2009-08-27

松本零士『帰らざる時の物語』

 MD書店はBO書店と比べるとあまり安くは売らない。しかし ときどき掘り出し物があって、先日は松本零士の『帰らざる時の物語』①②巻(秋田漫画文庫)をゲットした。昭和60年発行の第19版で、初版は昭和52年(1977年)となっている。24bit02_2 そういえばこんな頃からマンガの文庫ってあったのだなあ、と改めて気がつく。

 そう思ってネットで調べてみると、こんなサイトがあった。こちらによると、どうも各社が次々と漫画文庫をはじめたのは1976年頃のことのようである。今のように「古典」とか「名作」のコミック化がさかんになるずっと前のことだ。

 残念ながらこの『帰らざる』には作品の初出などは書いていないが、こちらのサイト
によれば、ここに収められているのは1970年代半ばの作品である。それはちょうど『銀河鉄道999』が連載されはじめる少し前のことだ。もう一つ1970年代初頭の作品が納められた『四次元世界』(小学館文庫、1995年)いうのも持っているが、この頃からすでに松本は短編の名手で、その資質が後に『999』という名作を生んだことが分かる。

 20頁足らずの分量の中で、そのたびに固有の世界像と魅力的なキャラクター(まあ、だいたい鉄郎とメーテルと下宿のおばさんといったパターンをはずれないのだが)を設定し、メリハリのあるストーリと意外な展開を用意し、しかも読後に独特のせつない余韻を残す。中学生の頃、毎週学校の帰りに『999』が載っている『少年キング』を立ち読み(ごめんなさい)していたが、週ごとの連載で毎回読み切りのストーリーを書き続けるというのは並大抵のことではなかったはずだ。その点で彼は、同時期『少年チャンピオン』に『ブラック・ジャック』を連載していた手塚治虫(こちらも立ち読みごめんなさい)に匹敵するストーリー・テーラーと言って間違いはないだろう。

 ところでこの松本の作品集で改めて目をひくのがその独特のコマ割りだ。真四角のコマはほとんどなく、多くは斜めの線で構成されている。冒頭はだいたい、頁の上から下までを縦につらぬく細長い1コマではじまる。そして、このように始まった時点で、物語は現実と幻想の境目をさまよいはじめる。われわれは手塚とはまったく異なった作品世界へと導かれていく。

 斜めのコマ割りはその後の作品でも一環しており、もはや松本零士のトレードマークのようになってしまっている。もしマンガに文体というものがあるとすれば、コマ割りはその重要な要素の一つだろう。しかし、こうした斜めのコマ割りが物語を詩的に感じさせるのはなぜなのだろう。それに対して通常の真四角のコマ割りは散文的だということになる。

 最近はマンガ評論というものもずいぶん盛んになってきているので、コマ割りの効果についてもきっと詳しく研究されているだろうが、作家がおそらくは無意識に近い技法として行っているコマ割りの作業を、もし研究者が意識化していくとすると、それはどのような説明の言葉になるのだろうか。マンガという表現にとってコマ割りは決定的に重要な要素であることは間違いないのだが、それがどのような効果をもっているのか、どんな必然性でコマは割られるべきなのか。このことを正確に言うことはなかなか難しいのではないか。

 こうした斜めのコマ割りが誰によっていつ頃からはじめられたのかは調べてみないと分からないが、少女マンガではいつからか常套手段となり、やがてはコマそのものの輪郭が消え去っていって現在に至っていると思う。だから少女マンガで育った人は、たとえば私の娘のように自然にああいうコマ割りが出来る。そうすると作品は自然に詩的な雰囲気をもつことになる。(ちなみに娘はマンガを描く。私も描くが、最近は娘の方がうまくなってきている。このままでは娘の方が先にマンガ家になって、私はそのアシスタントから出発することになるかも知れない)。

 コマは機能的に見れば、文章で言えば「そして」とか「それから」といった接続詞にあたると考えることも出来るだろう。それは基本的には物語の筋を時系列に従って次へ次へと導いていく機能を持っている。とすれば、斜めで割るという技法は、二つのコマの関係を「斜めの関係」におくということだ。この「斜めの関係」が意味するものはたぶん多義的だが、その一つは物語の時間的順序が曖昧化されるということかも知れない。

 時間的順序を示すという観点から見れば、コマの機能は、「出来事A」を示すコマと「出来事B」を示すコマを二本の線で隔てることによって、両者の前後関係を確定することである。しかし、この二本の線が斜めに引かれていると、両者の関係ははっきりとした前後とは言えなくなる。前のコマを読んでいるうちに、次のコマの一部がすでに目にはいってくるからだ。それは一種のオーバーラップのような効果を生み出す。(まあ、この同時に複数の絵が見えてしまうというのは、マンガというメディアに一般的に言える特徴でもあるのだが)。それは出来事が次々に継起してくる物理的世界ではなく、過去と将来が現在の中でかぶさり合う内面的な意識の世界を感じさせる効果を持つのではないか。

 今言ったのは縦線についてだが、横線が斜めに引かれる場合はどうなるのだろう。マンガは、右から左へと読んでいって端まで来たら右下に戻るという規則がある。するとコマを横向きに区切っていく縦線が細かい時間系列を示すのに対して、コマを縦に区切っていく横線はより大きな時間系列を示すはずである。したがって、横線を斜めにすることは上に述べたことをより大きな時系列で行うことになる。つまり、横線が斜めになっていると、作品全体が内向的な傾向を帯びたものになるのではないか。

 ちなみに松本零士のほとんどの作品は、最初から最後まで縦も横も斜めの線ばかりである。手塚の場合は、基本は垂直の線だが、時折斜めを使う。しばしば目にするのが、斜めの横線が右端から左端までをぶち抜いたコマが連続するものだ。この場合、<横線が斜め>という要素の他に、<右から左までぶちぬきの連続>という要素が加わるので複雑な説明を要するだろう。逆に、斜めの縦線が上から下までぶちぬきというパターンもあるが、この場合もいろんな効果が考えられる。いずれにせよ、手塚の場合は作品の一部でこうした技法を使って何らかの効果を出しているが、それが作品全体を覆うことはまずない。

 ところで、こんなことはたぶんマンガの技法論として基本的なことで、四方田犬彦『マンガ原論』(ちくま学芸文庫)あたりにも書いてあるのだろう。ただ、コマ割りの必然性の問題はこうした考察で簡単にすませることも出来ない。コマの機能は時間的継起を示す接続詞につきるものではないし、かりにその機能が記号論的に言い尽くされたとして、現実の作品制作において「こう割る」のではなくむしろ「こう割る」ことの必然性は説明不可能だろう。ではそれは、偶然とかその時の気分とかいう他はないのだろうか。こうなってくると話の次元が違ってきてしまうかも知れないが。

| | コメント (0)

2009-08-14

黒田硫黄「ゼノンの立つ日」

 誰もが知っているように、ここ二日ほど関東はようやく夏らしい日になった。娘がBO書店で黒田硫黄の「ゼノンの立つ日」(『ネオデビルマン(下)』講談社漫画文庫)を買ってきた。黒田硫黄には心底驚かされる。この作品は2000年のものだし、『大日本天狗党絵詞』などは1995年のオウム事件以前から書き始められている。私が彼の作品を知ったのはたぶんここ1、2年のことだから、この作家の出現に10年以上も気づかなかったことになる。他にも知らないあいだにいいマンガ家が出ていて、ちょっとくやしいが基本的には幸せなこの頃だ。

| | コメント (0)

2008-11-13

なんだ、そうだったのか

 家に帰るとソファの上に西岸良平『地球最後の日』(アクションコミックス、双葉社)が。子どもが私の本棚から出して読んだのだろう。ちゃんとしまえよ。と思いながらぺらぺらめくる。この本は大学時代にずいぶん愛読した。その後腹が減った時に魔がさして他の漫画本と一緒に売っぱらってしまったが、大人になってから急にまた読みたくなり、いろいろ探し回った。そのときにはどこにも無かったが、数年前やっとネットで古本を手に入れることが出来た。私にとってはそれなりに貴重な本なのだ。

 『夕焼けの詩――三丁目の夕日』とはかなり雰囲気が違って、主人Image 公はだいたい下宿に一人暮らしの若い男で、舞台設定はどこか1970年代くらいの感じがただよう東京の下町。短編集なのだが、特に「番茶キノコ健康法」と「全自動人間屠殺機」が好きなのは、昔から変わらない。ぺらぺらめくりながら「なぜだろう」と考えた。

 そうだ、それは作品世界に漂う空気感が、自分がSJ井台やIK袋に一人ぐらいしていた頃を思い出させるからだ。そう思って改めて注意して見ると、「番茶」に出てくる若い研究者の勤め先は「R大学」となっている。さらに彼の職場の生物学研究室の入り口は、貧相なかんじがどことなくわがR大学の4号館の地下の研究室に似ている。さらに注意して見ると、「全自動」に出てくる時計台のついた校舎は、M館みたいなアーチ型になっている。

 これはもしかしてと思ってウィキぺディアにあたると、「西岸良平……R大学経済学部卒」とあった。なんだそういうことだったのか。細野さんと同級生だそうだ。佐野さんのどのくらい先輩になるのだろう。だったら、西岸作品に出てくる町は、きっとIK袋に違いない。それもウェストゲートパークではなく西口公園の頃の、どこか小汚い時代のIK袋なのだ。この本を読んだときの何とも言えない懐かしい感じは、そのことに由来していたのだ。今までまったく気がつかなかった。

| | コメント (0)