のもっと本格的な検討を要する事だが、もしかすると先生は「実存論的神学」としてそれまでに築いてこられた立場に立ちつつも、ご自分の中にそれまで以上に民衆宗教へと踏み込んでいこうとする志向性を見出され、それを「A」という友人に託して語られていたのではないだろうか。それは先生の中にあるけれどもまだ未知の部分を残した先生の影だったのであり、あの本の出版から15年を経た現在、その影を先生はすでにご自身のうちに統合されていると解釈することが出来ないだろうか。

 筆が勝手に進んで、かなり大胆な野呂神学の解釈にまで展開してしまったが、間違っていたら先生にはお許しいただきたい。だが、私の遠大な研究計画の中には、その重要な部分として前期野呂神学と後期野呂神学の関係の考察が含まれており、これはそうした考察のあくまでも第一歩となればよいと思っている。

 さて、日比野氏はこの一連の論争の中で、「『ナンバーワン』と『オンリーワン』」という論文を書かれたが、そこで提示されている問題は大変に興味深く、私自身が現在研究している問題と深く関わってくる気がするので、次はそのことを論じてみたいと思う。

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2006-05-15

「苦しむ神」と「有限な神」

 先日から「文明と宗教」研究会に加わってくださった佐藤氏が、「苦しむ神」というエントリーを書かれた。ちょうど白頭庵氏のブログでも同様の議論をしていたところである。そこで今日は、野呂神学の文脈でそれに関連する話題を少し。

 20世紀の神学で「苦しむ神」の主張が人気を集める理由を考えてみると、佐藤さんがおっしゃる通り、一つは、二つの大戦に見られるようなあまりに不条理な苦しみを前にして、苦しみの原因は人間の罪にあるという説明はもはや弁神論的に成り立たなくなったということがある。もう一つは、神の死の神学に見られるような背後世界批判、ブーバーやボンヘッファーのような「この世界こそが神の運命の場所である」といった態度があろう。両者は同じことの両面でもある。こうした態度を共有しながらも、「苦しむ神」の思想に疑問を投げかけているのが野呂芳男である。

 野呂氏は、「不条理に満ちた現実に生きている我々にとっては、神だけは痛んだり苦しんだりして欲しくない」(『神と希望』日本基督教団出版局、273頁)と述べている。同じように「20世紀以降特に際だつ歴史的世界の残酷と不条理を前に」しながら、森本氏やユンゲルと外見上は逆の主張をしているわけである。もっとも、神が苦しむと言っても、その痛みが神の本質に関わるがどうかが問題なのであって、野呂氏の主張は、痛みが神の本質であってはならないということだ。

 この主張は、北森嘉蔵の「神の痛みの神学」への野呂氏の批判と関係がある。苦しむ神の重要性に気づいた欧米の神学によって北森神学が引き合いに出されるが、にもかかわらず、北森神学にもっとも近いモルトマンでさえ、(佐藤氏も書かれているように)痛みを神の本質のうちに持ち込まないという点で北森神学とは異なっていると野呂氏は見ている。

 ところで、この野呂氏の主張は、「有限の神」という主張とも微妙に関わっている。一見、苦しむ神を批判することは、神の全能という主張からなされるように見える。神が苦しむのなら神の全能に制限が加えられるのは容易に想像できるからである。しかしながら、野呂氏の場合は逆に神は有限であるという立場なのある。氏は、北森嘉蔵がある時期に「有限の神」という思想に接近したと書いているが、野呂氏はそれを非難しているのではなく、北森氏がさらにその考えを展開させなかったことを残念だと言っているのだ(『神と希望』238頁)。

 この「有限の神」という主張も、不条理の時代である20世紀における弁神論の問題からまさに出てきている。神が全能であるなら、この世の悪もまた神の一部であるということになってしまう。野呂神学は神の全能を捨てても、神が悪を含むという立場を拒否するのだ。神は愛を本質とする。だからこそ希望となりうるというのである。この主張は、究極的につきつめていけば、二元論の枠組みを受け入れるということを意味し、グノーシス主義やカタリ派の主張を取り入れることになる。

 このように、それこそ「異端すれすれの線上」どころか「現代の異端」とも言うべき野呂神学(先生、ごめんなさい!)が、痛みを神の本質のうちに持ち込むことをこれほど拒否するのは何故か、ということはよく考えてみる必要がある。それはもちろん、キリスト教の主流から外れる事への恐れではない。ここではとりあえず、『神と希望』(269-273頁)にあげられている要点をまとめておこう。

①信仰者の生きる意味は、祝福に満ちた神との一体化であって、痛みや苦しみを味わうことではない。痛みを神の本質に帰することは、痛みや苦しみをそれ自体で良いものである、ということにしてしまう。

②苦しめる者への愛は、その苦しみへの想像力を必要とするとしても、必ずしも同じ苦しみを体験することを必要とするものではない。

③苦しめる者にとって、神が同じ苦しみを体験してくれることよりも、この苦しみを滅ぼしてくれることの方が重要である。

④神が満ちあふれる喜びであるからこそ、われわれは自己の悲惨と罪から救われて、神との祝福の交わりに入りたいという意欲を与えられる。神の本質が苦しみであるなら、われわれは一体救われることを望んでよいかわからなくなる。

⑤以上のことは、神が人間を苦しみから救うために進んで苦しみを負ってくださることを否定するものではないし、われわれがそのような神の在り方にならって、他者と苦しみをともにすることをさまたげるものではない。

 佐藤氏と同様、私にとってもこの説が異端であるか否かはどうでもいいことで、むしろ、この主張がどんな実存論的な帰結をもたらすかということが重要である。したがって、佐藤氏の宗教哲学の中でこの問題がどのように扱われるのかが楽しみだ。

 それから、『神と希望』を読み返していて、この問題に関してエドウィン・ルイス、ベルジャエフ、そしてホワイトヘッドに言及されていることに気づいた(227頁以降)。なかなか複雑で微妙な問題なので、もう少し勉強が必要のようだ。

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2006-04-15

日比野さんによる再批判

 日比野さんから「再批判」の論文がとどいた。タイトルは「『ナンバー・ワン』と『オンリー・ワン』」だ。大いに思考を刺激される論文である。野呂芳男HPに掲載したので、是非またこのブログでも議論していきたいと思う。野呂先生も反論を書かれることになっているので、ますます楽しみである。

 それにしても、日比野さんは、このブログの存在をすでにご存知だった。林さんも知っておられた。もう少し内容ができてからお知らせするつもりだったのだが……。ブログは検索にひっかかりやすいのだろう。

 日比野さんは「ユートピア数歩手前からの便り」という魅力的なブログをお持ちである。ちなみに、現在の最新の記事は「無頼漢登場」だが、久しぶりに快活な気分を味わっておられる日比野さんの気分が「無頼漢」というユーモラスな言葉に現れていて、思わず微笑んでしまった。今後そちらの議論ともつながるような議論もしていければと思っている。逆にわれわれの議論に対する日比野さんご自身からのコメントも期待している。

 林さんもこの議論に関してはイイタイコトが山ほどありそうである。1ヶ月ほどしたら書き込んでいただけるとか。まあ、そういわないで、ちょくちょく顔だけでも出していただきたいものである。

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2006-03-29

野呂―日比野論争(1) 「有り難いことがある」 

 先日、野呂先生のかつての弟子である日比野英次さんが15年前に書かれた書評に対して、先生が反論する文章を書かれ、両方が同時に野呂先生のHPに掲載された。 HPの管理をしているのは私なので、「掲載した」と言うべきかも知れない。

 先生が、自分の立場をきわめてよく理解している書評であると書かれているように、この書評は先生の思想を深く理解した弟子ならではのものであり、だからこそ通り一遍の紹介や、賛辞ではなく、非常に深いレベルでの議論になっている。日比野さんは野呂先生の立場を、かなり辛辣に批判されているのだが、今回それに対して野呂先生がやはり根本的な反論をされている。

 日比野さんは、野呂先生の反論を読み、またさらに反論を書くと言っておられるので、最終的にはそれを読まないことには決定的なことは言えない。また、日比野さんの叙述が野呂先生を正確に理解していることは、すでに先生の言葉によって確証済みだが、反対に先生の叙述が日比野さんの思想を正確にとられているかどうかは、日比野さんの反論が出てみないと何ともいえない。ただ、今回先生がお書きになった反論の中には、野呂神学を理解する上で鍵となる事柄が浮き彫りにされているように思うので、まずはその点について確認しておきたい。  野呂先生の反論の文章の中で、ひときわ私の目を引いた言葉がある。それは「有り難い信仰」という言葉だ。引用しよう。

この(アルタイザーの)立場では、これまでのキリスト教が与えてくれていた―私たちと対面する―人格神が失われてしまっている。神の恵みが人間の生死を超えて、初めから終わりまで、人間の内外にかかわらず、一人ひとりに対して完全であるという有難い信仰が、アルタイザーにはない。アルタイザーの場合には、正(人格神)・反(人格神の死)・合(人間性の奥底に内在するに至った神)というヘーゲル哲学的思弁に陥ってしまっている。この立場では、内在の神と尽きざる対話をし、自分の力で、その既に死んでしまった神の命令を自分の生や世界の中に実践しなければならないという仕方で、律法主義が入り込んでくる。

                           ※ 括弧内、強調は引用者による

  ここで先生は、日比野さんが今も依拠されているというアルタイザーの「神の死の神学」が、結局は合理主義の哲学であると主張されている。そして、そのような「合理的立場」には、「有り難い信仰ががない」と言われているのである。

 「有り難い信仰がない」。これはむしろあたりまえのことである。「ある」ことが「困難」であるのだから、合理的に考えれば、それが「ない」のはいわば当然のことなのである。ところが、そのような「有り難い」ことが「ある」というのが、キリスト教信仰の究極的な主張なのである。(ブルトマンは、それを「真のつまづき」と呼んだ)。神学はたしかに信仰を理性的な言語で説明する営みである。だから、やみくもに合理性を無視していては神学にならない。しかし、究極のところでそれは合理性を踏み越えたところに立脚点を持っている。ところが、アルタイザーの神学には、そのような踏み越えがないと、野呂先生はおっしゃるのである。

 かつて『実存論的神学』に傾倒したことのある一人の著名な学者が、その後の野呂先生の思想の展開を見て、「野呂先生は結局、ありがたい話になっちゃうんだよなあ」と言われたことがある。だから、自分のような理性的な人間にはついていけないという意味だろう。「ありがたい」ということを、人はすぐに迷信深いということと結びつけてしまう。しかし、ありがたいということは、ありえない奇跡がたくさん起こるということではない。われわれの存在を支える最も根源的な事実が、あり得ない事態によって成り立つということではないか。

 野呂神学に深く傾倒しながら、野呂神学を最後のところで受け容れることができなかった多くの立派な思想家の方々がおられるが、彼らにとっての最大のつまづきは、この「有り難い信仰」にあくまでも立つという野呂神学の強固な姿勢にあったのではないだろうか。私は、今回この先生の文章を読んで、そのことにはたと気がついた。しかしこの言葉ほど、野呂先生の神学を神学として輝かせていく言葉はないと私は思う。ありがたくないような宗教は、もはや宗教ではない。有り難いことがあることへの驚きが、神学を根本的に支えるものでなければならない。

 ただし日比野さんの思想が、野呂先生がおっしゃるとおり「合理的立場」に立つものであるのかどうか、さらなる反論を待たねばならない。

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