2008-07-18

良い子たちの読書感想文

 授業は残すところあと1つとなった。夏休みだ。しかし、子どもたちも同時に夏休みに入ったので、研究三昧という具合にはなかなかいかない。

 ところで中一の娘は夏休みに入って大変喜んでいるが、読書感想文を書かなければならないのが苦痛のようである。といっても本を読むのが嫌いなのでもないし、文章を書くのが苦手なのでもない。むしろその二つは本人にとって最も好きなことなのだが、読書感想文というものについては心の底から嫌いなのだ。小学生の頃からそうだった。私はその気持ちはよくわかる気がする。

 だいたい「読書感想文」というジャンルは、大人の世界にはないものである。もちろん書評とか評論の類は大人の読み物の中のかなり大きな部分を占めている。しかし子どもたちが書かされる読書感想文は書評や評論とは違ったものであり、そこでは作品を論じたり評価するのではなく、作品によって動かされることが要求されている。つまり、本を読んで深く感動したり学んだりしなければならないのである。

 確かにある本によって魅了される経験こそが、本来の読書経験なのかも知れない。しかし、人は本を読んでもそうそう感動したり学んだりするわけではないし、まして人から感動せよと言われて出来るものでもない。ところが読書感想文という制度は、はじめからそのような経験を要求しているように思える。だから読書感想文を書くとなると感動や学びを無理矢理作り出さなければならないことになる。またそれはたぶんあるべき一定の小学生像、中学生像にかなったものでなければならない。めんどうくさくなった子どもたちは、あらすじをあらかた書いてから、「……というところが面白かったです」とか、「……にはびっくりしました」という風に適当に付け加えていく手法を取るのだろう。しかし、読書が好きでかつ文章を好きな人にとってそんな文書を書かなければならにことほど苦痛なことはないだろう。

 娘が苦悩しているので、感想文の既成の型にとらわれず、たとえば書評風にするとか、感動なんかしなかったことを書くとか、あるいは作中にその本が登場するような小説の形をとるなどの案を出して見たが、やはり学校に出さなければならないとなると、そういう冒険は出来ないようだ。「学校」という枠組みはその中にいるものにとっては絶大で、卒業してしまった者にはなかなか理解できないものがあるに違いない。いずれにしても、読書と文章を書くことが無類に好きな子どもをこれほど悩ませる読書感想文とは、一体何のためにあるのだろう。本を嫌いな子どもを作るためか?  

 元来、良い本を読んだ人は感想を述べるよりも、むしろその本に触発されて自分の考えを展開したり、新たに創作したりするものではないだろうか。だから大人の世界には感想文などはない。だったら子どもにも感想文を書かせるのをやめたらいいと思う。大人も書けないものを子どもに書かせることが間違っているのだ。                  

 ところで娘が小学校の頃、読書感想文と並んで嫌いだったのが「読書マラソン」と題する読書記録である。本を読んだらその題名と著者名と感想を書くようになっているが、その感想の欄が異常に少なく、細かい字で書いても10数文字がやっとである。娘は大量に本を読むが、それを読書記録につけるのが嫌いで、さらに10数文字で感想を書くのがもっと嫌いだった。それでもしかたなく書いているのを横からのぞいてみると、感想の欄はすべて「おもしろかった」であった。

 読書感想文も読書マラソンも、読書離れを防ぐには全く逆効果ではないだろうか。それより物語そのものを書くことのほうが子どもたちは数倍楽しいだろうし、基本的にそういうものの方が得意でもあろう。また、必要性という点から言えば、作文や読書感想文なんかより、論説文の練習をもっとした方がいいだろう。その場合、子どもはきっと何を主張すべきかが分からないだろうし、へたをすると主張すべき事をまたねつ造することになるに違いないから、何を主張すべきかには重点を置かずその主張をいかに文章で正確に表現し論証するかという点を訓練したらよいと思う。

 今気づいたんだけど、この記事はpensie_log氏の記事「良い子たちのレポート」と関連があるに違いない。こういう感想文を書かされた子たちが、あんなレポートを書くようになるのではないか。

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2008-06-14

町の活字中毒者たち

 しつこいようだが、またタダ本をゲットした。

 市立図書館へちょっと調べものをしに行ったら、たまたま除籍図書リサイクル市の初日だった。開始30分前で、すでに3,4人ならんでいるので後で寄ってみようと目的をすませているうちに、いつも静かな図書館の入り口あたりがなんだか騒がしくなってきた。市に集まって来る人たちだった。主婦や高齢者を中心に次々に人がやってきて、長蛇の列になった。

 会場へ入ると大変な熱気で、人がひしめきあって本を漁っている。みんな目が血走っており、よくドラマや漫画などで見るバーゲンセールの様相である。K越にもこんなに活字中毒者がいるのかと感慨を覚えた。

お一人様10冊限りだが、10冊というと両手でもてる限界に近い。しかし、みんな両手に山のように本を抱えながら、まだ何かあるんじゃないかと目を皿のようにして探している。そのありさまは、まさに「あさましい」という言葉がぴったりくる。私はといえば、もうすでに先日十分にあさましく振る舞って一定の収穫を得ているので、今日はみなさんほどあさましくならなず、ちょっと余裕を見せながら周りを冷静に見回し、それからしっかり10冊ゲットして帰ってきた。

・H・ジンサー『ねずみ・しらみ・文明』みすず書房
・ボーム『量子論』みすず書房
・フーコー『狂気の歴史』新潮社
・J・A・リヴィングストン『凶暴なる霊長類』法政大学出版局
・松本健一(聞き手)『埴谷雄高は最後にこう語った』毎日新聞社
・吉川英治『親鸞』(上)角川文庫
・吉川英治『親鸞』(下)角川文庫
・渡辺照宏『お経の話』岩波新書
・村上春樹『スプートニクの恋人』講談社
・村上春樹『国境の南、太陽の西』講談社

117_1764mono  市民図書館だから現代小説やハウツー本の類が主だが、中には何でこんなのが?と思うようなものもあって、もっとじっくり探せば面白かったかも知れないが、とにかく人が多くて、熱くて、また重かったので、早々に切り上げて帰ってきた。

 それにしてもこの数日私は本ばかり漁っていたことになる。後は読むだけなのだが、これがホントは一番大変なのかも知れない。すでに私の部屋にはこれまでにゲットして読まれないままの本が山ほどたまっている。それに比べて娘は『国境の南、太陽の西』をあっと言う間に読んでしまった。明日は自分も行ってみるそうだ。私もこれくらい早く本が読めるといいのだけれど。

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2008-06-10

青空市騒動顛末記

 あっと言う間に一週間が過ぎてしまった。それは多分にも青空市に振り回されたということがあるかも知れない。先週R大講師室に置いてきた本を持ち帰った。相変わらず重い。こう重いと寄り道をする気も起きない。まっすぐ家へ帰ってくる。今回の収穫物は以下の通り。

・『波多野精一全集』第1巻、岩波書店
・『波多野精一全集』第2巻、岩波書店
・『波多野精一全集』第3巻、岩波書店
・『波多野精一全集』第4巻、岩波書店
・『波多野精一全集』第5巻、岩波書店
・『波多野精一全集』第6巻、岩波書店
・『石原謙著作集』第6巻、岩波書店
・『石原謙著作集』第10巻、岩波書店
・『シュヴァイツァー著作集』(「バッハ」上)第12巻、白水社
・『シュヴァイツァー著作集』(「バッハ」下)第14巻、白水社
・『トレルチ著作集』第1巻、ヨルダン社
・カール・バルト『教会教義学』和解論I/3、新教出版社
・カール・バルト『教会教義学』和解論I/4、新教出版社
・カール・バルト『教会教義学』和解論II/1、新教出版社
・カール・バルト『教会教義学』和解論II/3、新教出版社
・『呪ないと祭り』講座日本の古代信仰3、学生社版

Photo  今回は『波多野精一全集』が目玉で、中身は古い活字体なので読みにくいが、宗教思想史的な内容が大変興味深い。ただ一番読みたかった「象徴的神学」が抜けているのは残念「象徴的神学」は有賀鉄太郎でした( ´。`;)  シュヴァイツァーの「バッハ」は上下2巻本が手に入ったと思っていのだが、帰ってからよく見ると上中下の3巻本で、中が抜けていることが分かった。残念。

 バルトの『教会教義学』の一部も手に入れた。今回ゲットしたのは第IV巻「和解論」のうち、I/2、I/4、II/1、II/3の四冊で、「和解論」の約半分くらいにあたる。見事にとびとびになっているので中途半端だが、タダだから文句は言えない。

 私が生まれる前の話だが、『教会教義学』はこの「和解論」から邦訳が始まったはずである。今回手に入れた「和解論」I/3は1960年発行とある。(値段は900円。1968年発行のII/3は倍の1800円だから、この時代物価が急激に上がったことが見て取れる)。1960年の時点ではまだバルトが健在で、原著のKDもまだ書き続けらるはずだったので、先行きの見えない中で翻訳出版が進められていったのだろうが、結局この膨大な本をほぼお二人で全て訳してしまったのだから頭がさがる。さすがのバルトもびっくりであろう。

 そういえば2005年に邦訳が出たブルトマン『ヨハネ福音書』の翻訳者にも心底脱帽である。8年がかりの訳稿がほぼ出来上がった1994年に訳者は火事でこれを焼失してしまう。しかし、それから再び翻訳作業をやり直し、9年後にこれを完成させたというのだ。ギリシャヤ語と大量の細かい注を含むこの大著の内容を知る人なら、それが並大抵のことではないことがすぐに分かるだろう。自分の成し遂げた業に対するこの潔さ、すぐに一から作業をやりはじめる将来に開かれた態度というものに、人生を終末論的に生きよというブルトマン神学のエッセンスを見る人は私だけではないだろう。

 青空市について書いていて意外な結末になったが、これがこの一週間にあったことだ。

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2008-06-06

三度青空市へ行き、超ど級のお宝発見

 前日バックに入りきらずにあきらめた本が気になり、昨日また青空市へ行った。T葉県の大学で夕方の授業を終え帰りの電車に乗ると、いつもはたっぷり1時間半読書に浸るところをI袋で途中下車してR大学へ向かう。

 途中激しい雨が振り出してやばいと思ったがすぐに止んでしまう。学生が去ってがらんとしたR大8号館のロビーは、もう8時だというのに灯りが煌々ととついている。中に入ると、まだ本は山ほど残っている。が、本を物色している人の姿はもう見あたらず、掃除のおばさんたちだけがこれから仕事を始めようと元気に行ったり来たりしている。その声がロビーの高い天井ににこだまする。アカペラの練習をしている学生たちのハーモニーがどこからか聞こえている。リード・ボーカルが高音になると音をはずす。しばらくするとまた同じ曲を繰り返す。高音になるとまた音をはずす。

 私はあきらめた数冊の本がまだあるかどうか確認しようと見渡した。特に岩波の哲学講座のシリーズを探そうとしたが、一見してすぐに誰かが持っていったことが分かった。その他、目をつけていた本はほとんど持ち去られていた。白頭庵氏が去って「哲学」が消えたこの大学にも、まだ哲学をする残りの者たちがいるのだと思った。

 昨日あったはずの本が無いのに対して、昨日無かった本がさらに追加されている。一度に出さず小出しにするとは当局も憎いことをするものだ。しかも、追加された本の多くは神学関係の洋書だ。やれやれ、また今日も大量の本を運ぶはめになりそうだ。それにしても、明日この市は終わることになっているが、残ったこれらの膨大な書物は本当に廃棄されてしまうのだろうか。友愛書房とかに連絡したら引き取りに来るのではないのだろうか。

 などと考えていると、ふと一冊の本が目に止まる。濃紺のきっちりした装丁に見覚えがあった。「まさか」と思って手に取る。手になじむこの感覚は間違いない。背表紙を見る。金文字で「実存論的神学」と書いてある。ついに出会えた!

 考えてみればありえない話ではなかった。大福先生の『実存論的神学』(創文社、1964年)は、R大学に数冊あるはずだった。貴重本を容赦なく切り捨てる今回の大粛正(?)を目の当たりにしてきたのだから、数あるうちの1冊くらい廃棄に回されることも十分に考えられはずだったのである。しかし、現実には大量の本の山の中にこの本があるということをまったく予想していなかった。だから、しばらく唖然としてしまった。

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大量の本のタイトルをいちいち確認していく作業にややぐったりしていたので、この超ど級のお宝を前にして、近くのチェアーに少しづつ積み上げていたその他の本は一瞬どうでもよくなってしまった。『実存論的神学』を手に取ると、しばらく休憩することにした。それにしてもきれいな本だ。私の生まれる前年に発行されているのだから、もう43年経っているのに、とてもそうは思えない。中を調べると、1箇所うすい鉛筆で印が入っている他は、 傍線や書き込みは全くない。確かR大に数冊あるうちの何冊かは、心ない読者によって傍線を、それもボールペンで引かれていたと記憶している。何でそっちを残してこの美本の方を捨てるのだろう。

 裏表紙の見返しを見ると「友愛書房」のシールがはってある。ということはR大が古書店で購入して蔵書に加えたものかも知れない。その下の方には前の所有者のネームと購入日が入っている。日付は1967年となっている。ちょっと遅れて購入したのかなと思って表紙の見返しを見ると、別の名前と日付が入っている。こちらは1964年7月となっているから、出版されておよそ1ヶ月で購入した最初の読者がいたことになる。すると二人目の読者が古書店で購入して、その後にR大に寄贈したのか? いずれにしろ四十余年の年月を幾人かの人たちの手を経て、ついに持つべき人(私)のところへ届けられたわけである。

 さて、この1冊だけでもういいやという気分を納め、中断した作業を再開する。結局持ち帰ることの出来たのは以下の15冊だ。

・野呂芳男『実存論的神学』創文社、1964年
・渡辺善太『旧約聖書の由来』1929年
・フェルヂナン・ド・ソシュール『言語学原論』岩波書店, 1967年
・J. M. Robinson & J. B. Cobb Jr., Theology as History, Harper & Row, 1967年
・S, Neill & T. Wright, The Interoretation of the New Testament, Oxford UP., 1988
・W. Pannenberg, Was ist der Mensch? ,Vandenhoeck & Ruprecht, 1962
・Paul Tillich, Systematic Theology, Vol.1, The University of Chicago Press, 1951
・Friedrich Gogarten, Die Wirklichkeit des Glauben, Freidrich Vorwerk Verlag, 1957
・Friedrich Gogarten, Christ the Crisis, SCM Press, 1970
・John Macquarrie, Contemporary Religious Thinkers, Happer & Row, 1968
・Heinrich Ott, Gott, Kreuz-Verlag, 1971
・Joseph Fletcher, Situation Ethics, SCM Press, 1966
・H. Richard Niebuhr, The Responsible Self, Harper & Row, 1963.
・Oscar Cullmann, Vorträge und Aufsätze, J. C. B. Mohr, 1966
・Hreinrich Ott, Wirklichkeit und Glaube, Zweiter Bnd, 1969

106_0660   他にも、たとえばAlbert RitschlのDie christliche Lehre von der Rechtfertigung und Versohnungの三巻本が新品同様の状態で廃棄を待っていたので、これは持ち帰りたかったが、どうにも入りきらない。講師室も今日はもう閉まっている。諦めることにした。中を見るとひげ文字でどうにも読む気が起こらない、というよりこんな分厚い本をひげ文字のドイツ語で読める気がしない。持ち帰っても一生読まないに違いないから、まあいいことにした。Cullmannの本は太くて重いのでやめることにしたはずなのだが、帰って確認するとどういうわけか鞄に入っていた。それだったらかわりにRitschlにしとくべきだったか? いやいや、やっぱりひげ文字は持ち帰ってもしかたがないよ。と未だに心の中で問答が続いている。

 帰りの電車ではMK大から借りてきた橋爪大三郎の『仏教の言説戦略』(勁草書房)を読む。「言語ゲームとしての宗教」という理解についてはいつか決着をつけなくてはならいのだが、「言語ゲーム」という概念自体が難解なのと、それが持っているある種の真理性をどう評価するかについてなかなか考えがまとまらない。今回授業で橋爪さんの別の本を使ったら、この本を参照と書いてあったので借りた。よく知られた本なのにこれまで読まなかったのはある意味不思議だ。別に今日この本を借りなくてもよかったかなとふと考える。借りなければRitschlが入ったかも……いや、もうやめにしよう。

 これで獲得した本の数は45冊になる。しかし、まだ講師室に置いてきた本が10冊以上あるはずだ。もう1週間、市をのばしてくれれば100冊はいったのに。残念。でもそんなたくさん持ち帰っても、欲望とは果てしないものだから、ここにある本全てを持ち帰りたくなるに違いない。しかも、置き場所がなくてかなり困ることになるのは目に見えている。青空市が終わってくれてほっとしているというのが本音かも知れない。

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2008-06-04

大漁、そして書誌修正

 朝一番の授業をすませて青空市へ行く。昨日めぼしいものは持ち帰ったが、まだいくつか心残りのものがあって、それを二、三冊持ち帰るくらいの気持ちでいた。ところが、昨日と同じ場所に並んでいる本が増えている。おやと思って見ていると、あるわあるわ私の専門に関わる本がどっさり並んでいる。学生の頃お世話になったK科読書室に並んでいた古い貴重な本がこれでもかというくらい並んでいる。物色しているうちに、2、3冊などということでは済まないことがはっきりしてきた。

 とは言え、現実には昨日と同様、私物が入ったカンケンバックと携帯用の手提があるばかりだ。厳選の上、それらを本で満たしところで、そうだ二階にも少しあったよなと思って上がってみた。二階は一見すると昨日と同じかに見えたがそれは間違いで、昨日なかった本がかなりある。おそらく古本と古本の間にできたすきまに、新たな古本(形容矛盾?)を埋め込んでいるのだろう。昨日はなかったはずのマニア唾涎もの(?)の貴重本がうようよ。

 これは大変なことになったと思った。もっとでっかいリュックを持ってくればよかったという話ではない。いっそ車で来ればよかったと思った。しかたがないので、とりあえずこれらの本を隅のベンチに重ねて置き、カンケンバックと手提げで隠しておいて、購買部へ行って大学の名前の入った紙袋を買ってきた(¥200)。かばんに入らないものをすべてこれに詰め込み講師室へ。背中にパンパンになったリュック、両手に重そうな袋二つを下げてキャンパスを歩く様子は大変見苦しい(あさましい?)ものだったに違いない。

 最初はこのままで家まで帰ろうと思ったが、半端ではない重さだし、雨もパラパラしてきたので、結局講師室の隅に置かせてもらうことにした。来週取りに来ることにしよう。さて、ゲットした本は今回はすべて和書。多すぎてめんどくさいので、発行年は省略。

・H・ブラウン、H・コンツェルマン他『イエスの時代』教文館
・E・ユンゲル『パウロとイエス』新教出版社
・トロクメ『使徒行伝と歴史』新教出版社
・クレーマー『宣教の神学』新教出版社
・W・ショットロフ『いと小さき者の神』新教出版社
・W・ホーダン『転期に立つ神学』新教出版社
・J・フレッチャー『状況倫理』新教出版社
・佐藤敏夫『近代の神学』新教出版社
・滝沢克己『現代の事としての宗教』法蔵館
・J・A・T・ロビンソン『神への誠実』日本基督教団出版局
・中沢洽樹『苦難の僕』新教出版社
・中沢洽樹『第二イザヤ研究』新教出版社
・E・モルトマン=ヴェンデル『乳と密の流れる国』新教出版社
・オットー・ヴェーバー『カール・バルト教会教義学概説』明玄書房
・B・M・メツガー『新約聖書の本文研究』聖文舎
・山本和『救済史の神学』創文社
・石原謙『石原謙著作集』第2巻、岩波書店
・石原謙『石原謙著作集』第3巻、岩波書店
・石原謙『石原謙著作集』第4巻、岩波書店
・石原謙『石原謙著作集』第5巻、岩波書店
・ルター『ルター篇』キリスト教古典叢書、新教出版社
・クワイン『ことばと対象』勁草書房

080604_154644_ed_3 哲学の本はクワインだけであとはすべて神学書だ。こんなに廃棄しちゃって大丈夫なのだろうか。他に岩波の哲学講座のシリーズもあったのだがさすがに断念した。神学の本と哲学の本があったら、結局神学の本を選んでしまうあたり、やはり私は神学が好きなんだろう。

 さて、しかしこれはまだゲットした本の半分である。他に紙袋に入れた十数冊がまだある。その中にはシュヴァイツ ァーのバッハ本とか波多野精一の著作集なども入っている。それらはすでに講師室に確保したとして、さらに他にも断腸の思いで持ち帰らなかった本がある。明日帰りにでもよってみるか。でも、これやってると切りがないような気がする。金曜日で終わってくれるので助かる。

 こんなことがあったので、またも書誌調査を忘れるところだったが、荷物を講師室に置いてほっとしたら、やるべきことを思い出した。大福先生の論文が入っているはずの巻はやはりなく、その前後の巻には大福先生の論文はなかった。ここで少なくともこの論文が1966年に発行というのは誤りであることは分かったわけだ。にしても、1965年のはどうしちゃったんだろう。何とか手に入れなければ。

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古本発掘

 雨の中、かなり早めに大学へ出掛けると、廃棄図書の青空市をやっていた。今日が第一日目のようだ。朝一番なので、まだ誰にも荒らされておらず、結構掘り出し物があった。

 今日持ち帰った本は以下のとおり。

・Friedrich Gogarten, Jesus Christus Wende Der Welt, 2. Auflage, J.C.B.Mohr, 1967.
・Ernst Fuchs, Zur Frage nach dem historischen Jesusu, 2. Auflage, J.C.B.Mohr, 1965.
・Ernst Fuchs, Glaube und Erfahrung, J.C.B.Mohr, 1965.
・Martin Buber, Ich und Du, Verlag Lambert Achneider, 1958.
・John Macquarrie, Principles of Christian Theology, SCM Press Ltd, 1966.
・Roman Jakobson, Essais de linguistique générale,  Les  Editions de Minuit, 1963.
・スターン『文化的絶望の政治』三峰書房、1988年
・『信条集』後編、新教出版社、1982年

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 なかなかの収穫だ。ゴーガルテンやフックスの本はアマゾンの古本でまだ比較的安く手に入るようだが、送料など入れると結局は相当かかってしまう。なんと言ってもタダなのは嬉しい。しかし、これだけの本が「廃棄」の印を押されているのは切ない。どうも2冊以上あるものは、1冊だけ残して廃棄しているらしい。

 ずいぶん重くなったが、白頭庵氏にすすめられて買ったフェルラーベンのカンケンバックはすばらしい。見た目は小さいのに、かなり入る。入りきらない本は、携帯していたナイロンの手提げにつめこみ、それでも余ったものは自分のメールボックスに入れ、雨の中濡れないように今日は早々に引き上げた。

 明日もまだやっているので、今日持ち帰るのを断念した本を持って帰ろう。渡辺善太、関根正夫、浅野順一といった人たちの古い旧約聖書概論の類がいくつかあった。あと、アンドレ・パロ『ニネヴェとバビロン』(みすず書房)という聖書考古学の本の間にはさんであった名刺は、なんと私の所属する教会を創始した宣教師のものだった。たぶん30年くらい前のものだろう。こうなると、この本も持ち帰りたくなってしまう。

 そうそう、前回の青空市の時には『追憶の波多野精一先生』玉川大学出版部をゲットしたのだった。これはいつかpensie_log氏が言及しておられた本だ。この青空市、今後どんなものが出てくるのだろう。2冊ある本って結構あるんだけど、どんどん廃棄してくんないかなあ。さっき言ったことと矛盾するけど。

 というわけで、早々に引き上げたため、大福先生の論文の所在を確認することが出来なかった。これも明日の課題だ。(あ、もう今日になってしまった)。

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2008-05-31

日本経済新聞を読んで独学者の魂について学ぶ

 愛読している毎日新聞をわけあってしばらく休み、4月から日本経済新聞を取っている。この新聞を取ったのはこれで二回目だ。どうぜ短期間なのだから、経済という視点から世界を眺めてみるのもよかろうというつもりだったが、やっぱり駄目。最初はものめづらしかった紙面も、数日すると無意味な記号の羅列にしか見えなくなってきた。自然と新聞を読まなくなる。おかげで世間で今何が主として話題になっているのかさえ分からなくなってきた。

 またテレビ欄が中程に掲載されているため、番組を確認するのにいちいち中を確認しなければならなず、子どもにも不評だ。私の友人はこれを読み続けて経済通になったが、私にはそんな日はまずこないだろう。経済は世界を動かす重要なファクターだと思うが、この視点からのみ世界を見ていくのは、少なくとも私にはとうてい無理だ。こうやってニッケイに挫折していく人って多いんだろうな。私もその仲間か……( ´ `;) 

 ところで毎日新聞を休むタイミングを完全に誤ったなと悔やまれるのが、将棋の名人戦。昔から毎日が主催しており(今年から朝日と共催)、対戦の翌日に完全な棋譜が載る。ところがニッケイにはそんなものに割くことのできるスペースはない。ネットでも速報が流されているが、これは有料のコンテンツで、買った負けた以上のことはお金を払わないと分からない。息子との遊びをきっかけに将棋がちょっとしたマイブームになっていて、最高峰の将棋がどういうものか知りたいと思うのだが、以上のようなわけで見事に名人戦のちょうど手前にその情報を知りうる媒体を自ら手放してしまった。ニッケイの内容の中で私にも興味がもてる数少ないコンテンツだったのに……。まったくタイミングが悪すぎた。

 でもどうしても棋譜が欲しい。仕方がないから駅で新聞を買うはめになった。朝日という選択肢もあったが、結局は毎日を購入。ああ、なつかしいこの穏やかな紙面。人間の事柄が書いてある。名人戦は1局が2日に渡って行われそれが7局つづくわけだから、全部で14部買うことになる。ああ、早く毎日新聞にもどりたい。

 日経のいいところも少しはあって、最後の頁にテレビ欄のかわりに置かれている文化欄がなかなか充実していること。(毎日の文化欄もいいけど)。「私の履歴書」に1ヶ月にわたって谷川健一氏のエッセイが連載されていたのを興味深く読んだ。民俗学者といってもアカデミズムの中で活躍した方ではなく、かといってジャーナリストというのでもなく、むしろアートや文芸に近いところで活動されてきた方という印象を持った。(ただし、それは学問性に劣るということでは全くない)。若い頃は雑誌『太陽』を企画しヒットさせた辣腕の編集者であったが、やがて大病を患ったのを期にこの道に入っていった。

 今日はその最終回なのだが、「独学者の魂」ということを書いておられた。「大日本地名辞書」を書いた吉田東伍は十三歳で中学部を退校し、学歴を問われると「図書館卒」と答えたという。南方熊楠も大学予備校だし、宮本常一も師範学校卒だそうだ。別に学校を出てないから独学というのではなく、柳田国男、折口信夫、白川静の場合は大学を一応は出てはいたが、「世間のありふれた賞賛には目もくれず、光栄ある孤立の道を選ぶことをためらわなかった」。

 谷川氏は、現在の民俗学者には「旅」と「歌」が欠けていると嘆く。学校勤めが忙しくてそんな暇がないからだ。民俗学にかかわらず、今大学の先生はみな忙しくなっている。この傾向は今後もっと進むに違いない。学者のあいだから「旅」や「歌」が消え、「独学」が消え、やがて「学問」が消えていくのではないか。そんなことを考えさせられた。まあ、それ以前のレベルの私などが言えることではないけれども。

 ところで名人戦の棋譜を並べてみたが、やっぱり分からない。どうしてここでこの手あちらであの手が出てくるのか。多分何十手も先まで読むことが出来なければ分かるはずもないのだろう。名人戦は羽生が王手をかけた。次回の第5局に勝つと永世名人の資格を得る。私はといえば、経済も将棋も結局は分からないわけで、やはり自分のすべきことをしようと思う。

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2008-05-04

実状に合わない憲法は廃止すべきか?

 憲法について道路交通法との類比で考えてみたい。

 以前、自転車が横暴だという話をトロウさんが書かれていた。たしかにそういう自転車が最近は大変目に付く。昨日もひかれかけた。ただ自転車には専用の道路がなく、車道に出れば大変な危険にさらされるし、歩道に入れば邪魔者扱いされる。気の毒な面もある。むしろ一番横暴なのはなんと言っても自動車だと私は思う。

 たとえば徒歩で横断歩道を渡ろうと思って道ばたに立つ。前を自動車が通り過ぎる。次々に通り過ぎる。私は自動車がすべて通り過ぎるまで待たなくてはならない。これは今日ごく当たり前の風景であり、歩行者は誰も文句も言わず車が途絶えるのを待っている。文句を言っているのは私のような一部の偏屈者のおやじくらいのものだろう。

 横断歩道を渡ろうとしている歩行者がある場合、自動車はすみやかに停止して道を譲らなければならない……。そう自動車教習所で習った記憶がある。この教えを守っているドライバーがはたして一人でもいるのだろうか? 私の経験では、そんな車は100台に1台あるかないかだ。ほぼ全ての車は横断歩道を渡ろうとしている人の鼻先を平然と通り過ぎて行く。私は腹が立つから、ときどき自分の体を張って車の前に飛び出すことがある。(困ったおやじだ)。車は驚いたように止まって私を見る。驚くなよ。自動車学校で習っただろうが、と私は思う。

 もちろん私もドライバーの側になることがあるので、停車しない車の言い分も分かる。ある程度スピードを出していると、歩行者に気づいても急には停止でない。後から車がきている場合には、急ブレーキはかえって危ない。正直なところ私も止まれないことが多い。では、横断歩道で止まらない車が多いのは仕方がないことなのだろうか。前々から気になっていたので、調べてみた。 「道路交通法」に次のようにある。

第三十八条  車両等は、横断歩道又は自転車横断帯に接近する場合には、当該横断歩道等を通過する際に当該横断歩道等によりその進路の前方を横断しようとする歩行者又は自転車がないことが明らかな場合を除き、当該横断歩道等の直前で停止することができるような速度で進行しなければならない。この場合において、横断歩道等によりその進路の前方を横断し、又は横断しようとする歩行者等があるときは、当該横断歩道等の直前で一時停止し、かつ、その通行を妨げないようにしなければならない。(下線引用者)

つまり、「急には止まれない」という言い訳はできないのだ。止まれないような速度で走っている時点ですでに規則に反しているのだから。車は横断歩道が近づいたらスピードを時速10キロくらいに落として、注意しながらそろーりと横断歩道に近づく。そして、人がいれば停止線の手前で余裕を持って止まる。これがあるべき道路交通の姿なのだ!

 まあそいうことなんだけど、そんなことを守っている人は多分一人もいない。そんな走りかたをしていたら、たちまち後ろからクラクションをならされてしまうだろう。つまり、車社会の到来によって実状が変わってしまったのだ。実状に合わせて人々の意識も変わり、誰も本来自動車が横断歩道の前ではスピードを緩めるべきだという常識を失ってしまったのだ。

 ではそんな実状にあわない道路交通法は改正すべきか? ここが重要なのだが、決してそうではないと私は思う。たとえ実状にあっていなくても、こういう絵に描いた餅のようなすばらしい法律は残さなければならない。あくまで実状の方が間違っているのだということを忘れないためにだ。

 横断歩道を渡ろうとしている人がいるのに、そこを通り過ぎる車はやはり悪いのだ。ごめんなさいという思いで通り過ぎるのと、当然だという思いで通り過ぎるのとでは全然違う。ごめんなさいという思いがあえば、こんな現状を変えなければならないという問題意識が受け継がれていき、いつか現状を変えることが出来る日が来るかも知れない。現状にあわせて法律を変えてしまえば、その時点でそのようなチャンスは永遠に無くなってしまう。

 ある種の法は上の道路交通法のような機能をはたしているのではないだろうか。憲法とはその種の法である。憲法とまさにそういう機能を果たすことにこそその本来のつとめがあるはずである。平和憲法が実状にあっていないのは事実だが、だから憲法を「改正」すべきだというのは本末転倒だ。あくまで現実を改正することを考えるべきだ。もちろん現実は複雑であって、そう簡単に変えられない。しかし、そのことと現実のままでよいということは全く別の話である。

 憲法が有名無実化しているというのも間違いだ。たとえば、この道路交通法38条は実状にあってはいないかも知れないが、事故が生じた場合には実際的な効力を発揮する。横断歩道を通過しようとしている人が、そこを通過する車にひかれた場合、100%車の方が悪いことになるそうだ。憲法だって同じだろう。自衛隊の海外派遣や首相の靖国参拝に対して少なくとも批判することが出来るのは憲法が実際に存在するからである。憲法がなければそした批判は間違いなく弾圧される。「国旗・国歌法」をなんとくなく成立させてしまった失敗を二度と繰り返してはならない。現憲法を死守すべきだ。

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2008-04-29

駒落ちどころか、とうとう負けてしまって、これからが面白い息子との将棋

 息子との将棋のために考案したハンディキャップの話を書いたのは1年前のことだが、最近は駒落ちなどしていてはとうてい勝てなくなっていた。そしてとうとう今日はハンディなしで真剣に負けてしまった。私の美濃囲いに対して息子が穴熊に囲うという膠着した展開になったが、穴熊は崩しても崩しても再生してしまって、ついにこちらが力つきてしまった。息子に負けるのは、嬉しいような哀しいような………。

 これまで息子の興味に合わせて趣味を変えてきた。トーマス→電車→ウルトラマン→昆虫→野球と来て、現在は将棋に熱中している。そこで急に思い出したのが、つのだじろう氏の『5五の龍』というマンガだ。これは私が子どもの頃、『少年キング』に連載されているのを毎週楽しみに読んでいた(立ち読み)作品だ。『ヒカルの碁』の先駆けのような作品で、プロの棋士をめざす少年・少女たちの生活が実際に即して描かれている。

 ネットの古本でかき集めて3巻まで読んだが、やっぱり今でも面白い。細かい棋譜が出ているので、私のような初心者には大変勉強になる。主人公たちの人間ドラマもなかなか凄まじいものがあって、2巻で主人公が、3巻でライバルの穴熊くんが自殺を試み、穴熊君は本当に死んでしまう。文庫版のあとがきによると羽生善治氏も読んでいたようだ。私などは当時、棋譜はめんどくさいのでとばして読んでいたが、そこが羽生さんと私の分かれ道になったようだ。(いや、それ以前の問題か……(^ ^; )。

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2008-04-18

14番目のダライラマ

 突然だけれども、Pensiero さんや豆大福さんにならって、中国のチベットに対する暴力的な対応に抗議の意をあらわしておきたい。もちろん、これまでの長い間のチベットへの圧制に対してもである。

 ただ、欧米諸国や日本が中国を一方的に非難するのにも違和感を覚える。これらの国々はかつて同じ事を中国に対して行ってきたのだから。非常勤講師仲間の先生が最近訳されたダライラマに関する本の解説に次のように書かれている。

本書を通して、チベットがイギリスをはじめとするヨーロッパ列強のアジア侵略と支配の中で、どのように翻弄され、さらにはこの犠牲者とも言える中国によって、チベットがどのようにして侵略され、ついには最大の犠牲者となるかが明らかとなろう。
(グレン・H・ムリン『14人のダライラマ――その生涯と思想(下)』田崎國彦、渡邉郁子、クンチョッック・シタル訳、下、春秋社、1996年、562頁)

チベット問題はこの二重の抑圧という構図の中で見なければならないと思う。もちろんこの本でも書かれているように、中国がこれまでチベットに対してしてきたこと、そして現在行っていることは強く非難されるべきである。ただ、中国国内では欧米諸国で起こる聖火妨害に対して強い反発が生まれているとも伝えられている。その根源には、中華思想やナショナリズムもあるだろうが、欧米や日本ががかつて行ってきた中国への侵略に対する怒りがあるのではないかと思う。お前らには言われたくないということである。

 中国以外の国も無垢であるわけではないのだ。たとえば日本人が中国のチベット政策を批判するなら、中国に対する戦争責任の問題をもっとはっきりさせなければならない。それをしないで中国を責めることはできない。欧米のどこかの国の首脳のように、北京オリンピックへのボイコットをほのめかして中国への敵対心を煽るような態度は、私にはどうしても欺瞞的に思えてしまう。ましてや田中宇氏のメールマガジンによれば、そもそもラサ暴動自体が、中国を窮地に陥れるために英米の諜報機関が意図的に誘発したものではないかという疑いさえあるという。何が真実かは分からないが、いずれにしても権力国家同士のパワーゲームに乗せられたくないものだ。

 こんな絶望感ただよう事態の中で、ダライ・ラマ14世があくまでも非暴力を訴え、北京オリンピックの開催を望む声明を出し続けていることに感銘を受ける。暴力に対して別の暴力で答えることが常態となっている世界にあって、このようなメッセージを発し続けていることに敬服の念を禁じ得ない。このようなメッセージに対して応答すべきなのは、なにもチベット人だけではないだろう。

 『14人のダライラマ』はとても長大な本で、まだ最後の14世の章しか読んでいないのだけれども、これまで必ずしも紹介されてこなかった歴代のダライラマをめぐる裏舞台が詳しく描かれており、訳者によって詳細な注が付加されているので、チベット史を学ぶには大変貴重な本になるではないかと思う。この本にいくつか紹介されているダライラマの言葉の一つを最後に引用しておきたい。亡命生活40年の後に発せられた重い言葉である。

この仕事を平和的な手段を通してやり遂げようとすれば、何十年、恐らくはさらに何世代もかかり得るでしょう。私たちは、断固たる態度で、しかし辛抱強くあらねばなりません。もし私たちがこの仕事に成功すれば、私たちは、本当に世界の文化に貢献できるのです。つまり、もし力のないチベットが〝非暴力の手段だけ〟で、圧倒的な力を誇る共産主義中国に勝利し得たならば、人々は、非暴力の威力を知ることができるのですから。それは他の国にとってモデルとしての役目を果たし、さらには他の国々を勇気づけて、彼らにも〝非暴力の手段〟を採用させることができるのです。仮に私たちが暴力を用いて勝利したとしても、私たちの手に入るすべては、ただの一片の土地にすぎないのです。そんなことをしては、私たちが欣求しあこがれるチベットは、永遠に失われてしまうでしょう。(同上、下、428頁)

あのマルティン・ルーサー・キングの言葉を彷彿させる。今、このような言葉にだけ希望を託すことが出来る。

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2008-02-21

月夜の濱邊

 詩はあまり読まない方だ。しかし、中原中也は若い頃よく読んだ。よく口ずさんだというべきか。たとえば一人で一日中勉強をしていると、なぜかこんな歌が心にしみる。

月夜の晩に、ボタンが一つ
波打際に、落ちてゐた。

それを拾つて、役立てようと
僕は思つたわけでもないが
なぜだかそれを捨てるに忍びず
僕はそれを、袂に入れた。

月夜の晩に、ボタンが一つ
波打際に、落ちてゐた。

それを拾つて、役立てようと
僕は思つたわけでもないが

   月に向つてそれは抛れず
   浪に向つてそれは抛れず
僕はそれを、袂に入れた。

月夜の晩に、拾つたボタンは
指先に沁み、心に沁みた。

月夜の晩に、拾つたボタンは
どうしてそれが、捨てられようか?

小六の娘がこれを選んだ。卒業前にクラス全員で詩を読む会が催されることになり、何の詩を読むのかみんなで決めるので家にある詩集をもってこいということだったらしい。翌日実際に詩集を持ってきたのは娘だけで、それが「中原中也詩集」(角川文庫)と「宮沢賢治詩集」(岩波文庫)だった。その中で何にするかとクラスメートたちから聞かれて選んだのがこの「月夜の濱邊」であった。

 わが娘ながらよくぞ選んだ。小学校を卒業する子どもたちが声を合わせて朗読する時、その言葉が「月夜の濱邊」であることを想像すると、この世を生きていることもちょっとばかり楽しくなってくる。

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2008-02-19

寒さの夜には湯たんぽを

 遂に、すべての採点作業が終わった。寒い部屋での作業にあたってはしばしば指先がこおった。そんな寒い夜になると人は暖かさを求める。 「鍋」を連呼していた人もいたが、私の今の気分としては鍋よりも湯たんぽだ。

 先日の毎日新聞によると世間でも湯たんぽが売れているとのこと228_2880_5だが、 私は今回湯たんぽがわりに写真のようなものを使った。中にお湯を入れて手で握ったりポケットに入れたりして暖をとる。これまではよく卓上の電気スタンドの電球を握ったりしていたものだが、この自家製湯たんぽの登場以来そんな必要もなくなった。これ一つで、これまで夜間に体をこわばらせてやっていだ作業も、ずいぶんとリラックスしてすすめることができた。

 これは最近わけあって勉学に励んでいる妻が開発したもので、妻は雑誌かなにかで見たようだ。ただペットボトルにお湯を入れて握るだけの話だが、多少の試行錯誤があったのでせっかくだから紹介しておこう。

 まずオレンジ色のキャップ(暖かい飲み物用)のペットボトルを用意する。 350mlの タイプがベスト。つぎにポットで湯を沸かすが、湯を沸かすにあたっては、ガスを使ってやかんで沸かすよりも、電気ポットがおすすめ。うちの電気ポットは保温などの機能がついておらず、ひたすら早く沸かすことに全力をそそいでくれるので、あっというまに沸く。そしてこのお湯を注意深くペットボトルに注ぎ込む。

 これだけだが、いくつか注意点がある。まず、

①使用するペットボトルは、あったかい飲み物用のものでなければならない。冷たい飲み物のものを妻が試みたが、お湯を入れるとふにゃふにゃになってしまった。それから、

②ペットボトルの口の部分は広いものがよい。狭いものはお湯を注ぐときにこぼれやすく危険。ただし、逆に広い口の場合はその分蓋がはずれやすいという欠点もあって、無意識にさわっていて蓋がとれそうになったことが何度かあった。なにぶん熱湯が入っていわけなので、この点にだけはくれぐれも注意が必要。もう一つ、

③ペットボトルを手で持ったとき、凹凸の感じがなめらかなものを選ぶべし。中には凹凸が激しくて、とがった部分しか手に触れないもののある。以上のことを鑑みて選ぶなら、カルピスのホットレモンが今のところ最高である。(ただしカルピスのホットレモンでもいくつかの種類があるので注意)。

 なお、沸騰したお湯をそのまま入れると、熱すぎて持つことも出来ない。私は出来るだけ長くもたせたいのでハンカチでまいたりして使っているが、妻は水で水温を調節しているようだ。沸騰した状態からはじめれば、さめてしまうまで2時間近く使える。

 省エネのために温度を低く設定し、風量も最小に設定することが奨められているが、全くもってこれまでの暖房の使い方は一般に無駄が多かったと思う。(夏の冷房もそう)。これだと必要最低限のエネルギーで最良の効果が得られているのではないかと思うが、実際に電力などの計算をしたらどうなるか分からない。

 雪の降る夜に、お湯の入ったペットボトルを両方のポケットに入れて散歩にでかけるのも悪くない。手元と足さえ冷たくなければ、相当寒くても楽しめるものだ。露天風呂の感覚と少し似ているかも知れない。

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2007-07-22

夏――みたび岩崎勝平

 息子を連れてまた美術館に行った。なにせ近いのでいくらでも行ける。夕方で閉館20分前だったがかまわず入場(拝観料200円)、閉館まで「夏」の前にいた。「夏」は実は2枚一組で、先日紹介した絵の他に、やはり浴衣を着た女性二人が夕暮れの草原で絡み合っている絵がある。どちらの絵も空に複雑に雲が出ているため、光の具合が複雑で、その光と影の交錯が、しかしマネやルノアールなどの印象派の画家たちとは全く違った、他ではあまり見ることのない不思議な雰囲気を作り出している。

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 岩崎は1930年代に大作をいくつか描いているが、おそらくマチスの「ダンス」や「音楽」に影響を受け、大画面に複数の人物を配置する構図に取りつかれていたようである。しかし、他の作品が比較的動きの少ない人物たちを静物画のように描いているのに対して、「夏」の二作は二人の人物の運動を描いている。大画面の中で複数の人物を配置するというモチーフは同じだが、二人の人物の均衡が激しい運動を貫きながら実現しているところが「夏」の特徴である。こうして見ると、「夏」という二つの作品だけが、岩崎が生涯描いた絵の中で突出しているように思える。

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 しかし、それにしても何故わたしはこの作品にこれほどひきつけられるのだろう? ここに描かれているのは、人物ではなく人物の動きであり、この動きの中に現れているものだ。それは光とか風とか空気のようなものに近いが、そうではなく、こうした動きの中を瞬間通り過ぎていく何かだ。スピリット? しかし、それは個人が受ける霊感のようなものではなく、複数の人物のうちに意図せずして起こる出来事のようなものだ。結局、円陣を組む女達に現れたのと同じようなものを、私はこの絵に見ているのかも知れない。

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変なおじさん――ふたたび岩崎勝平

 給料をもらったので、美術館に岩崎勝平の画集を買いに行った。岩崎について書かれた本もあったので見ていると、この画家は戦前に大変注目される作品を描きながらどういうわけか画壇から疎まれ、世に出るというところまではいかなかったようだ。だからこれだけすごい作品を描いているのにあまり知られていないのだろう。

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 戦後はこの町でぶらぶらしながらスケッチの類をたくさん残したものの、本格的な作品を描かないまま50代で亡くなった。とくに女性を多く描いているが、町できれいな女性を見つけると、絵を描かせてくれと自宅までついていったという。今なら完全にストーカーだが、当時もこの町では主に迷惑おじさんとして知られていたらしい。

 その辺で見かける変なおじさんが、実は偉い人だったといった例はよくある。昔新聞配達をしていたころ、店にふらっと白髪でやせぎすのなおじさんが入ってきた。度のきついメガネをかけ、話し方がひじょうにせわしない感じだった。「ぼくが載っている新聞が欲しい」と言うので、「そんな新聞はない」と思いながらも、ちょうど到着したばかりの夕刊を一部渡した。すると、その場で書評欄を広げて、「ほら僕の書いた本が一位になっている」とその週売れた本のランキングを示した。『韓国の悲劇』という本だった。「ほんとかよおっさん」と店員一同は思ったが、ずっと後でそれが小室直樹というカリスマ的な社会学者であることを知った。ご近所だったのだ。本が売れたことについてはかなり自慢げだったが、オレは偉いんだという態度は全くなかった。

 画家とか学者といった人種は、社会的な立場を離れればみんな変なおじさんなのかも知れない。私もしばしば昼間からあり得ないような場所を歩いていたりすることがあるが、いままでは変なお兄さんのつもりだったから気にしなかった。しかし、気が付けば私ももう変なおじさんの予備軍、いや変なおじさんそのものの年になってしまっている。私の場合、実は偉い人だったというオチがなく、本当に変なおじさんだったということになりそうだが……。そういえば、山で遭難したまま哲学者の言葉について瞑想している人や、道なき道を尋ねて崖を登ったり下りたりしている人など、このブログに関わりのある人は変なおじさんやお兄さんが多い。また、きわめつけは、知らない人からは「仏像研究家」だと思われているキリスト教神学者、私の恩師である。

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2007-07-17

円陣を組む女たち――岩崎勝平

 近所の野球場で高校野球をやっていたので、息子と二人で見に行ったら、ちょうど終了した後だった。しかたがないので、すぐ目の前の美術館へ。するとそこに異様な絵が。私はすぐに古井由吉の『円陣を組む女たち』を思い起こした。いつまでも見ていたかったが、夕方近かく時間が迫っていたので、そういうわけにはいかない。せめて模写をして帰ろうと思ったが筆記用具がない。そこで頭の中にその構図をたたき込み、家で再現しようとした。それがこれだ。

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 しかし、何かが違う。絵は和服を着ていた。しかしそういうことではなく、体の形のうち何かが違う。画家の名前も忘れてしまったのでネットで調べるのは容易ではない。画像の検索というのはさすがにgoogleでも出来ない。何やかやしているうちに、ようやく出てきた。岩崎勝平(かつひら)の「夏」という作品であった。画集をデジカメでとった画像もあった。そこで今度はその画像を模写してみた。

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 違いはズバリ足だった。上では両者の右足がガニ股になっているが、下の着物の女性二人はどれだけ力をこめて引っ張っていても、両足が内側にむいている。それが緊張とバランスの中に異様な優雅さを与えている。私の上の想像図では、単なる女子高生の綱引きになってしまっている。

 しかし、綱引きでないとすれば、この絵は何をしているところだろうか。「円陣を組む女たち」は、引き合いっこ(正式名称は不明)の遊びをしてたわけだが、この絵も一応は何かをしているところなのだと思う。左の女が右の女を引き留めているのか、それとも振り回しているのか、あるいは両者の左足を軸にして二人は回転しているのか。模写ではいまいちダイナミックさが出ていないが、画集の絵でもまだ足りない。本物はもっと大きくてど迫力なのである。

 岩崎勝平という人物、川端康成に神様絵描きと言われたと言う。たしかに何か神がかったようなすごみがある。我が町の美術館が所蔵しているそうだから、これから何度でも見ることができる。いましばらくは模写を続けよう。

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2007-05-15

ないものはない

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 前から気になっていた看板だが、商品があるのかないのか決定不可能な文章である。

①当店には存在するすべてのものがあり、当店に無い商品などこの世にはございません。
②当店には、この世に存在するすべてのものがあるわけではありませんから、当店に無い商品をお求めになられてもいかんともすることができません。

しかし、よく考えてみると実は可能な意味がもう一つあることに気づく。

③「ないもの」は、当然のことながら無いのであって、存在するのではない。

 ③はまるで哲学者パルメニデスの命題のようである。③は②と一見同じように見えるが、②が「この店には無い商品もある」ことを示唆しているのに対して、③では「無い商品があるという言い方は間違い」であることを示唆しているいるから、実際には両者は対立している。

 ちなみにこの店は質屋であるが、これが質屋の類の決まり文句なのか、それとももっと深い意図があるのかどうか私は知らない。

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2007-05-09

駒落ちにかわる究極のハンディキャップで、これは面白い息子との将棋――Ⅱ

 さて、いよいよ第二戦。今度は私が先手だ。王を囲おうと思って金をあげた瞬間に息子の歩が二つ進む。「あ、やばい」と思って、角道を挙げると、次の瞬間には角の前の歩をとられた。角は逃げたものの、そのあと桂馬、銀ととられ、そしてその銀で王手!=負け。考えてみれば、王手は何も飛車や角で遠隔からする必要はないので、王の鼻先に銀をおけばすむわけだ。われながら、こんなことに気づかないとは。

 というわけで、このハンディだと相手に持ち駒を持たせた時点で負けになることが分かった。勝とうと思った私が馬鹿だった。逆に相手がこのハンディを負てくれれば、私でも羽生さんに勝てる。(と思う)。

 いずれにしても、息子との将棋にこのハンディは使えない。そこで新しい案を考えた。2手はきついから、1.5手にするのだ。実際には2手打った後は1手というように交互に打つ。これなら、何とかなるかも知れない。

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駒落ちにかわる究極のハンディキャップで、これは面白い息子との将棋

 ふつう実力差のある者同志が将棋を指す場合には、ハンディキャップとして飛車を抜いたり角を抜いたりする。これを駒落ちと言う。(などと偉そうに言うような将棋通ではないが)。小学3年の息子と指す場合、飛車、角、桂馬、香車を全て抜いても、なお余裕で私が勝ってしまう。これまで3年間で1敗しかしていない。(大人げない?)

 ところが昨日ふと新しいハンディキャップを思いついた。それは私が一手指すごとに、息子が二手指せるというものだ。「これならいい勝負になるかも知れない」などと、軽い気持ちでやってみると、冗談じゃない。いつものように飛車の前の歩が上がってきたなと思っていると、あっというまに角をとられてしまった。そうして角が相手の持ち駒になると、次にこの角で王手をされ、それで早くも試合終了である。5分とかからなかった。

 二手一度に指すということは、単に相手に二倍有利であるというようなことではなかった。ハンディは累乗される。ちょうど、10倍の加速装置をつけたサイボーグ009と戦っているようなかんじだ。手がちょっと動いたなと思ったら、次の瞬間にはもう殴り飛ばされている。第一、ゲームとしての将棋を構成する上で重要な「王手」というものがすでに意味をなさなくなっている。この場合、王手とはすなわち王を取ることを意味してしまうからだ。

 こんなことは将棋をよく知るひとなら、あたりまえのことなのかも知れない。しかし、私には新鮮な事実だった。そして、この究極のハンディキャップマッチに気づいたおかげで、これまでいささか退屈だった息子との将棋が逆に大変スリリングなものと化した。何とかして勝てないものか? 原理的に無理なのか? 不可能を可能にするような、アッというような手はないのか?……というわけだ。とりあえず、次回は私が先手でやってみることにしよう。

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2007-04-11

コピー屋の人生哲学

 前回、熱を出したことを書いてそのままにしていたら、いろんな人から大丈夫かと聞かれた。熱を出しているときは暇なのでついつい更新してしまうが、治ると忙しくなってついつい後回しにしてしまう。もう一週間以上更新してないのか……。気づかなかった。

 おかげさまで熱は治ったのだが、それと同時に新学期に突入してしまった。これからまた講義にあけくれる毎日がはじまる。べつにあけくれる必要はなく、適度に講義をし適度に自分の勉強をし適度に休めばいいのだが、私の場合、器用な人間ではないので、講義がはじまるとそちらにのめりこんでしまって別のことができなくなってしまう。今年はそういうわけには行かないぞ、と思ってはいる。しかし、それは毎年思っていることでもある。

 ところで、学校の脇の路地にあったコピー屋が無くなってしまった。先日、新学期前に学校に行ったときに寄ってみると、コピー機はすべて取り払われ、連絡先の電話番号が記された小さな紙だけが貼ってあった。とうとうこの時が来たか、という思いで私はそれを見つめていた。

 いつからその店があったのかは分からないが、少なくとも私が大学に入った時にはすでにあったと思うから、20年以上お世話になってきたことになる。最初は1枚7円くらいだったのが少し値上がりして1枚8円となり、それからはずっとそのままである。1枚10円が当たり前の時代にあってかなり安い。とくに大量コピーする場合には、この2円の違いは大変なものである。

 狭いスペースに10台くらいのコピー機が置いてあり、地味な、しかしやたらと元気のいいおねえさんが一人できりもりしていた。この方が実に素晴らしい仕事をしていた。大量のコピーをしなければならないときには、このおねえさんに頼むと代わりに作業をやっておいてくれる。それを嫌な顔一つせず、むしろすすんで引きうけてくれるので本当にに助かったものだ。われわれが使う本には絶版になって入手困難な本が多い。そういう本を5,6冊図書館で借りてきて、そのままこの女性に渡すと、元気よく「いつまで? いまちょっと他のやってるから、夕方まで出来ないけど……」などとおっしゃる。こちらは、一週間くらはかかるだろうと思っていたのである。数時間で5、6冊の本をコピーすることがいかに大変であるかは、2、3冊くらいならやったことがある私には想像できる。とにかく黙々とやるしかない仕事なのである。

 このおねえさんは、私が気づいた時にはすでにその店にいたから、失礼だけれども、もうおねえさんと呼ばれるような年ではないだろう。彼女は、なぜかくも長い間、こんな地味で大変な仕事を続けることが出来たのだろう。こういうコピー屋にとって、コピー作業は本来ならやらなくてもよい仕事ではないだろうか。コピーしたければ各自でやればいいのである。少なくとも彼女が断っても問題はないような気がする。まあ会社の方から、やるようにと言われていたのかも知れないが、それにしても彼女の引きうけ方は、決して会社から言われたから仕方なくやってますというような消極的なものではなかった。いつ行っても即座に「いつまで?」と元気に聴く。そして、読みかけの文庫本を伏せて立ち上がり、すぐに空いているコピー機に向かうのである。そういう態度を20年間、首尾一貫してとることができた背後には、何らかの人生哲学なり、生きていく上での方針があったに違いない。

 彼女がとってくれたおびただしいコピーの束が、250枚まで綴じられる私の自慢のホッチキスによって製本されて、今でも本棚のかなりの部分を占めている。しかし、彼女がいなくなってしまった以上、もうそういう形でコピーを利用することは難しくなるだろう。何か非常に今大きな喪失感を私は味わっている。これからあのコピー屋なしでやっていかなければならないと思うとなんだが心細くなる。しかし、そのことよりも今は、長い間私のささやかな勉強を支えてくれたこのコピー屋とそのおねえさんに、心からありがとうを言いたい。

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2007-04-02

熱にうなされながら「キリスト教学」について思う

 扁桃腺がさらに悪化し、とうとうまた医者に行くはめになった。前回医者に行ってからまだ一月と少ししか経っていない。一体、いつからこんなに軟弱になってしまったのだろう。ともかく、手に入れたロキソニンを飲んだ。しかし、その効果にも限度があって、37度以下には熱が下がらず、仕方なくハードな仕事は一時中断。本当は小説でも読んで過ごしたいところなのだが、新学期を間近に控え、気がせいてなかなかその気になれない。結局、ひたすら受動的に他人の論文などを読んで過ごしている。

 先の記事にトロウ氏が寄せてくださったコメントを読んで、学問領域の線引きということについて思いめぐらした。これまで自分の専門領域を「宗教哲学」としてきたが、最近はむしろ素直に「組織神学」とすべきではないかと考えているところである。ところでそれらの周辺領域を指す概念として「キリスト教学」がある。たとえば私が所属しているのは「日本基督教学会」だし、私が卒業したのは「キリスト教学科」である。しかし、この「キリスト教学」という概念の内実が何なのかということは、いまもってよく分らない。「日本基督教学会」の機関誌が『日本の神学』であり、私の出身大学の「キリスト教学科」の大学院が「組織神学専攻」であることも、事態の曖昧さをあらわしているかもしれない。

 今日届いたばかりの雑誌に、この「キリスト教学」という概念に関する大変有益な論文が載っていた。(久保田浩「『キリスト教学』という狭間、そしてその可能性」(『キリスト教学』第48号、立教キリスト教学会、2006年、103-129頁)「キリスト教学」とは何かを理念的に定義するのではなく、「キリスト教学」という概念を成立させてきた明治以降の日本の学問制度の社会的・歴史的文脈を探りながら、「『キリスト教学』概念を巡る言説空間」(104頁)を分析し、「キリスト教学」という概念が、「神学」、「宗教学」といった概念との関係の中でいかに認識されてきたかを緻密に考察した論文である。

 これを読んで、まずは「キリスト教学」という概念が持っている便宜的な性格を改めて感じると同時に、「キリスト教学」に限らず、様々な学問的区分がもともと19世紀西洋という特殊な時空からもたらされた輸入品であることを再認識した。

 著者は、「キリスト教学」の概念を「神学」と「宗教学」という二つの概念を絶えず引き合いに出しながら考察するが、「神学」と「宗教学」の「狭間」に「キリスト教学」の「可能性」があるという立場をとらない。(120頁)というのも、「宗教学」そのものが「現在に至るまでも『キリスト教学』と同様『怪しい』学問であり続けて」(122頁)おり、「『キリスト教学』は、確立したディシプリンとしての『宗教学』と『神学』との『狭間』にあるとは決して言えない」(123頁)からである。

 日本の学問制度が19世紀における西洋的学問理解の輸入であり、その内実のうちに「特殊ヨーロッパ的な社会・政治・文化・宗教的情況の自己肯定の論理」(124頁)を宿している。そして、「20世紀後半以降そうした19世紀的な近代性の原理そのものに疑いの眼差しが向けられるようになっているのが現在」(124頁)であってみれば、今後の日本の学問の在り方を考える上では、従来とは根本的に異なった境界線の引き方を模索する必要があるのではないかというのが著者の考えである。そして「キリスト教学」が置かれている「狭間」ということの意味を、改めて次のように規定する。

「キリスト教学」というものは、一方で、西洋近代の産物である学問の自明性を出発点とする立場と、他方でそれを西洋近代の自己正当化の論理であるとして糾弾する、西洋近代の学問に対する根本的批判との『狭間』にあって、自己形成を図っていく可能性がある。(126頁)

著者はとくに、「キリスト教が社会の自明の所与ではなかった、そして現在でもそうではない日本社会」というわれわれのコンテクストが重要な要素となることを示唆しているが、これは自分の領域を「宗教哲学」と規定するにしろ「神学」と規定するにしろ、われわれが背負わざるを得ない課題なのだろう。

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2007-03-21

神学的見地から

 トロウ氏のホリエモンに関する記事について考えていて、長くなってしまったので、自分のブログの記事にしてトラックバックをとばすことにする。(ちなみに言い遅れたが、私のブログはトラックバックを受け付けていない。理由はろくでもないスパムがうっとうしいからだ。しかし、他人のブログにはトラックバックさせてもらう)。

 ホリエモンに実刑判決が下ったが、彼が関わっているのは、インターネットの発達などによって開かれた新たな経済活動の領域である。どこまでがアリなのか誰もはっきりとは言えない面も確かにあるに違いない。だから、実刑判決は厳しいのではないかという見方もあるだろうし、本人はそこが不満なのだろう。

 しかし、誰もが頭のかたすみで「もしかするとそういうのはアリかな」と考えながらも躊躇していたことを、彼はどんどんやっていったのであり、だからこそ時代の寵児みたいに持ち上げられたのだ。それを見ていた社会が、これはちょっと行き過ぎではないかと判断すれば、社会は彼をスケープ・ゴードにして社会の方向を修正するということは、社会力学的にはあるのだと思う。ホリエモンもそれくらいわかっているはずだ。リスクを承知でその分を儲けてきたのだから、結果は当然負うべきであって、いまさら「慎重に/中途半端に」やってきた人たちに対して愚痴をこぼすのはお門違いではないだろうか。

 しかし、それとは別に、われわれにとっては神学的な見地から、ホリエモンのやったことの是非を問う必要もあるではないか。その場合、たとえば自社株を買って値段を釣り上げるといった手法の是非にとどまらず、そもそも株式市場のような実体性の薄い営みによってわれわれの社会が右往左往させらることの是非も問われなければならないだろうし、極端な話、「市場経済」とか「資本主義」とか「高度消費社会」が神学的に見て良いのか悪いのかといったことについても考えなければならない。たとえば、イスラム神学では利息は悪だという。また、宮沢賢治の例の「ベジタリアン大祭」では他の生き物を食うというシステムについての神学的議論が交わされている。われわれが他の生命を取り込まなければ生きていけない生命体であるとするなら、この罪は人間が必然的に抱えざるを得ない運命ということになるだろう。埴谷雄高『死霊』の「最後の審判」では、この問題があらゆる宇宙の終局という究極の状況設定の中で問われる。

 ところで、自由主義経済にはたしかに様々な問題があるが、それに対する有力な反論は、「それは必要悪」だということである。たしかに今の経済システムでは、第二のホリエモンが出てくる可能性がある。株の暴落によって自殺者も出るかも知れない。しかし、そういう危険を抱えつつも、イスラム原理主義が牛耳る社会や、かつてのソビエトのような厳しい統制社会よりはましだ……。そういう反論である。自由主義経済システムのお陰をこうむって生きている私たちには、この反論を否定することは難しいように思う。しかし、こうした「言い訳」にあぐらをかいて、「これでいいのだ」と居直ってしまえば、それはホリエモンとかわらなくなる。「悪いことはわかってるけど、みんなやってるじゃないか……」と。

 そこで神学の役割ということを考える。一つは、神学は現実にただなんとなく流されるのではなく、まず原理的に何がいいか悪いかを考えなければならないということ。それは現実の世界をどう作り変えて行くべきかの方向を示さなければならない。しかし、第二に、その原理が現実とのせめぎ合いでどのように実現されるか、あるいはされないか。そういうところまでしっかりと考えていかなければならないだろう。これはアガペーという至上の理念が、人々の実際の相対的な行動を上からひっぱるという、野呂芳男『実存論的神学と倫理』(創文社、1970年、207頁以下)で紹介されているニーバーの倫理学から影響を受けた考えであるが、戦争の問題、靖国の問題などを考える場合にも重要になってくるように思うので、これからもっと考えを深めていきたいと思う。

 さて、ホリエモンの場合、そういう上からひっぱってくれるものが彼にはおそらくなにも存在しないため、その行動は、見かけは新しくても何一つ世界を本当に変えていく原動力にはならない。

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2007-02-28

ハラワタ、煮えくりかえる

 公立小学校の入学式で「君が代」の伴奏を拒否した女性音楽教員が戒告処分を受けたことを不服とし、処分取り消しを求めた裁判で、最高裁は訴えを退ける判決をした。ラーメン屋のテレビでこのニュースを聞いたが、おかげでせっかくの日本一の味も全くわからないまま、気が付いたら食べ終わってしまっていた。しかも、このニュースを聞きながら、ラーメン屋のおやじが、あったりまえだというような反応をしていたのが実に残念だった。

 私は必ずしも、天皇制や国歌・国旗に賛成する人たちの意見を全くのナンセンスだとは思わないが、天皇制や国歌・国旗に反対する少数の人々に対して、あほじゃないかこいつらはという態度を取り、日本人が日本の国を愛するのは当然だろうというような、自分だけは賢いぞといわんばかりのしたり顔をする奴らが本当に大嫌いである。「保守」と呼ばれる人々にはこのタイプが多い。そして腹が立ったのは、最高裁による判決そのものが、そういう私の大嫌いな態度にお墨付きを与えるような内容だったことである。

 判決文の内容をかみくだいてまとめると次のようになるだろう。①「君が代」を伴奏せよとの職務命令は、「君が代は過去の日本のアジア侵略と結びついている」とするこの教員の歴史観ないし世界観それ自体を否定するものではない。②この状況でピアノ伴奏をひきうけたからと言って、それがその教員が「君が代」に賛成するような思想を持っていることを外部に表明することにはなならない。また、「君が代」斉唱は公立小学校で広く行われているものであって、それは教師や児童に特定の思想を強制するものではない。③地方公務員法によれば、公務員は全体の奉仕者としての公共の利益のために勤務しなければならない。「君が代」の伴奏をすることは、そのような義務の一つだ。④したがって、「君が代」伴奏の職務命令は、憲法19条の「思想及び良心の自由」を侵すものではない。

 判決そのものにももちろん不服だが、このような脆弱な理由しか説明されていなことに非常に腹が立った。こんなのは、要するに上に述べたような類の人たちの意見をそのままなぞっているに過ぎない。わたしは判決文しか読んでいないから、今の時点でこの判決の勝ち敗けそのものについてどうこう言うことは出来ない。言いたいのは、①から③の脆弱な理屈についてである。

 まず①に対して。問題は、「君が代」の伴奏を強制されることによって教員の「歴史観・世界観」が「否定」されるなどということではない。そんなものが否定されたら、それこそ大変なことであって、そんなことをする権利が校長にも国家にもないことはあたりまえのことだ。問われるべきは、自分の思想・信条に反する行動を強制されることの是非である。もし私がその音楽教員だった場合を考えてみよう。私もやはり自分の思想・信条にもとづいて伴奏はしたくないと考えるだろう。もし伴奏を強制されたとしたら、伴奏をすべきではないのに伴奏をしている自分の矛盾に苦しむだろう。校長の職務命令は教員にこのような苦痛を与えるのである。こうした苦痛を重く見るか軽くみるかは、その人がどれだけ誠実に人生を生きているかによって異なる。

 次に③について。公務員法によって、公務員は「全体の奉仕者」としての務めのためにある程度思想・良心の自由を制限されると規定されているのだとすれば、その思想・良心の自由を制限させてでも貫徹すべき公務員として務めとは何かをはっきりさせなければならないはずである。この音楽教師に、そうまでして「君が代」の伴奏をさせなければならないほど、「君が代」斉唱ないしそのピアノ伴奏は「全体」にとって重要なことなのだろうか。それは一部の人だけにとってきわめて重要かも知れないが、ほとんどの国民にとってはどうでもよいことなのではないだろうか。教育には、もっと命をかけてやらなければならないことがあるのではないだろうか。

 最後に②について。ピアノで「君が代」を弾いたくらいで、自分の思想・信条に反することにはならないと言うのか! こういう考えは、儀礼を単なる便宜的な、国民掌握の手段としてしか考えていない為政者のものであったとしても、本当に学校教育を大切に思い、学校行事の一つ一つに心をこめている人のものではない。とくに、「広くおこなわれている」からそれに従えばいいだろうという考えが、本当に、心の底から、徹底的に気にくわない。それは戦前の精神そのものではないのだろうか。国歌・国旗がいかに特定の信条を押しつけるものであるかということは、押しつけている側の人間には永久に分からないのだろう。

 なお、4名の裁判官のうち、一名が補足意見を、一名が反対意見を述べており、それが判決文に付記されている。そこでは、私の考えたようなことに近いことも述べられている。そのような意見がありながら、どうしてこの判決になったのか、裁判に疎い私にはさっぱりわからない。とにかく実に残念である。いずれにせよ、決定的な判決からはほど遠いもののように思える。今後いくつも行われるはずの裁判には期待したい。

 あんまり腹が立ったので、まだ十分に考えがまとまらないまま書いた。今日はとりあえずこのくらいにしておこう。

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2007-02-24

原初的心性――プンク・マンチャとぶたぶたくん