なんだ、そうだったのか
家に帰るとソファの上に西岸良平『地球最後の日』(アクションコミックス、双葉社)が。子どもが私の本棚から出して読んだのだろう。ちゃんとしまえよ。と思いながらぺらぺらめくる。この本は大学時代にずいぶん愛読した。その後腹が減った時に魔がさして他の漫画本と一緒に売っぱらってしまったが、大人になってから急にまた読みたくなり、いろいろ探し回った。そのときにはどこにも無かったが、数年前やっとネットで古本を手に入れることが出来た。私にとってはそれなりに貴重な本なのだ。
『夕焼けの詩――三丁目の夕日』とはかなり雰囲気が違って、主人
公はだいたい下宿に一人暮らしの若い男で、舞台設定はどこか1970年代くらいの感じがただよう東京の下町。短編集なのだが、特に「番茶キノコ健康法」と「全自動人間屠殺機」が好きなのは、昔から変わらない。ぺらぺらめくりながら「なぜだろう」と考えた。
そうだ、それは作品世界に漂う空気感が、自分がSJ井台やIK袋に一人ぐらいしていた頃を思い出させるからだ。そう思って改めて注意して見ると、「番茶」に出てくる若い研究者の勤め先は「R大学」となっている。さらに彼の職場の生物学研究室の入り口は、貧相なかんじがどことなくわがR大学の4号館の地下の研究室に似ている。さらに注意して見ると、「全自動」に出てくる時計台のついた校舎は、M館みたいなアーチ型になっている。
これはもしかしてと思ってウィキぺディアにあたると、「西岸良平……R大学経済学部卒」とあった。なんだそういうことだったのか。細野さんと同級生だそうだ。佐野さんのどのくらい先輩になるのだろう。だったら、西岸作品に出てくる町は、きっとIK袋に違いない。それもウェストゲートパークではなく西口公園の頃の、どこか小汚い時代のIK袋なのだ。この本を読んだときの何とも言えない懐かしい感じは、そのことに由来していたのだ。今までまったく気がつかなかった。


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